鋼鉄の処女、あるいはブラッディエンジェル
「今でもまずいのに、ラザールが死んだことで、なにか変化が起きるのか」
「それより、今は対抗策だろ?」
グレンがささっと話題を変えた。
「この現状を、どう止めるかが問題だ、少年」
「だから貴樹だって! だいたい、そんなに年齢違わないだろっ」
「馬鹿言えっ。俺はもう二十歳を軽く超えて――」
「それよりっ」
ロザリーがぴりっとした声を上げ、グレンの抗議を遮った。
「こいつの責任は置いて、対抗策としてはそう多くないわ。皆殺し兄妹の妹に当たる子がこっちへ来たら、捕まえて無理に呪術を解除させるか、あるいはこれ以上の感染拡大を防いだ後、今いる感染者を全員倒すかよ。呪術に対抗する術で破る術もあるかもしれないけど、少なくとも私は知らない」
「右に同じく」
グレンがしれっと言う。
「つまり、一番現実的な案が、あいつの相棒である妹とやらが来たら、ふん捕まえて術を解除させることになるか。……ていうか、あいつも有名な呪術師らしいけど、当然、妹も手強いんだろうな?」
貴樹がそれとなくロザリーに尋ねると、彼女は眉根を寄せて言った。
「わたしも噂でしか知らないけど、なんでも兄なんか及びもつかないほど、狂気に染まっているとか。元々、血は繋がっていないらしいんだけどね」
「なんだよ、その叶姉妹みたいな関係は……」
「だから、本来は他人同士なのよ」
ロザリーはなぜか嫌そうな顔で教えてくれた。
「あいつは女を犯しまくるので有名な男だけど、唯一、意のままにできなかった相手がその子らしいわ。それでも諦めきれずに、お得意の呪術を使って支配下に置いたんだけど、問題はその子もまた、呪術が使えたってこと。だから、ラザールの術にかかる寸前、その子自身が自分に呪いをかけたのよ。……自分に手を出した男は、例外なく肉体が腐敗して死んでしまうという」
「そ、それはまた、強烈だな」
話の内容が内容だけに、うっかり自分の大事な部分が腐ってしまう最悪な想像をしてしまい、貴樹はぞっとした。
「でも、ラザールは逆に、大層気に入ってたとか。手を出せないから、仕方なく妹ということにしているけど、途中からもう崇拝に近い愛情を抱いていたようね。それに、呪術を二重に掛けられたことでその子も少し壊れちゃって、以前では有り得ないような残虐行為をするようになったとか。今では、鋼鉄の処女とかブラッディエンジェルなんて呼ばれてるようね……あくまで噂だけど」
「昔の拷問器具かと」
貴樹はげんなりした。
「素晴らしい、安心した! これは恐ろしく説得しやすそうな相手だなっ」
皮肉でも言わないと、やってられなかった。
多少は責任を感じたのか、グレンが慰めるように言った。
「まあアレだ……それでも方法が皆無ってわけじゃないんだし、一応捕まえることを考えればどうだ。それと、本国から他の強力な呪術師を連れてきて、協力を仰ぐとか」
「そうね、それに今溢れている感染者達だって、きっと呪術的な活動限界時間が――」
ロザリーが言いかけたところで、微かに瑠衣の弱々しい声がした。
おそらく目覚めたのだろう。
「ごめん、ちょっと中断!」
貴樹は断りを入れ、慌てて応接室を飛び出した。
途端に、ロザリーも後を追おうとしたのだが、なぜかグレンが止めた。
「いいんですかい?」
「なにがよっ」
無視して出ようとしたが、どうにも気になり、ロザリーは振り向いてしまう。
「いえその……こういう時、あいつの立場からすれば、少しは再会を喜ぶ時間を欲しいと思うもんじゃ?」
「そんなこと、わかってるわよ。だからこそ、危ないじゃないのっ」
ロザリーはぷりぷりして言った。
どうもこいつには、自分の貴樹への想いがバレているらしいが、だからこそ、言い返さずにはいられなかった。
「本当は兄妹じゃないことは貴樹も知っているわけだし、余計な感情が高ぶったらどうするの」
「いや、俺の見るところ、仮にそうなっても、あいつに押し倒すような根性はないと思いますね」
目にかかりそうな長い前髪を手でいじくりつつ、グレンは穏やかに言う。
「それより、こんな場面で邪魔されると、逆に恨まれたりするもんですよ」
「……う」
ドアノブに手をかけたまま、ロザリーは唇を引き結んだ。
この男はあらゆる意味でむかつくが、その指摘は少し気になる。
「おまえ、本当にそう思う?」
「思います。どうせなら、他の機会にアピールしましょうや」
「余計なお世話よっ」
さすがに忌々しくなり、ロザリーはのほほんとしたグレンを睨んだ。




