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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第四章 無限増殖
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すれ違い

「な、なんだっ」


 貴樹はホテルの惨状を見て、目を丸くした。

 しかも、突っ込んだトラックはそのまま強引にバックし、何事もなかったかのように走り去ってしまう。途中、道路上にもうろつく感染者がいたのだが、そいつらは気安く撥ね飛ばし、蛇行しながら爆走していった。


「……ちょい待て」


 壊れたシャッターからどんどん感染者が中へ走り込んでいるのを見て、貴樹は青ざめた。あそこにはまだ、瑠衣がいるはずなのにっ。

 この時点で既に瑠衣はぬいぐるみのアリスに乗って脱出しているのだが、そうとは知らない貴樹はその場で猛然と走り出す。




 後ろから「ちょっと貴樹!」とロザリーが呼ぶ声がしたが、貴樹は足を止めなかった。

 バスターミナルを一瞬で駆け抜け、最後の都道は大きくジャンプしてパスする。歩道に着地した時点でわっとばかりにその辺にいた感染者が殺到してきたが、貴樹は両手を広げて一気に魔力を解放した。


「邪魔だよ! 俺が命がけで得たドーピング魔法をナメんなっ」


 叫び声と能力発動が同時である。

 今の貴樹は心配で頭が一杯なので、この時もさほど手加減はしていない。

 感染者達は全員がきっちり吹き飛ばされ、おもちゃの人形のごとく遠くへ飛び去ってしまう。本当はさらに危険な攻撃方法も身につけたのだが、それはさすがにギリギリで堪えた。


 まあ、どのみち衝撃波のごとき暴風で何十メートルも吹っ飛ばされたら、普通は全員死ぬのだが。

 すぐにホテルの中へ走り込もうとした貴樹だが、いきなり上の階から銃声が何度も響き、次にもつれ合うようにして何名かが落ちてきた。


「え、えぇえええっ――風よっ」


 落ちる中に少佐とグレンを見つけ、貴樹はとっさに風を操る力でグレンのみを選択してふんわりと着地させてやった。

 どうやらしたたかなこいつは、あの太った少佐をクッションにして落ちるつもりだったらしいが、貴樹が少佐はガン無視したため、そっちは普通に「ひぃいいいいいっ」という情けない悲鳴を上げつつ、べしゃっと歩道に叩きつけられた。


 確かめるまでもなく、即死である。




「おお、少年っ。ナイス! 助かったっ」

 ちゃんと足から着地したグレンが、珍しく喜色満面で礼を言ってくれたが、彼のそばに転がっていた少佐以外の人々が、いきなりがばっと立ち上がった。


「ちっ! しつこいんだよっ」


 そっちは貴樹が片付けるまでもなく、グレンが連続でガンガン頭を撃って、倒してしまった。貴樹と違い、ためらうような様子は皆無である。


「瑠衣はっ」

「会わなかったのか? おまえさんを助けるために、さっき窓から飛び出して行ったぞ」

「と、飛び出すって、どうやって」

「魔法使いだからな、あの方は。そりゃ普通に飛べるさ……て、おい、少年っ。雑談は後だっ」



「うちも仲間に入れてぇええええええっ」

「みんなで幸せになろうよっ」



 そこらのおばさんやらサラリーマンやらが、どっと集まってきた。

「ああもうっ。ろくに話も聞けやしないっ」

 貴樹はまた周囲に暴風を撒き散らし、新たに集まってきた感染者達を吹き飛ばす。

 また勢いよく飛び散ったはいいが、悠然と歩いてきたロザリーに、一人が激突しかけた。


「あ、ごめんっ」

「問題ないわ」


 彼女が軽く右手を振ると、ぶつかりかけたそいつはバットで叩きつけられたように身体をくの字に折り、明後日の方へすっ飛んで行った。

 ……道理で彼女は、この地獄を平然と歩けるはずである。

「それで、殿下はいた?」

 何事もなかったように歩み寄るロザリーに、貴樹は顔をしかめる。

「それが、もう脱出した後だって」


「おい、お二人さんっ」


 グレンが熟練の手付きで弾倉交換をしつつ、割って入った。

「皆さん、防御手段があってめでたい限りだが、俺は拳銃と運だけが命綱でしてなっ。一言で言えば、ヤバいんだよ! ここらで逃げる算段をしませんかねっ」


「わたしは別に、おまえがどうなろうと、1ミリも気にしないわね」


 ロザリーが薄情なことを口にするのと同時に、「お嬢様っ」と声がかけられた。

 貴樹達がそっちを見ると、颯爽と車を降りたワイシャツ姿のヨハンが、恭しく後部座席のドアを開けていた。

 そう、この人は愚直にも、元の場所で待機していたのである。

 とはいえ、彼は首筋やら腕やらに噛まれた跡が思いっきりあるのだが、別に平気らしい。




「……感染してないのか、あの人?」

 貴樹は唖然として呟く。

「主立った使用人の全員に、わたしの血を少し飲ませているから大丈夫。一人残らず、半ば従者化しているもの」


 ロザリーは恐ろしいことをさらっと言ってくれた。


「純血のヴァンパイアが持つ不死身性は、甘くないのよ。呪術ごときの感染力じゃ、太刀打ちできるもんですか」


 高い鼻梁をさらに上向け、ロザリーが自慢そうに言う。

「それは素晴らしい、実に感動ですなっ。でも、話は中でしましょうやっ」


 グレンが喚き、貴樹達は全員がヨハンの車に乗り込んだ。


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