愛しい人
放っておいたらいつまでも固まっていたかもしれないが、そのうちまた、例のリーサがどんどんドアを叩き、「ねぇ、大丈夫なの?」と尋ねてきた。
そういえば、彼女達もいたのである。
貴樹は生返事をして、瑠衣と二人でようやく店内へ通じるドアを開けた。
途端に、むさ苦しい大男が走ってきて、瑠衣にぺこぺこ頭を下げ始めた。どうやら、彼が流れ弾を撃った張本人らしい。
「い、いやっ。そんなつもりは毛頭なかったのに、感染者が有り得ない角度で上半身逸らして避けやがって。悪かった!」
映画マトリックスのシーンを思わせる言い訳だったが、まあ本当の話だろう。
「いや……まあ、あの状況だったし」
貴樹も妹が助かったのだし、今更グダグダ言うつもりはない。これで助かってなかったら、ちょっと冷静でいられた自信はないが。
「俺、あれからグレンに――あ、グレンってのは博物館でリーサがやりあったロン毛だけど、とにかくそのグレンが、リーサの説明してくれたよ。アレクシア王家に対抗する、レジスタンスだって?」
特にリーサを見てほのめかしてみた。
「そう。我々は、失われた国土を回復するために戦ってるわ」
今更トボける気はないのか、リーサは素直に頷いた。
「あの、お兄様、この方は博物館で出会った方ですよね?」
「うおっ」
そういえば、瑠衣は貴樹とリーサがやりあっていたことを、知らなかったのである。階段でリーサの顔は見ているが、それだけだ。
貴樹もあれから、特に真相は話してない。
となると、瑠衣は彼女を、単なるテロリストだと思っていたかもしれない……警察発表と同じく。
「まだ話してなかったのね? 実は――」
あわあわしている間に、リーサが勝手にてきぱきと説明してしまった。
「まあ、そんなことが」
口元に手をやり、貴樹を見やる瑠衣である。
「いや、悪かった!」
しょうがないので、貴樹は平謝りに徹した。
「おまえに余計な心配かけたくなくて」
「いいんです」
さらりと言って、瑠衣が気安く抱きついてきた。
そんなことはあまりしない子なので、貴樹はまたしても驚愕した。
「お兄様が瑠衣のことを心配してくだっていて、嬉しいです……愛しい人に気遣ってもらえるのって、幸せですね」
……そ、そんな簡単に、愛とか言ってくれていいのだろうか。
口をぱくぱくさせる貴樹に、リーサが肩をすくめてみせた。
「とにかく座ってちょうだい、お熱いお二人さん」
貴樹達にカフェの円形テーブルの椅子を勧め、自分も腰を落ち着ける。他の仲間三名は、少し離れて待機していたが、こちらを眺めてひそひそやっていた。
それより貴樹が驚いたのは、隣に座った瑠衣が、自分の椅子をぴたっとくっつけて、腕を組んできたことだ。おまけに香しい頭を貴樹の肩に載せてきた。
「……ど、どうした?」
「はい? なにがでしょう」
笑顔で言われ、貴樹は咳払いした。
ま、まあいいか、別に文句ないし。
ただ、見ていた戦闘服のリーサは驚いたらしい。唖然として貴樹達を見比べ「お二人は、そういう仲なの?」とわざわざ訊いてきた。
「いやその」
「はい」
どう答えるか迷っている間に瑠衣に即答されてしまい、貴樹はまた驚く始末である。
これも嬉しいことは嬉しいのだが……だが、なんとなくロザリーの顔も脳裏に浮かんだりして、困った。
「ふぅん……まあ、あたしが口を挟むことじゃないわね。それより、殿下の身分が身分だし、今のうちに話しておきたいことがある」
「なにを?」
「ちょっと待って。その前に、今の殿下のお立場は?」
そこで、瑠衣を見るリーサの目が、ぎらっと光った気がした。
「なあおい、前みたいに瑠衣を誘拐するつもりなら――」
「大丈夫です、お兄様」
瑠衣は貴樹の手をそっと握った。
「アレクシア王家とは決別するつもりですわ。元々、兄上――いえ、あの方は瑠衣など歯牙にも掛けていませんし」
きっぱりと言い切る。
「そんな人のために戦う気はありません。今後は罪滅ぼしもかね、お兄様と一緒に、侵略者を追い払うべく戦います」




