弾丸
ひとしきり喚いたら落ち着いたので、貴樹達はざっとカフェの中を調べてみた。
しかし、奥に事務室があっただけで、本当にここはただのカフェらしい。店内はやや薄明るくてなぜか霧があまり入ってこないが、その他は特に何もなかった。
本当にただ単に休憩所としての扱いらしい。
「なんだよ……役に立たないな。せめて、傷薬とか食事とか、そういうのを置いておくのが休憩場所のセオリーだろうに」
八つ当たり気味に貴樹が愚痴ると、またステータス画面を広げた瑠衣が補足した。
「なんだか、滞在していい制限時間だけはあるみたいですね。一時間以上休憩することはできないみたいです。それ以上いると、強制的に追い出されるとか。もうカウントダウンが始まってます」
「別に長居するつもりはないさ。ていうか……もしかして俺と瑠衣って、パーティーとして認識されてるのか?」
ふと気付いて貴樹が尋ねると、瑠衣は慌てて画面を調べ、嬉しそうに口元に手をやった。
「その通りですわっ。なぜか二人で一つのパーティーとなっています! なぜおわかりに?」
「いやだって、さっきから警告とかが全部共通みたいだから。まあ、俺はゲームに付き合う気ないんだけどね!」
なぜか瑠衣はパーティー登録で喜んでいるようだが、そんなのは今、問題ではない。
それより貴樹は、目前に迫った秋葉原に到着してから、あのわがままミレーヌをどう説得するかで頭が痛かった。
はっきりしているのは、今も被害が拡大している以上、なるべく早く彼女を止める必要があるということだ。
「まあ、この場所がただの避難所にしかならないとわかった以上、少し休憩して、また東を目指すとするか」
「瑠衣なら大丈夫です、お兄様! お兄様のお陰で、ずっと荷台で休んでいましたものっ」
白い額に汗を浮かべているくせに、気丈にそんなことを言う。
いじらしさに思わず胸が熱くなったが、そこで遠くから物音が聞こえた。
「なんだ?」
「なにかありましたか?」
「いや、音がするんだよ……まさか、車の音?」
ヴァンパイアの聴力で聞き分けたところでは、明らかにエンジン音である。
「こ、こんな場所を車で走っているんですか!?」
驚いたように窓の残骸から覗いた瑠衣だが、すぐに声を上げた。
「あ、瑠衣にも聞こえました。確かに車の音です……しかもこれ、妙な音もまじってます」
「多分、思いっきりあちこちにガッチャンガッチャン擦りつつ、むちゃくちゃ飛ばしてるせいだ。なに考えてんのか知らないけど、こんな調子じゃすぐに事故って――」
貴樹が言ったそばから、霧の向こうより大型の車が飛びだしてきた。
装甲車かと思うようなごつい4WDの車両で、ドライバーズシートにはステアリングにしがみつくようにして、目を見開いた男が乗っている。
どうも、他にも乗員がいるようだが、驚いたのは、この車があらゆる敵を引き連れていたことだろう。感染者はもちろん、ラザールが死んだ後に登場した新型の黒い巨人みたいなのや、他にも貴樹達が初めて見る敵をぞろぞろ引き連れている。
車で爆走していたせいで、そこら中の注意を引いたらしい。
しかも、貴樹達がカフェの中でしれっと立っているのを見つけたせいか、ドライバーズの目がぎょっとしたように見開かれた。
「馬鹿馬鹿っ、そんな運転の最中によそ見なんかしたらっ」
慌てて貴樹が怒鳴ろうとしたが、もう遅かった。
目を逸らしたせいで、近くの窓から飛び降りてきた感染者に気付かず、モロにフロントガラスに感染者がぶち当たった。
貴樹は、運転していた男の叫び声が聞こえた気がした。
焦って大きくステアリングを切ったが、これがまた完璧に逆効果で、4WDは緩いカーブを曲がりきれず、貴樹達がいるカフェの目の前であっさり転倒した。
そのままざあっと横滑りしてガードレールに当たり、止まってしまう。
「い、いわんこっちゃない!」
助けに出ようかと貴樹が身構えた時、空を向いた助手席のドアが勢いよく開き、軍服みたいなのを着込んだ女性が飛び出して来た。
黒い髪をポニーテールにまとめた美人であり、拳銃を持つその姿に、思いっきり見覚えがあった。
博物館でやり合った、女殺し屋じみたリーサである。
後でグレンに訊いたので、今は貴樹も、彼女がアレクシア王家に対抗しているレジスタンスのメンバーだとわかっている。
彼女はほれぼれする素早さで、さっと周囲に銃を向け、叫んだ。
「みんな、早く車を出なさいっ」
味方とはとても言えないのだが、それでも貴樹は叫んでいた。
「おい、リーサっ。俺だ、博物館で会った貴樹だ! こっちへ逃げて来るといい、ここなら安全だぞおっ」
「急いでこちらへどうぞっ。中へ入れば、敵は来ませんからっ」
瑠衣も同じく叫んでくれた。
幸い、リーサはその声に反応した。
遅れて車から転がり出た三名の男達と一緒に、こちらへダッシュしてくる。ただ、事故った音と衝撃でとうに感染者の大軍が集まっていて、そいつらが一斉にリーサ達に飛びかかった。
「こんなところで死ぬもんですかっ」
「ちくしょう、化け物があっ」
「急げ、急げっ」
「殺される前に撃ち殺してやるぅうっ」
全員、近付く感染者の大軍に撃ちまくりつつ、こちらへ来る。
「あっ」
「今行くから――おわっ」
見ていられず、飛び出そうとした貴樹の身体に、とさっと瑠衣の身体がもたれ掛かってきた。
慌てて支えてやったが、セーラー服の胸にみるみる赤いものが広がっていくのを見て、貴樹は血の気が引いた。
「な、流れ弾に当たったのか!? 瑠衣、おい瑠衣いぃいいっ」
揺さぶろうとしてかろうじて堪え、貴樹は瑠衣を抱き上げて店内のテーブルへと走った。
もはや、外の騒ぎどころではないっ。
ユメとレージの新しい物語の序章的なものをアップしているので、興味ある方はどうぞ。




