愛が足りない
「瑠衣、ちょっと我慢してくれ!」
「――っ!」
ささっと抱き上げると走り出すと、瑠衣は最初驚いた顔を見せたが、すぐに貴樹の首に自ら両手を回してくれた。
「そうそう、掴まっててくれなっ。適当な原付でも見つけて――」
途中で二人ほど突っ込んで来たので、貴樹はそちらを見もせず、PKで弾き飛ばした。
段々、この念動の使い方にも慣れて来た気がする。要するに、見えない第三の手だと思えばいいのだ!
「――続きだけど、原付見つけて乗り換えるからさっ」
「お兄様、あの左手のカフェをっ」
急に、瑠衣が見知らぬカフェを指差した。
「アレがどうかした?」
「最後にステータス画面を開いた時、あそこが青色に光っていたんです! もしかして、なにか意味があるのではないでしょうか」
「ああ、ゲームのなっ」
最後の「なっ」で、また性懲りも無く飛び出して来た人影を蹴飛ばした――が、これはどうも女子高生だったようで、「この痴漢っ」などと怒鳴られてしまった……緩んだ笑顔で。
もはや女と言えども容赦している場合ではないので、貴樹もそれくらいはなんとも思わない。
しかし、今度は全身が光り輝く女の子が突然、降って湧いたように現れたのには、驚いた。
おまけに、手にしたレイピアを突き出してきた。
「わっ」
「こ、この人は!?」
貴樹が飛び退いた瞬間、半透明の少女の顔を見たのか、瑠衣が叫ぶ。
「ブラッディエンジェルさんですっ」
「諸悪の根源かっ」
『はーい、ミレーヌでぇえええす! えい、勝負よっ』
「しゃべった!」
てっきり幻像かと思ったので、笑顔で口を利いたのには驚いた。
「自分をモデルにしたエネミーキャラまで放出してんのかっ。悪趣味だな! て、危ないだろっ」
半透明の3Dキャラみたいな立体像のくせに、レイピアを振るとちゃんと風切り音までした。おまけに、貴樹が避けた途端、後ろから来た感染者の顔にレイピアが刺さり、そいつが倒れてしまう。
「くううっ、最高っ。パンツ見えた!」
まだ死なず、そのままゲタゲタ笑っている。
「なにが最高だよ、馬鹿!」
額に穴あけて倒れている感染者に悪態をつき、貴樹は素早くベルトに挟んだ銃を抜く。
もちろん、「ごめんっ」と断りを入れ、一瞬だけ瑠衣を肩に担ぎ変え、手を空けた。
「お遊びは終わりだよっ」
最初から安全装置は外しておいたので、容赦なくガンガン撃ってやった。
『い、痛いじゃないっ』
三発全部が命中し、泣き顔のミレーヌの虚像は光が四散して消えてしまった。
「ふう……て、まだ追いかけてくる奴がたくさんいるっ」
足音でわかった。後ろから、もううんざりするほど敵が追いすがってくる。数は三桁以上いるかもしれない。
全部弾き飛ばすのも難しいような人数である。
休憩する暇もなく、貴樹はまた瑠衣を胸に抱き、走り出す。
正直、もうゲームに付き合う気もないのだが、ちょうど他の人影を避けた方向が、瑠衣がさっき言ってたカフェの前だったので、とっくに全部割れた窓から飛び込んだ。
何もなければ、すぐにまた道路に戻ればいいことだ。
「……おろ」
しかし、貴樹はすぐに違和感を感じた。
団子状態で後ろから追いかけてきていた連中が、なぜかこの店には入ってこない。
全て、店の前までは来るが、そのまま他の方向へ散ってしまった。
「ええと、もしかして、ここって休憩ポイントみたいなものか」
「青く光っていたから、そうかもしれません」
瑠衣を下ろすと、早速、ステータス画面を立ち上げて、調べてくれた。
「……あっ」
「ど、どうした」
思わずなにかあるのかと身構えた貴樹だが、瑠衣は呆れた顔で教えてくれた。
「いえ……今のミレーヌさんの分身ですけど」
「皆まで言うなって。どうせ、点数低いんだろ?」
先回りして言ってやると、瑠衣は首を振った。
「低いどころか、マイナス50点ですわ」
「――ぐっ」
むかっ腹が立ち、貴樹は思わず瑠衣が見ている透過画面を覗き込む。
そこにはデフォルメキャラのミレーヌがぷんぷん怒っている絵が表示され、吹き出しに「ミレーヌに対する愛が足りないわよっ」とこめかみに青筋立てていた。
「こ、こいつっ」
呆れるより、怒りの方が勝ってしまった。
「遊んでんじゃないぞおっ。俺は断固、ゲームになんか付き合わないからなああっ」
貴樹は今更のように喚いた。




