告白
少なくともこの吸血行為が、瑠衣の命を救ったことは間違いない。
なぜなら、息も絶え絶えだった瑠衣が、貴樹が恐る恐る吸血を続けるにつれてみるみる回復し、しかも傷口も塞がっていったからだ。
弾丸も無事に押し出され、下に落ちてくれた。
貴樹は念には念を入れて、ロザリーの時と同じくらいの時間を吸血に費やした。
一応、肝心な時にコピー用紙の魔法陣も光ってくれたから、問題はなかったと思いたい。
ただ……本当に問題なかったかどうかは、これから明らかになるのだが。
瑠衣が完全に回復したと見た貴樹はようやく離れ、これだけは先に見つけておいたバスタオルで、瑠衣の裸体を覆った。
もちろん、自分も。
今更のように瑠衣の全裸を見てしまったことを意識し、にわかに貴樹の緊張感が復活してきた。
「ま、待ってろな。俺はともかく、おまえは着替えがいると思う。もう制服は血まみれだから。ここはカフェだし、なんかあるかも。探してくるからさ」
「はい……」
バスタオルで身体を巻いた瑠衣が、素直に頷く。
例え周囲が結構な暗闇でも、割といろいろ見えてしまうのが、ヴァンパイアの利点でもあり欠点でもある。
まあ、向こうだってしっかりこっちが見えているだろうけど。
「……これでもう、瑠衣はお兄様にもらっていただく他、ありませんね」
なぜかぽつっと独白した声にどきっとし、貴樹はロッカーを開ける前に、驚いて振り向いた。
「い、今ので傷物になったとか思ってないだろうな?」
「そんなこと考えてもいませんわ。……でも、お兄様に全て見られてしまいましたし」
言葉の割に、優しい笑顔で言う。
なぜか夢見るような表情なのが、非常に気になるところだ。
どう答えたらよいかわからなかった貴樹は、聞こえなかった振りをしてロッカーを漁った。その結果、予備のロッカーにカフェの制服が新品で入っていたのを、それを持っていった。
「モロにメイド服みたいだが……我慢してくれ」
「ありがとうございます」
制服を受け取った瑠衣が、ベッドから降りていきなりバスタオルを取った。
焦った貴樹はもちろんぱっと背中を向けたが……普段の瑠衣は、このような隙を見せる女の子ではなかった気がする。
否応なく、貴樹の胸中で嫌な予感が膨れあがっていく。
「お兄様、着替えましたわ」
「よし……おぉ」
完全に清楚系のメイドさんルックに変身した瑠衣の姿を見て、貴樹は感嘆の声を洩らした。
似合うどころの騒ぎではない……ここの制服がドレス調のお洒落なものなので、余計に。
「どうでしょう?」
「うん、似合う……ただ、今からちょっと真面目なテストだ」
貴樹は瑠衣の手を引いて仮眠部屋を出ると、事務室の電灯をあえて点けた。
幸い、奇蹟的にまだ電気が通っていて、ちゃんと灯ってくれた。
「よし、いよいよ問題のテストだ。これでおまえが従属化しちまったかどうか、わかる」
貴樹は厳かに瑠衣に告げてやる。
本人は平気そうな顔で不思議と優しい微笑を浮かべているが、この笑い方も気になる。ロザリー曰く、「従属化した者は、マスターのどんな命令にも逆らえなくなる」とあるので、このテストで確実にはっきりするだろう。
「よし瑠衣、今から俺が命令するが、逆のことをやってくれ」
「わかりました」
「じゃあ、いくぞ」
ごくっと生唾を飲み下し、貴樹は声を張り上げた。
「命令だ! 右を向いてみてくれ」
「……瑠衣から見て右でしょうか?」
「そ、そうそう、おまえから見て右な」
瑠衣は静かに反対側を向いた。
「おおっ。次、今度は左を向く」
これにも命令と反対の方を向く。
(やった! これなら問題ないっ)
嬉しくなった貴樹は、からかう意味で最後の命令を出してやった。
「じゃあ、スカートまくり上げて、下着見せて」
微かな予想通り、瑠衣は見る見る頬を赤くして、軽く睨んできた……上目遣いに。
「お兄様の……えっち」
それはいいが、なぜかさめざめと涙を流しはじめて、貴樹はたちまち動揺した。
「ば、馬鹿っ。ただの冗談だろ?」
「そうではありません……儀式が成功したことがはっきりしたことで、お兄様の瑠衣に対する想いがわかったことが、とても嬉しいのです。お兄様は、瑠衣のことを大切に思ってくださっていたんですね」
「そりゃ当然だろ!」
いささか心外な思いで貴樹が唸ると、瑠衣は泣きながらふらふらと近付いてきた。
「その当然のことが、瑠衣は今までどうしても信じることができなかったのです。でも、今は信じられます。だって、従属化もせずに、無事に儀式が成功しましたもの!」
瑠衣は、貴樹をかつてないほどきつく抱き締めた。
「お兄様、瑠衣はお兄様をお慕いしています……もう、生涯おそばを離れません」
「え、ええっ!?」
ふいに告白された貴樹は、ただただ驚いていた。




