感染は止まらない
「ば、馬鹿っ。殺しちゃヤバいのにっ」
「やっぱりあいつは、博物館で肉塊にしておくべきだったわね!」
貴樹はもちろん、ロザリーまで慌てて走ってきた。
泡を食って二人でラザールを覗き込んだが、一発は胸、二発は腹に命中し、おまけに口からはがぼっと盛大に血を噴き出しているところで、助かる気がしない。
むしろ、まだ生きているのが不思議である。
これはもう、通りすがりの猫が見ても首を振るだろう。
「ははは……そうか、ならばそれもいい……がはっ」
苦しい息の下から、ラザールは光の消えていく瞳で貴樹達を見上げた。
「自分達で呼び寄せた……地獄を……せいぜい楽しむがいいさ……私の仇は可愛い妹が……引き継ぎも……くくく」
ぶつぶつ恨み言を述べている途中だったが、貴樹は慌ててぶらっと寄ってきたグレンを引っ張り寄せた。
「いてっ。なんだよ!」
「やかましいっ。おい、おっさんっ。恨むならこいつだぞっ。今あんたを撃ったの、こいつだし!」
「おい、一応は同じ陣営なのに、そりゃないだろっ」
「なにが同じ陣営よっ、寝ぼけないで! こいつの呪いはあんたが責任持って、全部引き受けなさいっ」
三人でしばらく醜い言い争いをしていたが、そのうちロザリーがラザールを見て、「あっ」と呟いた。
「……貴樹、もう遅いわ」
「えっ」
言われて彼を見下ろせば、既にラザールはがっくりと首を傾けていた。
そして、なぜかその死体が、どんどん黒い霧状に分解していく。
「なんだ、これ?」
「貴樹、下がって」
ロザリーが貴樹の腕を取り、無理に下がらせた。
その間にも、邪悪な呪術師の死体はどんどん細かい霧状になり、渦を巻いて空へと立ち上りはじめている。まるで、貴樹達の前途を覆う暗雲のごとく。
唖然として見守る三人の前で、ついに死体の全てが黒い霧と化し、そのまま遠くの空へと運ばれていった。
「むう? 霧の飛んで行く方向……俺達がさっきまでいた駅前の方角だな」
完璧な他人事口調でグレンが呟いたが、事実、その通りだった。
黒い塊は自らの意志を持つかのように、駅前の方へ飛んで行った。
ひとまず、現状を確認しつつ、今後の相談をする必要がある。
そういうわけで、貴樹とロザリーはひとしきりグレンに文句を言った後、三人揃ってひとまず廃校から一番近いロザリーの屋敷に向かい、そこの地下フロアにある応接室で話し合うことにした。
なぜ地下かというと、貴樹達が住む近所にまで影響範囲が広がるのは時間の問題であり、いずれロザリーの屋敷がある裏山間近まで感染者が押し寄せるのが、目に見えているからだ。
ここの地下フロアはヴァンパイアたる少女主人のためにあらゆる備えがあり、脱出用の魔法陣まで備わっているらしいので、緊急避難先としては申し分なかったのだ。
瑠衣を別室で休ませ、応接室にようやく三人が腰を落ち着けた時には、当然ながら全員の顔色が冴えなかった。
特に、道々事情を聞いたグレンはさすがにバツが悪そうな顔つきだった。
とはいえ、所詮は悪い意味で開き直りの早い男なので、今はしきりに「まあ、済んだことはしょうがないさっ」と自分で自分を慰めていた。
もちろん、貴樹とロザリーはさらに罵倒したが。
「とにかく、今どうなっているか、少し情報を探りましょう」
ロザリーはリモコンを取り上げ、応接室の壁際に鎮座した100インチのテレビを点けた。
この感染者騒ぎが引き起こした影響は思いの外甚大だったようで、情報源を探すのに苦労はなかった。なにしろ、スイッチを入れるなり、いきなりリポーターの声ががなり立てた。
『何度もお伝えしておりますように、本日は全ての番組を中断して、緊急特別報道とさせて頂きます。小宮町近辺で発生したと見られる集団異常行動は、原因不明のまま既に中央線の沿線沿いにまで影響範囲が広がり、現在、ここ三鷹駅周辺では、厳戒態勢が敷かれています! 既に機動隊が出動して駅前付近の道路を封鎖しており、西から東へと広がりつつある異常現象の――え、なんですか?』
突然、スーツ姿のリポーターが、明後日の方を見た。
途端に、見る見る顔色が悪くなり、慌てて手にしたマイクに喚いた。
『た、ただいま、私がいるこの三鷹駅前でも騒ぎが――ああっ』
悲鳴と同時にカメラが盛大にぶれ、歩道に落ちた。
どこかでリポーターのさらなる悲鳴と、カメラマンとおぼしき者の悲鳴が上がった。転がったカメラが、駅前の方から走ってくる集団と、既にリポーター達に襲い掛かりつつある集団を移す。
その中には、制服姿の機動隊員らしき者までいた。
貴樹の表情を見て、ロザリーはそこでテレビを消してしまい、ため息をついた。
「こっちにも広がりつつあるのは間違いないんでしょうけど、主に逆方向の東へと、爆発的な勢いで浸蝕してるようね」
本当だ……貴樹は頭を抱える思いだった。
あの感染者の連中、明らかに意図して人口密集地を目指しているらしい。




