吸血決行
「だ、大丈夫かっ」
テーブルの上の細々したものを全部とっぱらい、貴樹は瑠衣をそっと横たえた。
呼吸がだいぶ苦しそうだし、ヒューヒューと掠れたような音がする。
「お、俺だって治癒魔法が使えるはずなんだが」
しかし、この状態で治そうとすると、まだ身体の中に入ったままの弾丸はどうなるんだ。だいたい、生まれて初めて使う治癒魔法が、こんなシビアな場面って。
「流れ弾に当たったの!?」
ようやく駆け込んできたリーサが、ぎょっとしたように話しかけてくる。
「ああっ」
「診せて……て、これは」
リーサがセーラ服を脱がそうとして、途中で止めてしまう。
おい、よせっ。そんな顔すんなっ。もう間に合いませんとか、そういう話は聞きたくないっ。
あと、男共三名も次々に寄ってこようとしたので、貴樹は瑠衣を抱き上げて、奥の事務室に走った。
「悪いが、誰も来ないでくれっ」
事務室には、そこに付随した仮眠部屋みたいなのがあったので、貴樹はそこに瑠衣を寝かし、なおも慣れない治癒魔法を使おうとした。
くそっ、こんなことなら、ロザリーにやり方を聞いておくんだっな!
力が入手できたのと、それをすぐに使えるかどうかというのは、決してイコールではないのだ。特に、治すような治癒系の魔法は。
「お、おにいさま……もう……いいです……」
「いいって、なにがだよ!」
傷口に手をかざしていた貴樹は、ぎくりとして瑠衣を見る。
瑠衣は……妹は、どこか吹っ切れたような透明な表情で見上げた。
「るいも魔法使いなので……間に合わないのはわかり……ます。おにいさまに大事にしていただいて、るいはうれしかっ……」
「もういいっ、しゃべるな、瑠衣っ。俺は決心した!」
頭の中がぐるぐるしている。
一応、最悪の状況を考えて、前にあの部屋の魔法陣を撮影し、その画像をカラープリントしてある。屋敷を出る前に一度貴樹が奥へ走ったのは、その肝心なプリントアウトした画像を忘れるところだったからだ。
今はちゃんと、折り畳んでポケットに入れてある。
しかし、本当にそんなものが代用になるかどうかは、わからない。
本来、ちゃんと床に描くべきものなのかも。
だが、瑠衣にはもう時間がない。そんなのを図柄を悠長に床へ描いている間に、おそらく死んでしまうっ。
一瞬でそこまで考えた貴樹は、そのまま手早く服を脱ぎ始めた。
一応、ほぼ暗闇も同然だが、瑠衣にも断りを入れておく。
「瑠衣っ、ロザリーと同じ儀式をやるっ。悪いが、脱がすぞっ」
「……あぁ」
なんだか弱々しい吐息が聞こえた。
どこか喜んでいるように聞こえたのは、貴樹の気のせいだろうか。
『ねえ、あんた達――』
ドアの外から、またリーサの声がした。
「うるさいっ。入ってきたら、ぶっ飛ばす!」
滅多にしたことがないが、貴樹はドアに向かって怒鳴りつけた。
今は本当に、一分一秒でも惜しい時だっ。
普段なら恥ずかしいという気持が真っ先にあっただろうが、貴樹は本当に素早く、そして瑠衣の身体をなるべく動かさないようにして、制服を全部脱がせた。
「抱き合うことに本当に意味があるのかどうかわからないけど、一応、手順を守る。ごめんな、瑠衣っ」
そっと謝ったが、瑠衣は笑顔で首を振った。
「いい……んです……うれしい……ようやくのぞみが……」
「何の望みだよっ。あ、そうだ先にこれを」
プリントアウトした魔法陣の紙を広げ、先にベッドの上へ敷いておく。とても十分な大きさとは言えない気がしたし、もっと事前に完璧な準備をするべきだとも思った。
だが、今それを愚痴ってもどうにもならない。
貴樹はいかにも自信がありそうな表情を作り、裸体の瑠衣を抱き上げ、膝に横向きに抱きかかえた。
「こうして密着して……じゃあ、いくぞ瑠衣っ」
「……どうぞ……ぞんぶんに……ああ、おにいさま」
どんどん声が小さくなっていく瑠衣を見て、貴樹は最後のためらいを捨てた。
亡くなった後では、もう意味がない。
瑠衣の首筋に顔を近づけ、なるべくそっと牙を立てた。




