痛恨の誤解
「何者だっ」
その場から大きく飛び退いたフード男が叫んだが、貴樹は着地した瞬間、無視して次の攻撃を放っている。
「うるさい! 死ねっ」
というか、衝動のままに力を解放し、その見えない衝撃波がモロに男を直撃していた。どうやら寸前で魔法のシールドのようなものを展開したらしいが、貴樹の放った衝撃波の方がよほど強力で、シールドごと粉砕し、男を吹き飛ばしてしまった。
「ぐっ」
一度グラウンドに叩きつけられた後、男はなんとか半身を起こしたが、足を痛めたらしく、立ち上がって来られない。
息を弾ませてその場にへたり込み、ただ貴樹を睨んでいた。
ちょうどそこへ、遅れて到着したロザリーが着地し、駆け寄って瑠衣の様子を見てくれた。気になって振り向いた貴樹に、安心させるように微笑む。
「大丈夫、すぐに目が覚めるでしょうから、こっちはわたしに任せておいて」
「そ、そうか……」
少しほっとしたせいか、つい数秒前の灼熱の怒りが、やや収まった。
とはいえ、まだ殺意は心の内に健在であり、貴樹は油断なく男の方へ近付く。他にも三名ほど倒れていたが、まあ襲ってこないなら、今は放置でいいだろう。
「どうした、もう終わりか? 私を殺さないのかな?」
貴樹が冷静になったのをどう勘違いしたのか、男が嘲るように尋ねた。
「この際、そういう結末も面白いと思ったのだがな」
「強がりはよせ」
距離を置いて立ち、貴樹は冷ややかに指摘する。
「途中、車の中でロザリーから聞いたぞ。術者が死ねば、このふざけた呪術は解除されるって。なら、おまえこそ殺されるか自分で解除するか、選ぶべきだろうよ」
「君の間違いを指摘しておこう」
座り込んだまま動けないくせに、フード男が偉そうに笑う。
黄金色の奇妙な目でじっと貴樹を見つめ、自慢そうに語った。
「確かに呪術のほとんどは、術者が死ねば消えるのがセオリーだ。しかし、それは絶対ではない。現に私がこの世界に蒔いた呪術の種は、私が死んでも消滅しない。それどころか、本当に私が憤死すれば、我が怨念が上乗せされて、感染者達は新たな進化を遂げることだろう」
「――まさかっ」
貴樹の背後でロザリーが声を荒げた。
「おまえの言うことにも多少の真実が含まれるけど、実際にはそんな強力な呪術を構築できる導師は、そう多くないはずよ! あの世界全体で見ても、数名いるかどうかってところのはず」
「貴女の瞳はヴァンパイア一族のそれと似ているが……まあ、今はそれは置こう」
ロザリーをしげしげと眺めた後、男はぼそりと反論する。
「貴女の説明は正しいが、なぜ私がその希少な導師の一人だと思わぬのかな? 仮にも、異世界へ侵攻する際の、切り札的立場にあるのに。我が名はラザール……もし貴女が同じ世界を故郷とするなら――そして、その手の呪法に多少は詳しいなら、必ず耳にしたことがあると思うがね」
ロザリーが息を呑む気配がした。
「まさか……感染呪術が専門の、皆殺し兄妹……」
「はははっ。ご存じのようで、光栄の至りだっ」
貴樹は慌てて振り向いた。
「ロザリー、じゃあこいつの言うのは本当なのかっ」
彼女の代わりに、本人が落ち着いて答えた。
「本当だとも。そのうち我が妹も、こちらに来る手筈だ。あと、これを言い忘れたが」
陰険な目つきで貴樹を睨む。
「私はどう脅されようが、自分の芸術作品である呪術を、解除する気などないよ」
「するとなにか? 殺せない上に、解除する方法もないって言いたいのかっ」
ぞっとして貴樹が尋ねると、あぐら座りになった男は、顎を上げた。
「そうだっ。いい気になって私をいたぶった礼をさせてもらわんとな。本当に私に術を解除してほしかったら、せめて礼儀をわきまえろ、小僧っ」
本性を現し、低い声で恫喝する。
「そうすれば、少しは考えてやらんでも――」
ドンドンドンッ
呆然としていた貴樹は、三連続の銃声に、はっとして頭を下げた。
弾はラザールに全弾命中し、彼はその場に倒れている。
焦って見回せば、木造校舎の陰から、グレンが拳銃を手に悠然と歩いてくるところだった。
「どうだ? なかなか早い到着だったろ、少年。じーさん、ぶっ飛ばしてくれたからな」
やたらと得意そうに言う。
「感謝してほしいもんだね。どうせふんぎりつかないだろうから、この俺が決めてやったぜ?」
完全無欠のドヤ顔で言ってくれるロン毛男に、貴樹は思わず脱力した。
こ、こいつ……取り返しの付かないことをやらかしやがってえっ。




