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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第五章 死の誤算
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殺してやるっ

 貴樹が、グレンが教えてくれた廃校へ向かうことを決めたのは、「確かに妹が知れば、そこへ向かいそうだ」と思ったからだ。


 ただ、ヨハン氏の車でのんびり走って行くのは、間に合わないような予感がした。

 なぜなら、問題の廃校にこの状況を作った術者がいたとすれば、さっさと逃げたいだろうからだ。いつまでもそんな場所でのんびりしているわけがない。




「――だから、飛んで行くっ」


 車内で大見得を切ってヨハンに車を止めさせた直後、貴樹は思い出したように続けた。

「ええと……本当に俺が飛べるのなら」

「だから、今の貴樹なら大丈夫だとわたしが」

 言いかけたロザリーは、しかし途中でなにかを思いついたかのように口元に手をやった。

「どうした?」


「いえっ。おほん……まあ、とにかく降りましょう」


 わざとらしく咳払いなどし、貴樹を促して一緒に車を降りた。





「そうねぇ、やはりいきなり貴樹が飛ぶのは難しいかもしれない」


 なぜか、いきなり前言を翻すロザリーである。

「だって初心者のうちは、飛ぶと言われてもピンとこないでしょう? だからそう……このわたしが抱えて飛んであげるわ」

「え……いや、それは有り難いけど」

 貴樹はロザリーの豪華ドレスの胸元に目をやり、口ごもる。

「さ、さすがにいろいろとまずくないか?」


「なによ、わたしと飛ぶのが嫌なの!?」


 アルプスの天候みたいに、あっという間にロザリーの機嫌が悪化した。

 幸い、決着は助手席から出たグレンがつけてくれた。

「迷っているこの間にも、刻一刻とチャンスが失われているかもな、少年」

 思わずグレンを見て、貴樹は息を吸い込む。

 このロン毛にーちゃんの言う通りである。チャンスくらいならまだしも、瑠衣の危機に間に合わないようなことがあれば、生涯悔やむだろう。


「ロザリー、悪いけど頼むっ」

 もう恥ずかしいのなんのは置いて、貴樹は自らロザリーの腰に手を回した。

 ウエストの細さと腰の曲線に一気に体温が上がったが、なんでもない振りをした。

「あらあらっ」

 ロザリーは嬉しそうに笑う。


「ふふ……任せなさいな。その調子で、抱き締めるようにしっかり掴まってね」


「邪魔ものの俺らは、後から追いつきますぜ~」

 グレンが手を振ったが、ロザリー完全に無視してふんわりと空に浮き上がった。

「おぉおお」

 さすがにこれは初めての経験なので、貴樹はさらにロザリーにきつくしがみついた。情けないと言われようが、落ちるよりマシである。


「安心して。落ちないように、わたしが後ろから抱き締めてあげるから」

 空中で器用に体勢を入れ替え、言葉通りロザリーが貴樹の背後からそっと抱き締めてくれた。

 次の瞬間、いきなりビシュッと貴樹の耳に風の音が響く。

 下界を見れば、既に恐ろしいスピードで自分達が飛行しているのがわかった。


「す、凄い……翼もないのに」

「出そうと思えば出せるわよ、翼」


 こともなげにロザリーが言う。

「でも、問題の廃校はわたしも知ってるし、あそこまではそう時間はかからないから……残念なことに、ね」

 何が残念なのか謎だが、ロザリーがさらに貴樹を抱き締める腕に力を入れ、今や背中の感触が半端なかった。




「わたしも協力するから、術者がいても無理をしちゃ駄目よ?」


「わ、わかった。わかったから、耳元で囁くのはやめてくれ~」

 腰砕けになるから!

 あえて重要な部分は口にせず、貴樹はガチガチに緊張して大人しく抱かれていた。それはもう、いろんな意味で全身が固まる気がした。

 とはいえ、目は前方に固定して、廃校の場所を探し求めている。

 想像以上にぐんぐんグラウンド跡地が迫るのを見て、貴樹は早速、瑠衣を探した。


「瑠衣がいた! けど……なんで倒れて」


 セーラー服姿の瑠衣が横倒しになっているのを見て冷や汗をかいたが、次の瞬間、貴樹は目の前が真っ赤に染まった気がした。

 なぜなら、最初は気付かなかった痩身の男が、倒れた瑠衣に近付いて無造作に蹴り飛ばしたからだ。


「――っ!」

「貴樹っ」


 自分がその時、何を口走ったのか、後から考えてもどうしても思い出せなかった。

 気付いた時には、貴樹はロザリーから離れて一人で飛んでいた。特になにも教えられずとも、自然と超速で飛行してのけたのだ。

 ロザリーの心配そうな声はもちろん、自分が飛んでいることさえ、頭の中になかった。


「瑠衣から離れろ、ちくしょうっ」

 まだ声が届くわけないのに、怒りに任せて叫び、ロングレンジのまま風の魔法――いや、さらに危険な斬り裂く魔法を繰り出した。意識しないうちに、自然と発動させていた。

 これは、風力をごく狭い範囲に集中させ、見えない刃のように対象物を切り刻んでしまう魔法で、男は危ういところで避けたようだが、代わりに大地が大きく抉れた。

 よく見ると、倒れた瑠衣の口元は吐瀉物としゃぶつで汚れていて、貴樹は怒りに我を忘れた。


「おまえ、殺してやるっ」


 さらに速度を上げて飛びつつ、本気で叫んでいた。


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