(今回限りの間奏)ロザリー、士気を爆上げする開戦宣言
ヴァランタイン公国における全ての中心に、大勢の臣民が集まっていた。
真祖以来、ヴァランタイン家の居城とされてきたヴァランタイン城の中庭に、正規兵や聖戦への参加志望の一般兵士など、ざっと一万の群衆が詰めかけている。
もちろん、この城の新たなる当主が開戦宣言をするのを、待っているのだ。
偉大なる真祖を祖先とする、ヴァンパイア一族の頂点に立つ名門である。
当然ながら、アレクシア王家が降伏を迫ったからといって、簡単に屈服したりすまい――それが衆目の一致するところだったが、予想より遅かったとはいえ、ようやく志願兵と正規兵をこの城内に集め、後は出陣を待つばかりとなっている。
とはいえ、風の噂で聞こえてきた王家の精鋭軍は、その数三万を越える。
数千年の歴史を誇る名家といえども、今度ばかりは分が悪いという噂が、既にちらほら囁かれていた。
しかも……抜群の外交力と政治力、それに戦においてすら名将と謳われた先の当主、エリザベート・ヴァランタインは、既に亡い。
一年前、アレクシア王国軍が彼女の離宮に奇襲をかけ、夜の寝所を見つけて、朝日が昇る前に踏み込んだのだ。結果、千に近い敵兵との激闘の末、陽光の前に引きずり出されたエリザベートは、痛烈な戦死を遂げた。
以来、一年間の空白期間の末、ようやく彼女の娘が新たな当主となったが……実はその存在こそかなり前から囁かれていたものの、多くの臣民達は、実に今日初めて新たな当主の姿を見るのである。
新たな国主、新たなヴァンパイア一族の長がどんな女性なのか、集結した兵士達は畏怖と共に噂し合っていた。
もちろん、その中には来るべき敵との戦を憂う声もある。
「……聞いたか、王国側の兵力は、三万らしい。こちらの三倍だ」
「頼みの綱の各ヴァンパイア一族の名家も、今回は様子見を決め込む方が多いと聞く」
「俺も聞いたっ。コノリー伯爵家とか、ヴァランタイン家と親交厚い一族さえ、今回はのらりくらりと協力への返事を先延ばしにしているとか」
「エリザベート様が、王国側の不意打ちに倒されたのが痛かったな……アレで、真祖以来のヴァランタイン家の不死身伝説にケチがついた。まあ、元々真祖と――直系とはいえ、今のヴァランタイン家とでは、決定的な差があるが」
「実際、今ここにいるヴァンパイア家の者と言えば、亡きエリザベート様の妹君が嫁いだご実家だけだぞ。しかも来てるのは人間の家令一人だしな」
「それは、曇天とはいえ、今が昼間なのも大きいんじゃないか?」
「そこよ! こんな曇り空を選んでわざと昼間に開戦の告示をするのも、あえて強気をお見せになりたいのだろう。まだ十四歳になったばかりと聞くのに、おいたわしいことだ」
「無礼な物言いはよさないかっ」
レザーアーマーを纏い、素槍一本を担いだ志願兵の一人が、囁く者達を睨んだ。
「俺達はクソッタレの王国より、慈愛深いヴァランタイン家に未来を感じて集まってんだ。そのご当主に対して、なんて言い草だっ」
「なにをっ。俺達は本当のことを言っただけだ!」
にわかに揉め始めたその時、いきなり張りのある声が中庭に響いた。
「皆の者、よく集まってくれたわっ」
その瞬間、万を数える兵達の目が、前方に注がれた。
そこには、白亜の城をバックに、新たな当主となったロザリー・ヴァランタインが浮遊していた。豪華な真紅のドレスを着込んだ彼女の姿を見て、自然とため息が多く洩れた。
ざっと兵士達を見渡してから、ロザリーはさらに続ける。
「おまえ達の中には、今からの戦いを危ぶむ者もいることでしょう。わたくしは、それを責めようとは思わない。兵力が違い過ぎるし、危険な時間帯とあって、今ここに集うのは、ほとんどが普通の人間……であるからには、弱気も当然のこと。しかし、わたくしはここに約束しようっ。もはやアレクシア王国ごとき、我が敵には不足だとっ。なぜならこのわたくしは、真祖以来、初めてヴァンパイアの完全体となったからだ!」
ざわめき始めた兵達をまた平然を見渡し、ロザリーは厚い雲のかかった天へと右手を突き上げた。
「今の大言を、今ここで証明してあげましょう。見よ、これがわたくしが、偉大な真祖と肩を並べた証拠です。風よ吹け、嵐よ来たれっ。我が命令に従って吹き荒れよ!」
言下に、ロザリーの叱声に応えるように、風が渦を巻き、曇天を斬り裂くように天へと立ち上っていく。その暴風はたちまち空の高みを制し、いとも簡単に雲を斬り裂き、青空を広げていった。
(力を分かつということは、貴樹の能力もわたしのものとなったということ! 今朝、その本当の意味に気付いたのはこれ以上ないタイミングだった。 ああ、貴樹っ、わたしの愛しい人っ。貴方のお陰で、我がヴァランタイン家とこの国は、間違いなく蘇るわっ)
「ろ、ロザリー様っ」
「静かに!」
慌てた近臣が駆け寄ろうとするのを、ロザリーは叱声と共に退ける。
やがて、当然の帰結として……厚い雲に阻まれて見えなかった太陽が姿を現し、一直線に光が降り、ロザリーの身を照らした。
彼女の計算通り、完璧にロザリーの身体のみをピンポイントで照らしてのける。
兵達から悲鳴が上がったが、しかしロザリーの笑顔に変化はない。
むしろ自ら全身に陽光を浴びるように、両手を広げていた。真紅のドレスはもちろん、煌めく金髪がゆらゆらとなびき、陽光がその美貌を最大限に引き立てた。
「おお……ロザリー様」
「信じられんっ」
「なんと……美しい」
「見よ、者どもっ! 歴史上初のヴァンパイアにして、真祖たるアーネスト・D・ヴァランタインのみが為し得た奇蹟を! その奇蹟は真祖伝来の儀式を経て、いま再び我がものとなった。太陽光ですら、もはやこの身を滅ぼすことはできぬのだっ。わたくしは決して滅びぬ!」
『おぉおおおおおおおおおおっ』
ざわめきが歓声となり、そしてその歓声が大地を揺るがすうねりとなる。
一万の兵士がロザリーの名を叫びつつ、手にした武器を天へ突き上げていた。
そしてロザリーもまた、近臣が捧げ持っていた真祖ゆかりの長剣を引き寄せた。真紅に輝く伝家の宝剣を掲げて見せる。
「真祖は決して膝を屈しない! 二千七百年前より変わらぬ、我がヴァランタイン家の家訓を、アレクシア王家の愚か者どもに思い知らせてくれようぞっ。このロザリー・ヴァランタイン自らが出陣し、先頭に立とう。皆の者、存分に励むがよい!」
自分の声が隅々にまで届いたことを確認し、ロザリーは最後に叫んだ。
「では参ろうっ。いざ戦だ、皆の者!! 必ずや敵軍を踏みつぶしてくれようっ」
『戦だーーっ! 我が君のために、敵を潰せぇええええええええっ』
(そうよ、さっさと戦を終わらせて、貴樹の元へ帰るんだからっ。あの二人をそのままにしておけるもんですかっ)
究極の本音は最後まで胸に秘め――。
爆下げしていた自軍の士気を、ロザリーは一気に沸点にまで高めることに成功した。




