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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第六章 鋼鉄の処女
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甘噛み


「わたしは、国土と臣民達を保護するヴァランタイン家の当主として、敵軍を迎え撃つためにしばらく戻らなければならないの。ここで最後まで残って貴樹と戦いたいけど、少なくとも今は戻らないと」


「わかってる」


 最後まで聞かず、貴樹もまた握られたロザリーの手に自分の手を添えた。

「戻らなきゃいけないのは、当然だろうと思う。ここまで助けてもらっただけでも、有り難かったよ。ずっと本国の方が気になってただろうに、ごめん」

「で、でもねっ」

 慌てたようにロザリーが続けた。


「この際だから言うけど、貴樹もわたしの国へ来ない?」


「……は?」

「わたしは本気よっ」

 ロザリーがぐっと迫った。 


「貴樹をヴァランタイン家当主の、親衛隊隊長として迎えるわ! もちろん、最終的には軍事の全面的な責任者に――」


 内心でたまげていたが、貴樹はあえて首を振った。

 俺ごときが親衛隊のトップかっと一瞬、かなりぐらぐらと心が動いたが、我ながら感心したことに、断ることに迷いはなかった。

「それは嬉しいけど、俺も今は無理だって。せめて、この有様をなんとかしないと」

 冗談めかして両手を広げる。


「自分の故郷をこんなまま放置して、異世界で俺だけいい目見るのは、なんか違うだろ? いや、そりゃそっちでも戦いがあるんだろうけど、それでもさ。元々日本がこんな有様になってるの、俺にも責任があるだろうし」


「でもっ」

 珍しく畳みかけるように言い募ろうとしたロザリーに、貴樹はあえて笑顔で告げた。

「こっち片付いてから、もう一度声をかけてくれ、マジで!」

「……貴樹」

「いや、ホントに今ぐらっと来たんだ……一世一代のチャンスを棒に振った気がしないでもない。だから、ぜひともセカンドチャンスを選択できる時が来て、その時にまだロザリーの気持が変わってなければ」

 ロザリーはしばらくまじまじと貴樹を見つめていたが、やがて諦めたように首を振った。


「貴樹、最近は随分と男らしくなってきたわね」

「あんまり褒められた気がしないっ」


 かなり本気でむくれると、ロザリーがふいに貴樹にもたれ掛かってきた。

 長い金髪が頬に触れる感触に、貴樹の軽口はあっさり途絶えてしまう。




「なるべく早く、戻って来られるようにするわ」

「わかってる」

「でも……どうしても危ないと思ったら、いつでも遠慮なく呼んで。無理してでも駆けつけるから」

「そりゃお互い様だろ」

「えっ」


「いや、えっじゃなくて。有り得ないとは思うけど、そっちが危なくなったら、遠慮なく呼びつけてくれ。一時的に応援に駆けつけるのも嫌だとか、俺だってそういう薄情なことは言わない。半人前ヴァンパイアにそう大したことができるとは思えないけど、肉壁くらいにはなるんじゃないか? 俺、タフになってるし」


「……優しいわね、貴樹」

 ロザリーは素早く貴樹の膝の上に乗ってきた上、本格的に抱きつき、頬と頬とをくっつけた。

「うっ……おまえ、十四歳とは思えないスタイルだから、焦るんだけど」

 つか、胸がこっちの胸に押しつけられてて、心臓の鼓動が半端ない。

 貴樹はふいに体温が上昇してきた気がした。


「お願いがあるのだけど」

「な、なに」

「一時帰国するわたしを、元気付けてくれないかしら」

「……おぉ、なんか俺には予感があるぞ」


 わざと顔を離してロザリーの目を見ると、案の定、既に瞳が真っ赤だった。付き合いの長い貴樹は、彼女がこうなるのは、腹を立てた時と激情に駆られた時以外に、もう一つあることを知っている。……つまり、吸血衝動である。


 既に犬歯が伸び始めているような。




「い、嫌なら無理にとは言わないけど……でも、儀式の時を持ち出すまでもなく、わたしが貴樹を吸血しても、従者化は――」

「大丈夫、別に嫌じゃないさ。忘れたか? ロザリーに最初に血を提供した時だって、俺は嫌々承知したわけじゃない」

 途端に、ロザリーの真紅の瞳が潤んだ気がしたが、素早く目を逸らした彼女は、掠れたような声で囁いた。

「……ありがとう」

 そのまま、貴樹の両膝をまたぐようにして、足を折って完全に座り込んでしまう。その体勢で、きつく抱き締めてきた。もちろん、貴樹もロザリーを支えるために両腕を回しているわけで、密着度が半端なかった。

 特に、胸に当たる彼女の双丘の感触がとんでもない。


「きっと、まだ成長するわよ?」

「おまえっ、俺の心を読んだのかっ」

「当てずっぽうよ。本当にそんなこと考えてたのね、ばか」


 からかうような声だったが、少し震えていた。

 ロザリーもまだ緊張しているらしい。


「す、凄い体勢だな……対面座位かよと」

「は、恥ずかしいんだから、わざわざ言わないでよ……」


 焦ったロザリーが腕を一振りすると、ふっと部屋の明かりが消えた。

 頬と頬とがくっつき、貴樹の耳元に掠れたような囁き声がした。


「本当にもらっていいのね?」

「いいさ。その代わり、帰国したらばしっと勝利を掴んでくれよ」

「ええ……貴樹のためにきっと勝つわ! それじゃっ」


 小さな気合いの声の後、微かな痛みが貴樹の首筋にきた。

 半ばヴァンパイア化しているせいか、あるいはロザリーの配慮のお陰か……最初に比べると、あまり痛みはなかった。

 

 それに……随分と優しい、甘噛みのような牙の立て方だった。


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