嫉妬する二人
「おぉおお」
「よぉし!」
貴樹が思わず声を上げれば、リーサも小さくテーブルを叩いた。
「それが聞きたかったんです! 実はルイ王女宛に、まずお知らせすることがあるの。殿下……貴女の母君の祖国で、王女様を自分達の主君としてお迎えし、国土を回復しようという動きがあります」
瑠衣は思わず息を呑んだし、貴樹も同様である。
「誰が? その国のレジスタンスが?」
「レジスタンスというか、数が万を超えているから、もう立派な解放軍ね。その国は、今はアレクシア王国に併呑されているけど、それって別に国民の総意じゃないからね」
リーサは顔をしかめて言った。
「そしてあたしも、基本的にその動きには賛同している。ただ、王女様のお立場がわからないから、先に訊いてみたわけ」
「でも……」
絶句していた瑠衣が、ようやく尋ねた。
「なぜ今、そんな動きが」
「前々から話はあったんですよ。ただ、今は絶好の好機だという意見が数多く出始めました。なぜなら、王家が意外にもヴァランタイン公国の侵略に手こずっているから」
――これはつい先程入った情報だけど、と断りを入れ、リーサがさらに続ける。
「時間のズレがありますが、今日未明、ヴァランタイン公国軍と、アレクシア王家の正規軍がぶつかりました。おそらく、今頃は壮絶な決戦の最中でしょう。あの方は少し前に同族の裏切りにあって、そっちの軍勢を打ち破ったばかりなんだけどね」
貴樹達はまたしても顔を見合わせた。
となると、ロザリーは連戦かっ。
貴樹の考えを読んだわけじゃないだろうが、リーサが詳しく教えてくれた。
「公国軍がコノリー伯爵軍と戦ったばかりなので、王家側は、疲弊している今が好機と思ったようですね。連戦に持ち込もうというわけ。だけど今回、コノリー伯爵家が散々に打ち破られたことで、ヴァンパイアの各地の名家は、雪崩を打ってヴァランタイン公国側についてしまった。あえて国名は出さないけど、そういうわけで、あたし達の本国でも賭けに出ようとしているの」
「え、まだなにかあると?」
リーサは大きく頷く。
「ヴァランタイン家と王家が大規模な合戦に及んでいる今、おそらくあたしの母国を含めた数カ国の連合軍が、敵の王都を急襲しているはずよ。この奇襲が首尾良くいけば、数百年続いたアレクシア王家を打倒できるかもしれないわ!」
「うわぁ」
貴樹は思わず唸ってしまう。
ロザリーの予想外の快勝は、どうやら思わぬ効果を引き起こしているらしい。
「あとは……君のお友達のヴァンパイアさんが、どこまで三万の王国軍本隊を釘付けにしてくれるかなのよね。完勝が一番有り難いけど、時間を稼いでくれるだけでも相当、嬉しいわ。長引けば長引くほど、王都への奇襲が成功する確率が上がるの」
リーサが男みたいに腕を組む。
「ただ、コノリー伯の軍勢を破った直後、あたしは当主のロザリー様にミラーマジックで連絡は取ったけど、本人は至って元気だった。だから、善戦してくれると信じたいところ」
「いやいや、大丈夫さ! あいつなら絶対大丈夫っ」
その点に関しては、貴樹は割と楽観的である。
自分ほど、ロザリー・ヴァランタインの実力を知る者はいないと思う。その数々の経験から言っても、あいつの敗北なんか想像もできない。
「ロザリーは強い上に頭も切れるんだ。あいつを本気で敵に回すとか、俺に言わせりゃ、王国側の正気を疑いたい――いてえっ」
いきなり脇腹を瑠衣が思いっきりつねり、貴樹は飛び上がりそうになった。
「ぱ、パワーアップしてるんだぞ、おまえもっ。いきなりなにすんだよっ」
「……知りませんっ」
なぜか膨れっ面でそっぽを向く瑠衣である。
理由は不明だが、拗ねたらしい。
「なるほど……これがロザリー様の危惧かしらねぇ」
「――は?」
貴樹が首を傾げると、リーサは実に人の悪い笑みを浮かべた。
「あたし達が、どうしてこんな危険な都会を、しかもこの夜に車で爆走してたと思うの?」
「いやぁ、そういえばそれを聞きそびれたな。なんでです?」
素直に貴樹が問い返すと、リーサの笑みは一層深くなった。
「計画を話すためにミラーマジックでコンタクトした時、ロザリー様があたしに頼んだのよ。『貴女の計画に乗ってあげるから、わたしの頼みも聞きなさい!』とね」
「あいつが頼み事なんかするのは、珍しいな」
貴樹は無駄に感心して腕を組んだが、瑠衣はなぜかはっとしたような顔をした。
「……嫌な予感がしますわ」
「当たりでしょうねぇ、あははっ」
リーサはついに、声を上げて笑った。
「ロザリー様に頼まれたのよ、あたし達。貴方達を見つけて、そばでしっかり見張ってほしいと。ふふふあははっ」
笑いすぎだろうと思うほど爆笑するリーサを見て、遠くから見守る男達まで笑っていた。
「あの方は、よほどあんた達がくっつくのが心配だったようね! でも、手遅れなのかな……なぜか、弾丸の傷もあっさり治っちゃってるくらいだし」
そう言うと、リーサは小粋にウインクなどした。




