悪運尽きたか?
「な、なんというクソゲー……バランスという言葉を知らんな、あのねーちゃんはっ」
憤慨して声が出てしまったが、貴樹はまたマップ画面に戻ったスクリーンを見て、ぞっとした。
「お兄様っ、四方八方から赤い点がっ」
「わ、わかってる! しかも、接近警報もまたガンガン鳴り始めたっ」
「もしかすると」
震える声で瑠衣が呟いた。
「空を飛ぶようなプレイヤーは、例外なく全てこんな厳しい遭遇率になるんでしょうか……警告の意味でも、集中攻撃するとか」
「どうも、それくさい」
周囲から雲霞のごとく迫る赤い点の数を見て、貴樹は盛大に顔をしかめた。おそらく、周辺の飛行タイプの敵が続々集まっている。
……一匹5点のために、こいつらを相手にするのは嫌過ぎる。
「どうします……お兄様」
瑠衣がおそるおそる訊いてきた。
「俺、退く勇気も大事だと思うんだ」
「同感ですわっ。高度を下げましょう!」
「よ、よしっ」
逃げろっ――とは言わなかったが、貴樹はそれこそ、上昇する時の二倍以上のスピードで急降下を始めた。
とにかく、あんな数と一度にはやれないっ。
貴樹達が必死で幻獣や感染者達で溢れる都内を飛び回っている頃、グレンは同じく都内の地下で、本国の仲間達と閉じ込められていた。
昨日、貴樹がこそっと送り届けたギャラリーの地下であり、疑われずにそこで王家に仕える仲間と合流できたはいいが、後はどうにも身動きが取れなくなったのである。
それでも、夜になるまではまだなんとかなったのだが、霧が出始めると、もう駄目だった。他の拠点と連絡を取ろうとして外に出た仲間や、他の任務で拠点を出た者達は、軒並み感染者だか幻獣だかにやられた。
もはや外に出ようと試みる者さえおらず、この地下空間で待機するのみとなってしまった。
元々自分達の戦術だったのに、あの鋼鉄の処女のせいでこのザマである。
(畜生、これじゃまだヴァランタイン家の地下フロアにいた方がマシだったな! あっちの方が遥かに防御力もあったのに!)
ソファーの一つに座り込んでウイスキーを飲んでいたグレンは、臍を噛む思いだった。
すると――ミラー魔法の連絡を期待して鏡の回りに集まっていた仲間が、どっと声を上げた。
なにか、新情報でも入ったらしい。
「どうかしたか?」
ソファーから立ち、景気の悪い顔を並べている仲間に近付く。
まあまあ親しい一人がグレンを振り向き、わざわざ教えてくれた。
「本国の仲間から入った連絡だ。最新の情報じゃ、ヴァランタイン公国軍が、夜に入ってから奇襲をかけたコノリー伯爵家の軍勢と激突したらしいっ」
「待て待てっ」
違和感を覚え、グレンは額に手をやる。
「コノリー伯爵家って、確かヴァランタイン家の遠縁じゃなかったか? 同じヴァンパイア一族だろ? 伯爵家から見れば、ヴァランタイン公爵家は、むしろ主筋だぞ!」
「そうだけど、実はそのコノリー家はこっそり王家に内通して、自分の家の本領安堵を条件に、王国側に寝返っていたんだよ。王国軍を迎え撃つために進軍中のヴァランタイン軍を奇襲にて打ち破り、新たな当主の首を王家へ献上するはずだった――予定ではな」
聞いてねーよ、ちくしょう! と真っ先にグレンは思った。
そのことをロザリー嬢に事前に教えなかった以上、あのロザリー・ヴァランタインは、グレンが裏切ったと勘違いするかもしれない。
「で、どうなった!?」
いささか緊張して訊くと、まだ若いそいつはこれ以上ないほど悲壮な顔で首を振った。
「それが……名家の当主同士で一騎打ちに及んだんだが、同じヴァンパイア同士とは思えないほど、文字通りの瞬殺だったらしい。コノリー伯爵の方が敵より遙かに戦経験豊富だし、体格にも優れていたのにさ。真祖以来の不死身伝説は、健在だとよ。ヴァランタイン家は、やっぱヴァンパイアの別格だな」
グレンの気も知らず、そいつは感心したように首を振る。
「新当主の首を獲るどころか、コノリー自身が逆に首をねじ切られ、おまけに裏切り者としてその身を素手で八つ裂きにされた。それも、当主に就いたばかりの、その女の子が自らやったんだぜ? 瞳を真紅に染めて襲い掛かってよっ。伯爵はわざわざ必勝を喫して深夜に奇襲をかけたのに、このザマだ。まるで良いとこなく、一撃も加えられず、けちょんけちょんだとよ」
グサグサグサッと、彼の言葉がいちいちグレンの胸に突き刺さる。
ロザリー嬢がグレンを裏切り者だと決めつけたが最後、もう自分の運命は見えた気がした。
「もうすぐアレクシア王国の本隊とも激突するが、今は公国軍の士気も、新たな当主のお陰で爆上げだと聞くしなあ」
言いかけ、そこでようやく明るい顔を見せた。
「ま、でも以前の当主みたいに昼間に寝所を襲えば、余裕か」
「はは……はははっ」
グレンの口元から、まさに棒読み調の笑い声が洩れた。
あいにく、その絶対の弱点ですら、もう彼女にはない。教えてやりたいところだが、グレンとしてはこれ以上ロザリーの怒りを買うのはご免だった。
そもそも、そこまでの義理はない。
というか、それより俺はさっさとあの少年に連絡をつけ、ロザリー嬢にちゃんと話を通しておいてもらわないとなっ。胆力に優れたグレンも、さすがに震え上がった。
誤解でこの細首をねじ切られてはたまらない。
同族にすらそんな扱いなら、人間のグレンごときは推して知るべしである。
怒り狂ったあのお嬢様を止められるのは、貴樹しかいないのだ。
「あとなあ、どうやらアレクシア王家の方にも動きがあって、ある事情でこっちに増援を――」
そいつが何か言おうとしたその時、荒々しく階段を下りる音がして、皆が一斉に振り向いた。
「キタァアアアサアアア」
と叫びながら、バトルアックスを担いだ仲間が躍り込んでくる。
唇の端から涎が垂れていた。
「ば、馬鹿、感染者を入れたのかっ」
グレンは銃を抜いて叫んだが、そいつの後からも続々と感染者が入ってくるのを見て、喉が鳴った。
(俺の悪運も、ついにここまでかっ)




