ところがぎっちょん
あの魔法陣の転送先は、屋敷の裏庭にあたる直上であり、あれの対となる魔法陣がそこに描かれている。
普通ならたちまちご近所さんに見られていろいろまずいが、ここは壁もかなり高く、魔法陣は裏門からは見えない位置に描かれているのでなんの問題もなかった……のだが。
どうも、ついに裏門までがあの感染者共に破られたらしく、自転車がそこに出現した途端、貴樹達は周囲に黒い影がうじゃうじゃ蠢いていることに気付いた。
「きゃっ」
「おわっ。ゾンビ映画かよっ」
霧の中にいてさえ目立つ幾つもの感染者の影に、瑠衣と貴樹は思わず声を上げる。
途端に、「誰かいるっ」と明るい声や「ようやくかっ」などという陽気な声がしたかと思うと、人影達が、一斉に駆けてくる音がした。
「友達友達友達ぃいいいいっ」
「ようこそ、新しい世界へ! 俺達ゃ陽気なダッシュゾンビさっ。なんちゃって」
「今のウケたっ、はっはっはっ」
「ぶっちゅといきましょ、ぶっちゅぅうううう」
「お、お兄様っ」
「わかってる! じょ、上昇っ」
別に声に出す必要は全然ないが、つい声に出てしまった。
ともかく、計算通りに無事、自転車は上昇を始めたが、ジャンプして貴樹の足を掴んだしついこい男がいた。
「あれっ。おまえ、草薙じゃああああんっ」
呼ばれた貴樹が下を見ると、なんと普段からイケ好かないクラスメイトである。
成績優秀で女の子にはモテモテで人気者というふざけた奴だが、人の見ていないところでは、貴樹に嫌みを言うという最悪な性格の野郎だった。
しかし、今やすっかり普段の気取った顔を忘れて、緩みまくったアレな笑顔を広げていた。
涎まで垂れている。
「佐藤っ。おまえも感染したのかっ」
「なんでこんなトコにいるの、なんでなんでなんでっ。つか、俺、後ろの子のスカートめくりたいっ。君も、草薙じゃなくて、俺みたいなイケメンとナニしたいよね。ズボズボやりたいよねっ」
「うるせぇ! 俺が睨んだ通り、本性は下品だったんだな、おまえっ。とっとと消えろ!」
普段の恨みもあって、貴樹は容赦なく佐藤の顔を蹴飛ばした。
「ぐはっ。しかぁし! 俺は四天王の中では、まだ最弱ぅううううう」
さすがにヴァンパイア並のパワーには勝てないらしく、あっさり落とされて、中庭に落下していく。
「ちくしょー、俺もやらせろー」
「二度と顔見せるな、馬鹿野郎っ」
お返しに怒鳴り返し、貴樹はさらに急上昇する。
「ご、ご学友の方だったんですか」
「クラスメイトではあるけど、普段から俺の敵。一言で言えば、ザ・嫌な奴。実際、感染したら、モロに内面が出た気がする」
「そうでしたか」
どきどきした顔で胸を撫で下ろす瑠衣は、ふと小首を傾げた。
「あの……それで、ズボズボやるとは、なんのお話でしょう?」
「いやっ、それは気にしなくていい。あいつのゴタクだからっ。あいつ、馬鹿だから!」
貴樹は意識して平静な声言った。
「それより、この濃い霧じゃ全然前が見えないから、霧の上に出てしまおう」
「それがいいですわ!」
安心したように瑠衣が応じた途端、聞き覚えのある声がした。
『はぁい、ところがぎっちょん!』
「でぇえええっ」
「だ、誰ですかっ」
二人して、面白いようにあたふたする。
貴樹の動揺を示すように、浮上中の自転車が大揺れに揺れたが、声の主は見えない。
しかし、まだ途切れずに続いていた。
『あ、今のぎっちょんは、どうせ霧の中を進んでいる最中だし、何か恨み言でも口走ってるだろうと思い、適当に言ったのね。別にそっちが見えてるわけじゃないのよ。とりあえず、ステータス画面と口にしてみてっ。はい、高嶺の花をくどくような、無駄に爽やかな声でどうぞ!』
「いや、どうぞと言われても……」
「お兄様、今の声、あの方に似ていますわ……ブラッディエンジェルのミレーヌさんですっ」
「そうか、聞き覚えあると思ったら、鋼鉄の処女か!」
「じゃなくて、ブラッディエンジェルさんですっ」
瑠衣が珍しくこだわった。
『ほら、ゴタスカ言ってないで、早くステータス画面と言いなさいっ。さっさとお願いシマウマ! あ、ちなみにこの追加指示も、オートだから。どうせ素直に従ってないと思って、ミレーヌのマジックフォッグに仕込んでおいた声なの。やっぱりそっちは見えてないわけ……本当よん』
「……なに言ってんだ、こいつ。マジックフォッグって、この霧のことか」
あと、ホントに見えてないのか、おい。




