瑠衣の驚き
地下フロアの客人用寝室は、貴樹も泊まったことがある。
三人くらい眠れそうな豪勢なベッドに、くるぶしまで埋まりそうな絨毯、それにテーブルやソファーも常備された部屋で、貴樹の自宅部屋の二倍以上の広さがあった。
瑠衣はセーラー服姿のままその巨大なベッドで半身を起こしていて、ショックを受けたように自分の身体を抱き締めていた。
「ど、どうした」
ドアを開けるなり貴樹が声をかけると、「お兄様っ」と小さく叫んでベッドから出ようとした。しかし、まだ身体が完全ではないのか、そのまま下に転がり落ちてしまう。
「馬鹿っ、無理すんなって」
駆け寄って抱き上げ、元のベッドに戻してやった。
触れる時に緊張したが、それどころではない。
「お兄様、瑠衣のアリスが」
うわごとのように瑠衣が呟く。
「えっ」
「お兄様に贈って頂いたアリスがいないのですっ。このところ、あの子をずっと抱き締めて一緒に眠って――あっ」
言いかけ、茫洋とした瞳に、ようやく光が戻った。
ロザリーの治癒魔法を使われたせいか、まだ完全には目覚めていなかったようだが、ようやく意識がはっきりしてきたのだろう。
同時に記憶も一気に蘇ったらしい。
「お、お兄様っ。どうしてあの時、お兄様はお空をっ」
まじまじと見つめる瑠衣に、貴樹は覚悟を決めて言ってやった。
「わかってる。今、全部話すよ。俺はもう、おまえの事情も知ってるんだ」
なるべく冷静な声で語りつつ、貴樹はそっと心に誓った。
……とりあえず、日記を勝手に読んだことだけは伏せておこうというヘタレな方針の故に、グレンと少佐と瑠衣の公園でのコンタクトを見てしまったことにした。
その後でグレンとも何度か会い、事情を悟ったと……まあ、あながち嘘でもない。
「あんな時間に家を出ていくのが妙だと思ったから、尾行してな……はは」
などと言い訳し、貴樹は後はほぼ全部話した。
説明中、瑠衣は終始驚き顔だったが、さすがに「おまえに来てたヤバそうな薬、代わりに俺が全部飲んだてへっ」という部分では口元を手で覆って盛大な驚きを表明していたが……一番ショックを露わにしたのは、実はそこではない。
「でもって、例の薬は力はつくにはつくけど、やっぱりゲロヤバな衰弱をもたらす効果もあったんだ。それを心配したロザリーが、妙な儀式で自分の力を分けてくれてなぁ。いや、友達が彼女でマジでラッキーだったよ!」
……無駄に明るく話したのは、薬の副作用件を瑠衣が心配しないようにとの貴樹の配慮だったのだが、どのみちあまり意味はなかった。
なぜなら、貴樹が当初想定した以上に瑠衣が衝撃を受けていたからだ。
ロザリーがヴァランタイン家の新たな当主らしいという情報もそうだが、自分が半ばヴァンパイア化したことを、まさかそこまで瑠衣が気にするとは思わず、貴樹は内心で首を傾げたほどだ。
それでも、ともかく最後まで説明を終えたのだが。
瑠衣は途中から自分を抱き締めてわなわな震え、あまつさえ涙目になっていた。
「そんな……ではロザリーさんはお兄様が……ヴァランタイン家のご当主にもかかわらず、そこまでの決意を……」
「そこまでって、どういうこと? 俺とロザリーの関係って、献血的友好関係に、新たに力を融通し合う項目が加わったくらいだけどな?」
つまり貴樹は、あれは友好献血の発展系のごときものだと理解している。
呟きが気になって首を傾げると、瑠衣はぱっと貴樹を見やり、まじまじと目を見開いた。
「では、お兄様は儀式の内容については詳しくはご存じないのですね。いえ、瑠衣もあくまで噂で儀式のことを耳にしたことがあるだけなのですが」
「そんな大げさな言い方……もしかして、なんかネガティブ面でもあるの」
少なからずどきっとして、貴樹は逆に尋ねた。
言われてみれば、あれが尋常な儀式ではなかったことは、なんとなくわかる。しかし貴樹にしてみれば、一番強烈な印象が残っているのは、手を引かれて明滅する魔法陣の中に入った時の、ロザリーの一糸纏わぬ後ろ姿と……それに、裸で抱き合った時の彼女の胸の感触だったりする。
あの絶妙な柔らかさと感触は、死ぬまで忘れる気がしない。
「いえ……お兄様に悪影響なんかないと思いますわ……けど……まさかあの方のお立場で……」
空色の瞳に戸惑いと驚きとためらいが同時に見て取れたが、他にもどうも貴樹に推測できない感情に揺れ動いているように見える。
挙げ句の果てに、大きく深呼吸して不意に貴樹の手を取った。




