ゲーム参加拒否(のつもり)
貴樹が呆れていると、瑠衣がそっと囁いた。
「ひとまず、言われた通りにしてみては? あの方の性格から考えて、むしろ指示に従わない方が、害がありそうですわ」
「むう、言えてるな」
そこで貴樹はなるべく小声で「ステータス画面」と言おうとしたのだが――。
その前に、いきなり目の前に薄く輝く透過スクリーンのようなものが立ち上がり、仰け反りそうになった。
三十インチのワイド液晶画面くらいのデカさがあり、しかも画面の右下には、ミレーヌのデフォルメキャラみたいなのが笑顔で手を振っていた。
そのキャラの下に小さい字で、「三時間かけてこのキャラ描きました! なかなかでしょっ」とわざわざ注釈がある。
『はぁ~い! まあどうせ指示に従わなくても、ミレーヌの声聞いてから一定時間すると、強制的に立ち上がる仕組みですけどね、きゃはっ』
「こ、このねーちゃんって」
喉の奥で唸ってしまったが、それにしても、今更のように気付いてしまった。
幾ら上昇しても、全く霧の上に出られない。
「……一旦、停止しとこう」
何か嫌な予感もするので、貴樹は自転車の上昇を止めた。
ちなみに、やはり別にミレーヌにはこっちが見えていないらしく、まだ声が聞こえる。
『この霧は今のところ時速二キロで拡大しつつあるけど、要するに霧の中が感染者達の天国ってわけ。そして、この霧の中にいるみんなには、否応なくゲームに参加してもらいます。自分だけ例外になろうとしても、無駄だから! ルールの基本は簡単。倒した感染者に応じて点数上がって、一千点になったらクリア! ご褒美として、霧が消えた上に、感染者全員が強制的に活動限界となってその場で死にます。つまり、問題解決ってわけね。やったね!』
無駄に明るい声なので、聞いていると非常にむかつく。
それでも貴樹は、我慢して文句は避けた。今、重要なことを聞き逃すのはまずいかもしれない。
『基本的に、このゲームで点数稼いで、広がりつつあるマジックフォッグごと呪術解除するか、あるいは秋葉原まで来てミレーヌに直接交渉するか、この二つしか感染者の侵攻を止める方法はないわ。好きな方を選んで。でも、難易度高いのは、ミレーヌに会って直接交渉する方かな? ミレーヌはわががままだから、相手が気に入らなきゃ、絶対に言うこと聞かないもんね~』
「これってマジなのか……呪術でそんなことできるの?」
声がやっと沈黙したので、この隙に貴樹が瑠衣に尋ねると、瑠衣は眉根を寄せて答えた。
「本来は不可能のはずですわ。でも、あの方は呪術使いでもあり、魔法使いでもあります。それに、これは噂ですけど、高レベル魔法使いのみが可能な、幻獣を生み出すことも難なくこなすとか……。だからその才能をもってすれば、必ずしも不可能ではないのかもしれません。それに、信じようと信じまいと、実際に今、瑠衣達はその片鱗を目の当たりしていますし」
「そうだな……とにかく、秋葉原を目指しつつ、戦うしかないのか。でも、いくら感染者とはいえ、そう気安く殺すのは」
などと貴樹が呟きかけた途端、まるでその言葉を聞いたかのように、またミレーヌの声がした。
『説明はめんどくさいんで、あとの細かいルールは、各自の状況に応じて、また教えてあげるねっ。それってつまり、いつ何時、【聞いてねーよ、ちくしょう!】的なルールが出てくるか、知れたものではないということでーす! わくわくして楽しいでしょっ!? あははっ』
明るく笑った後、いきなり声が真面目になる。
『でも一つだけ、チキンな地球人さん達に事前に教えておいてあげる。一度感染した人間は、二度と元には戻らないわよ? なにをどうしたって無駄。肉体は活動してても、魂は死んでるもの。だから、殺すのためらって自分が殺されるような馬鹿な真似だけは避けた方がいいわよ~。大量生産した殺戮用の幻獣もたくさん投入してるから、今までみたいに甘くないしね。じゃあ、ガンバ!』
貴樹と瑠衣が声もなく聞くうちに、また唐突に声が止んだ。
あとは自分達でどうにかせよと言うことらしい。
「あっ。お兄様、ステータス画面に地図がっ」
「ホントだ! なんか、書店で売ってる地図を丸コピして、光らせただけみたいに見えるけど」
とはいえ、霧のせいで現在地がわからないので、これはまあ有り難い。
見れば、画面右側にいろいろ表示があり、今は「マップ」となっている。
「それはいいけど、この画面を消すのはどうすんだ。地図なんか時々見るくらいでいい。いつも目の前にあったら邪魔だ!」
貴樹が手を振ると、それであっさり消えた。
「……便利ですけど、本当に否応なくゲームに参加させるつもりなんですね」
「ふざけた話だよな! でも少なくとも俺は、ミレーヌとやらの遊びに付き合うつもりはないねっ」
貴樹は強気で言い切ると、最初を上回る勢いでぐんぐん上昇を始めた。
マジックフォッグだかマッシュルームだから知らんが、いくら相手が天才呪術師だろうと、よもや成層圏まで霧で覆っているわけではあるまい。




