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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第四章 無限増殖
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十五分だけ待つ

「お兄様、お兄様っ、どこにいらっしゃるの!」


 瑠衣はアリスに乗って街の上空を飛び回りつつ、貴樹を捜し求めている。

 歩道沿いに飛行してどんどん見ていくが、車道にも歩道にも人や車が溢れていて、とてもではないが判別できるような状態ではなかった。


 しかも、下界は阿鼻叫喚の有様である。

 上空から見ているだけでも、呪術の感染が恐ろしいスピードで広がっていくのがわかる。そもそも、この世界には呪術などは存在しないらしいので、無理もないのだが。




「うわっ、超綺麗な女の子発見! 天使ですか君っ。ぜひとも純白パンツみたいっ」


「えっ――いやあっ」

 声に驚いて見上げれば、いきなり中年が降ってきた!

 壁面の横ぎりぎりを飛んでいたせいだろう、ショッピングセンターの屋上から中年男がダイブしてきて、瑠衣に手を伸ばしたのだ。


 どう見ても数階分の高さがあるのにっ。


 まさかそんな真似をするとは計算外で、危うく腕を掴まれるところである。身体を捻ったお陰で、男のごつい手は辛うじて空を切った。

 向こうが声をかけなければ、まともにタックルされていたかもしれない。


「ちくしょう、見せたって減るもんじゃないだろうにぃいいいい」


 わけのわからないことを叫びつつ、その男性は五階分を落下し、歩道に叩きつけられた……なのに、割とすぐに起き上がってしまい、さらに驚く始末である。

 足は引きずっているが、元気に次の被害者を求めて駆け去った。


「こ、こんな有様では、もう術者本人を探して止めさせるしかありません」





『さすが殿下、聡いですなっ』


「だ、誰ですっ」

 空中で話しかけられた瑠衣は、驚いて声を上げる。

『お馴染みのミラー魔法ですよ、殿下。私の声が聞こえた以上、スカートのポケットに、何か鏡の類いが入っているはずですが?』

 念のため、さらに上昇してから、瑠衣はポケットをまさぐる。確かに、そこに小さなコンパクトを入れていた。


 蓋を開けると、鏡に尖った顎の見知らぬ男が映っている。

 褐色の肌に黄金色の瞳であり、瑠衣の知識を持ってしても、人種を特定できない。ただ、ミラー魔法を使うからには、瑠衣が元いた世界の人間だろう。


「貴方は誰っ」

『これは異な事を? 先程の呟きが聞こえましたが、むしろ私にご用があるのは、殿下の方では?』

「では貴方がっ。まさか、瑠衣を知っているのですか!」

『そちらはご存じあるまいが、一度、王宮で遠くからお姿を拝見したことがありますな。ただ、今回は偶然の出会いです。ミラー魔法で私の成果を点検していると、殿下が飛んでいるのが見えましたので、失礼を顧みずにお声をかけさせて頂きました』


 ミラー魔法は、場所や相手を思い浮かべさせすれば、遠方からでも鏡を通じて見ることができる。どうや彼は、仕掛けた術の仕上がりを見るために、まだ安全な場所から街を観察していたらしい。


「あなたの術なら、すぐに解除してくださいっ」

 瑠衣が叫ぶと、頬の痩けた男は、鏡の中で苦笑した。

『ここまで成果を出したのに、それを台無しにしろと言われましても――あ、危ないですぞ?』


「――っ!」


 男の声に瑠衣がはっとして顔を上げると、また近くの高層ビルから、誰かが飛んでくるところだった。口を開けて、満面の笑みを浮かべた少年だった。

 もちろん、別に瑠衣のように飛行できるわけではなく、飛んで行く瑠衣を見て、躊躇なく窓枠を蹴って飛び出したらしい。


 目的のみが頭にある感染者だけに、自らの安全すら二の次なので、始末が悪い。慌てて避けたが、これもギリギリだった。


「お、おっしい! もうちょっとで届いて、あの子の唇にブッチュウッと――」


 意味不明なことを言いかけたまま、少年はモロに車道に落ちた。

 今度は十階以上の高さだったので、さすがに起き上がってこない。


「なんてことでしょうっ」


 ぞっとした瑠衣は、さらに高度を上げ、少なくとも周囲全てを見下ろせる高度に達した。

 飛行しているというのに、イチかバチかで窓から飛びかかってくる者がいるのでは、危なくておちおち街中を飛べない。




「今、貴方はどこにいるのですっ」

『ほほう? 私を止めたいのですかな?』

「当たり前ですっ」

『ふむ?』

 瑠衣が大声で言うと、男は思案顔で首を傾げた。 

『ま、いいでしょう。私も貴女に用ができました。場所をお教えしますから、どうぞおいで下さい。ただし、急いだ方がいいですぞ。本来なら私は、もう戻るところだったのです』

 鏡の中で、男が陰険な笑みを見せる。


『目の前に帰還用の魔法陣もありますし、十五分以内にいらっしゃらなければ、申し訳ないが退散させて頂く』


 勝手なことを告げた後、男は丁寧に場所を教えてくれた。


『――では、お待ちしております』

「あ、待って!」


 瑠衣の呼びかけを無視して、男の姿は鏡から消えた。

 だいたいの位置はわかるが、ここからはかなり遠い。十五分というと、全力で飛んで間に合うかどうかだろう。

「それでも……今は瑠衣がなんとかしなければっ」

 心の中で貴樹の名を呼びつつ、瑠衣は全速力でその場を離れた。


(お兄様、瑠衣が止めるまで、どうかご無事でっ)


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