運命に逆らうためには?
翌日、またしても学校をサボった貴樹は、ルイが登校した後、家中を家捜しして、謎の新薬入りのケースを見つけた。
これは普通に、ルイの部屋にある本棚の上に置かれていて、日記よりは見つけるのが容易だった。
とはいえ、問題はこの先である。
ケースから抜き出した小瓶二つを床に並べた後、貴樹はまた水色のカーペットの上で転がり回る。
昨晩、気付かれぬようにルイを尾行し、公園で盗み聞きするところまでは「俺にしては上出来!」だと思ったのに、今やこのピンチだ。
ルイを含めた彼ら三人の会話はともかく、ルイが去った後のあの二人の会話については、正直、唖然とした。なんというか……王女様の身分でありながら(いや、だからこそか)、ルイはどうも捨て駒扱いらしい。
しかもっ、どうやら散々利用された挙げ句に、あの寸足らずなおっさんに犯られちゃうわけで、救いがないにもほどがある。
男が見てもあの脂ぎったおっさんはぞっとするのに、あんなのにルイが汚されるのを想像すると、それだけで憤死しそうだった。
「お、落ち着けよ、俺。いいか、お、落ち着くんだぞ」
一晩悶々として過ごしたのにもかかわらず、貴樹は未だに胸の動悸が収まらない。
言葉の割に、さっぱり落ち着いてなかった。
なにしろ、自分の責任は重大である。知らなかったのならともかく、深夜の密会を盗み聞きして、断片的とはいえ、ルイの運命の行き着く先を知ってしまった!
知ったからには、助ける努力をしないと。
なにもしないと、まず確実にルイが汚された上、最後は死ぬ。
「ひ、一つずつ考えよう」
ようやく転がり回るのをやめ、貴樹は二つ併せて缶ジュース一本分? という感じの小瓶を眺める。透明な液体で満たされているが、コルクみたいな栓を開けて臭いを嗅ぐと、少しアルコール臭がするような。
まあ、似てるだけかもだが。
飲用は、今から二十時間置けとかグレンとかいう若造が吐かしてたが、もちろん貴樹はそのままにしておくつもりはない。この際、中身を入れ替えて無害な液体にすり替えるのがベストだろう。
よし、それで行こう!
――と一旦は思ったものの、貴樹はさらにその先を考えてみた。
いくらすり替えたところで、その程度では、ルイの最終的な運命を覆すことはできないだろう。どうやら腹違いの兄が国王で、そいつがルイの死を望んでいるらしいから。
結局、小手先だけの些細な抵抗では、いずれルイは殺される……それがどのような手段かは置いて。
「くぅうううう……単なる非モテ高校一年の俺に、どうしろって言うんだ! 腕力だってからきしだしなっ。この前の体力測定で計ったら、握力なんて二十キロしかなかったんだぞおっ」
ちなみに、低すぎて女子達からも笑われた。
まあこの場合、握力は関係ないかもだが。いっそ、なにもかもルイにぶちまけて、「俺と一緒に遠くへ逃げようっ」などとぶちかましてみるか?
いや、駄目だ……それは絶対駄目だ。
日記を読む限り、自分は特に好かれているわけではない。
あくまで、ルイの負い目になっているというだけ。なのにそんなこと言い出した日には、「人の日記を盗み見るキモい人!」と思われて終わりの気がする。
だいたい、ルイの運命についての会話を聞いたことだって、本当だと証明するのは難しい。異世界人の貴樹より、ルイは絶対、身内の連中を信じるだろう。
「ち、ちくしょうっ。手詰まりかよ!」
文字通り頭を抱えてしまったが……しばらくして貴樹は、顔を上げた。
据わった目で、ふと独白する。
「そういえばあのグレンって髪の長いにーちゃん、『才能さえあれば魔力を得る可能性があるし、元々魔力を持つ姫様のような方に対しては、さらに魔力を高める効き目があるらしいのです』なんて得々と説明してたな? となると、俺がこれを飲むと、魔力に目覚めたりするのか? 目覚めてスーパー貴樹になったりする……とか」
いやいや、さすがにそれは甘すぎるか?
貴樹はカーペットの上に並べた小瓶を取り上げ、じっと見つめた。
飲んでも魔力がつく、という保証などない。あのロン毛にーちゃんは「才能さえあれば~」と言ったんであって、誰でもとは明言しなかった。
「ていうかさっ」
貴樹は我に返って首を振る。
「それ以前に、これ飲んだら身体が衰弱して、最後は死に至るとかって話もあったじゃないですか、やだー!」
……わざと冗談めかして口にしたところで、命がかかっている深刻さには変わりなかった。
むしろ、自分の気色悪いセリフが空虚に響き、貴樹はよけいにずしっと責任を感じた。
「警察に電話しても相手にされないし、政府機関もまあ無理……親父は海外で、俺の電話なんかガン無視が普通。しかも俺には、アレな幼馴染み以外、友達すらいない」
全然自慢にならないが、それが貴樹の現状というものだった。
だいたい、その唯一の幼馴染みも、今は遠方にいる。
いてくれたら、かなり心強いヤツなのに。
「とは言うものの、だ」
しばらくして、ポツンと貴樹は呟いた。
「逆に考えたら、そんなボッチ係数高い俺と、あのいじらしい王女様とを比べたら……生き残るべきは、どちらだ? 俺か? 俺の方が相応しいってか? いや、それは絶対にないな」
誰に聞いても「いや、そりゃ王女様だよ」と言うだろう。
なにしろ、自分だってそう思うのだから。
この先成長しても、今よりステータスが上がる可能性も低い。むしろ、もっと下がる可能性の方が高い。
だとしたら……方法は一つなんじゃないか? だいたい、この方法を採れば、もしかしたら逆にルイの役に立てる可能性も出てくるかもしれない……かなりオッズが高い賭けだが。
貴樹は栓を開けた小瓶を持ち上げ、じっと考え込んだ。