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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第六章 鋼鉄の処女
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瑠衣の鮮血を召し上がれ


「開いてるよ~」


 貴樹が声をかけると、静かにドアが開いて、瑠衣が入ってきた。

純白のショートパンツのお陰で、真っ白な両足が剥き出しだった。目のやり場に困るが、なぜかマグカップを一つだけ、抱えるように両手で握っているのが気になる。


 貴樹が座っていたのは、PCが置かれたテーブルを前にした二人がけソファーなのだが、瑠衣は横に遠慮がちに座った。


 今日の瑠衣は、不思議と鮮血の香りがした。





「あの……お願いがあるのですけど」

「な、なにかな?」

「お兄様は、おそらく明日にはあのミレーヌという人を倒しに行くつもりですよね?」

 言いかけ、瑠衣はテーブルの上の液晶画面を見て、眉をひそめた。


「……この線画の方、なぜ腕を振っておっ――いえ、胸を連呼しているのでしょう?」


「あ、いやっ。これはまあ、野次馬連中の無責任な書き込みなんで」

 はははっと笑いつつ、貴樹は素早く画面を閉じる。

 というか、読むにしてもわざわざそこを読まなくてもっ。


 画面を閉じたはいいが、むちゃくちゃ気まずくなった。そもそもこの地下フロアには、もう貴樹と瑠衣しか残っていないのである。

 しかし瑠衣はさほど意識していないのか、気まずい空気を払うように、妙に明るく持ちかけた。




「明日は瑠衣も『当然』ついていくとして」


 当然の部分に、かなり力が入っていた。

 貴樹が反論しようとした途端、瑠衣は妙に大事に抱えていたマグカップを押しつけてきた。


「主戦力はお兄様になるかと思いますので……瑠衣からのプレゼントです……どうぞ」

「え、なに? コーヒーでも煎れてくれた――か」


 受け取ったマグカップの中身が、真紅の飲み物なのを見て、貴樹は瞬時に固まった。

 ウケ狙いのトマトジュースかと思いたかったが、この色はそんなものではないだろう。だいたい、少し揺らしただけで、濃い血の香りが立ちこめる。


「どうしたんだよ、これっ」

「先程、少し腕を切りました……でも、傷は治癒で治してますから、ご心配なく」


 ぴたっと身体をくっつけてきて、瑠衣が囁く。


「ご存じですか? 一定量の血を流しても、人間はすぐに元通りに体内で鮮血を作るのですわ。ですから、お兄様が気になさることはありません。それに、これなら飲みやすいでしょう?」


「いや、そんな早口で言われてもだなっ。あと、リストカットじゃあるまいし、気安くそういうことを」

「瑠衣はどうしてもお兄様に、ロザリーさんと同じ儀式をして頂きたいのですっ。吸血行為はお兄様への力添えにもなりますしっ」

 珍しく貴樹の言葉を途中で遮り、瑠衣が声を励ます。

 十二歳の女の子とは思えない迫力で、ずいっと顔を近づけてきた。

「ですから、せめて味見の意味でも、どうぞ瑠衣の鮮血を召し上がってみてくださいませ! もしもお口に合うようでしたら、お兄様もその気になってくださるかもしれませんしっ」


「あ、味見ってなぁ――そんな、コーヒーとか紅茶を勧めるみたいに言われてもっ」


「でも……もしもここでお兄様に拒絶されると、瑠衣の血は捨てるしかなくなります。今更、戻せませんし」

 かなりもっともなことを言われ、貴樹は返事に困った。

 瑠衣もなかなか策士である。思わず隣を見ると、すぐ至近に瑠衣の顔が迫っていて、鼻先がくっつきそうになった。


 眉の上で綺麗に揃えた煌めく銀髪と白磁の肌、それに切れ長の瞳が、鮮烈に目に焼き付いた。年齢の割に外見は大人びて見えるヤツだが、今日はまた一段とそう見える。


 空色の瞳に、不退転の意志が窺えるせいだろう。




「……おまえ、つくづく美人だなあ」

「きゅ、急に、何を言い出すのですかっ」


 さすがに頬を染めて、瑠衣が目を逸らした。


「そんなことで、ごまかさないでくださいまし」

「いや、完璧な本音だったんだけど……」

 受け取ったマグカップの中身をじっと見つめる。

 血の鮮やかな色が、今の貴樹にはこの上なく心地よく映った。

「……本来はそれでも捨てた方がいいんだろうが、でも……駄目だ……この香りは強烈すぎる……我慢できない」

「それはよろしゅうございました!」

 白い手を重ね、瑠衣の声が弾んだ。


「お望みでしたら、お代わりも幾らでも作れますから、どうぞぐっと――あっ」


 貴樹が肩を抱き寄せると、さらに頬が赤くなった。

「あまり馬鹿なこと言うなよ。痛い思いさせてまで、おまえからもらおうと思ってないし」

 と言いつつ、どうやら貴樹のヴァンパイアとしての本能が、血の香りに目覚めたらしく、否応なくマグカップは口元まで来ていた。

 以前は「半人前ヴァンパイアになったとしても、俺は血なんか飲めないだろ」と思い込んでいたが、それは大きな間違いだった。



 もはや押し留めようもない欲望に突き動かされ、貴樹は生温かい鮮血に口を付けた。

 


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