自転車爆走
貴樹と瑠衣は、飛行して秋葉原を目指すのを諦め、普通に車道を爆走していた。
もちろん、貴樹が自転車を漕いで。
幸か不幸か、上空を徘徊していたあの巨大ドラゴンどもは、貴樹達が下降すると、ある時点で追撃をやめてしまったのである。
瑠衣が予想したように、本当に空を飛ぶものだけを狙い撃ちしているらしい。
……とはいえ、地上は地上であまり快適とは言えなかった。
あちこちで車が建物に突っ込んだり、車道の真ん中を塞いだりしている上に、路上を徘徊する感染者が頻繁にダッシュしてきて、貴樹達に襲い掛かってくる。
しかも、この霧で覆われた視界の利かない中を、だ。
霧は、地上では多少薄くなっているのだが、それでもかなり接近しないと感染者どもが見えないので、心臓に悪い。
貴樹は既に目を頼りにするより、ヴァンパイアとしての聴力をフルに活用し、足音を聞き分けることで、接近を察知していた。
とはいえ、接近がわかっていても、霧の向こうからいきなり狂気の表情を貼り付けた奴がガバッと出てくると、びびるのは同じなのだが。
その度に衝撃波を繰り出したり、PK(念動力)で強制排除したりして進路を開けないといけない。それでもなお突破して突っ込んでくる奴は、最後は瑠衣のシールドが防いでくれたが、さすがの貴樹もうんざりしてきた。
「俺は決めた!」
必死で漕ぎまくりながら、貴樹は喚く。
「今度、ヨハンさんに生きて会ったら、『自転車買うなら、電動アシスト付きですよっ』と声を大にして言うっ」
というか、こうなるとその辺で原付でも盗んだ方が早いかもしれない。
「アキャキャキャキャッ!」
「おわっ、きしょいっ」
喚いた直後に、小太りのおばちゃんが霧の中から飛び出し、両手を広げて飛びついてきた。
貴樹は慌てて風の能力で吹き飛ばす。しかし、ビルの壁面にべちゃっと叩きつけられたくせに、おばちゃんは緩んだ笑顔のまま、跳ね起きてまた向かってくる。
「きゃははっ。ネバーギブアップ!」
「ちょっ。なんか、耐久度上がってないかっ」
今度はもっと遠くへ吹き飛ばして、ようやく見えなくなった。
本当は同じ風の能力でも、ドラゴンの時のように斬り裂いた方が早いのだが――貴樹は未だに、アレを人間に使うことにためらいがある。
「お兄様、上をっ」
「なんだ!? え、あの人ら、空を安全に飛べる方法でもあるのかっ」
バタバタバタッという音がして、上空をヘリが飛んでいるのがわかった。
「でもあれ、高度が低すぎないですかっ」
「だよなあ……て、あれはまさか!」
自転車を止めて貴樹達が見上げていると、ヘリの黒い影は霧の中で錐揉み状態になりつつ、よりにもよって、車道のすぐ先に墜落してきた。
「墜落してたんかいっ」
やっぱり、空は鬼門だったのだ。
貴樹が喚いた途端、爆発音がした。霧の向こうでオレンジ色の業火が荒れ狂い、炎と衝撃が四方に散ってくる。
感度が上がっている耳が、霧の中を斬り裂いて、こっちへ飛んでくる「なにか」を聞きつけた瞬間、貴樹は問答無用で振り向き、瑠衣を抱き締めた。
「瑠衣っ」
「お、お兄様!?」
危ないところだった。
瑠衣を庇った直後に、固いなにかが飛んできて、貴樹の背中を痛打した。
「ぐっ」
「お兄様っ」
「瑠衣っ――」
瞬間、自転車から吹き飛ばされ、貴樹達の身体が投げ出されてしまう。
「ちくしょうっ」
無理に空中で身を捻り、自分を下にして落ち、瑠衣を庇った。
「お兄様あっ」
貴樹の身体がクッションになった瑠衣は、幸いにして怪我はなかったらしい。
慌てて起き上がり、貴樹を抱き起こしてくれた。
「せ、背中に刺さってますっ」
「平気だって」
わざと元気よく叫び、貴樹はむしろ瑠衣に手を貸して立ち上がった。
実際、ヴァンパイアの肉体再生能力は大したものだった。多分、背中に金属製のでっかい何かが刺さっていたのに、見る見る肉体が異物を排除し、コロンと下に落としてしまう。
「げっ、ローターの破片が刺さってたのか! ろ、ロザリーに吸血してもらってて助かったっ」
普通なら、もう絶対に死んでいる。
しかし、ほっとしたのも束の間で、たちまち周囲から大勢の気配がダッシュして向かってきた。




