落下
「やれやれ、俺もそろそろ、かっこつける癖をなんとかしないとな……奇蹟が起こって、上手くここを切り抜けた時には、だが」
奥の手ならぬ、アルベルト少佐の背後から銃を突きつけたグレンは、苦笑して呟いた。
このおっさんは、まだぽかんとうずくまっていたので、すかさず駆け寄って盾にしたのである。
しかし、奥の手というにはあまりにも出たトコ勝負であり、しかもこのおっさん少佐はやたらと臭い! 汗のせいだけではなく、本人の体臭らしい。
「あんたも、十二歳の少女に手を出す年齢じゃないでしょうに、くだらない欲を出すから、こうなるんですよ」
諭しつつ、太い首に回した腕にぐっと力を入れる。
「ぐぎゅうっ。く、苦しいっ。は、放さんかあっ」
元気に少佐が喚いた。
「貴様、自分が何をしているのか、わかっているのか! 反逆罪は、例外なく軍法会議抜きで銃殺だぞっ」
「勘違いすんな。俺は軍人じゃないぜ、おっさん」
グレンは冷たく言い返した。
「それより、ちょうど良い機会だ。外の地獄を作った呪術者がいるはずだが、そいつは今、どこにいます?」
「なんでそんなことを訊くっ」
「いいから答えなさいって!」
「く、苦しいっ。わかった、言う言うっ。当人は、しばらくミラー魔法で街を観察した後、脱出すると言っておった」
「ここの屋上にある、脱出用の魔法陣を使うんで?」
「い、いや……どうも、我々と行動を共にする気はないらしい。廃校のグラウンドに、自分用の魔法陣を用意してあるそうだ」
苦しい息の下から、その廃校とやらの名前を教えてくれた。
ここから、かなり離れた場所だという。
「ふぅん……じゃあ、どうも間に合いそうもないですな……やれやれ」
「そんなことより、放さんか貴様っ」
「うるさいよ、あんた。もう知りたいことはないから、黙れ!」
またグレンがぎゅっと首を締め上げ、少佐が死にそうな呻き声を出した。
「黙るのはおまえの方だろうがっ」
「そうだ、少佐を放せっ」
「我々全員を出し抜けると思うか!」
少佐の護衛達全員が銃を構え、怒鳴り散らした。
ほとんどは上官である少佐へのアピールのためだろうが、少佐当人が「おまえ達、誰でもいいからこいつを殺せえっ」と喚いている以上、本当に撃つ阿呆が出ないとも限らない。
なにしろ少佐の身体は、長身のグレンの盾にするには、小さすぎる。
彼の頭上に、グエンの首から上がそっくり見えているのだ。
イチかバチかで狙うには、手頃な的かもしれない。
「ったく、ろくに盾にもならんとは……臭い上に使えないおっさんだ」
「今のうちにほざいていろっ」
じりじりと接近してくる部下の一人が吐き捨てた。
距離さえ詰められば、グレンへの射撃が命中する確率も上がるわけだ。
「それ以上、近付くなっ。上官の脳みそが散らばるのが見たいか!」
グレンは、髪を剃り上げた少佐の頭にゴリゴリと銃口を押しつけた。
「よ、よさんかっ」
根性なしの少佐が、たちまち泣き声を上げた。
「おまえ達、慎重にコトを進めろっ」
「……くっ」
接近しつつあったスーツの護衛達が、悔しそうに足を止める。
とはいえ、グレンの立場はなかなか厳しいものがあった。なにしろ背後は破れた窓だし、前には少佐の護衛……奇蹟が起こってここを突破したとしても、外には呪われた感染者共が大挙して走り回っているときた。
今も、外から犠牲者の悲鳴がガンガン聞こえるほどだ。
(それでもまだ、ホテルの外に出られれば、なんとかなるかもしれないんだが)
グエンが必死で逃げる算段を考えていたその時、いきなり壮絶な衝突音がして、床が少し揺れた。
「うおっ」
よろめき、危うく少佐ごと窓から落ちそうになり、グレンの肝を冷やす。
「危ないな、くそっ。なんだよ!」
素早く下を見ると、なんと小型トラックがホテルの一階に突っ込んでいた……シャッターをぶち破って。
音がしたせいか、周囲に感染者が集まろうとしていたが、トラックはガリガリと車体を擦って強引にバックし、そのまま道路に復帰して走り去ってしまった。後には大穴が開いたシャッターが残るのみである。
当然ながら、集まりつつあった感染者は、軒並み中へ走り込んできた。
「これは……ある意味では余計にピンチかもな」
グレンはため息をついた。
事実、あいつらは眼前の護衛連中よりよっぽどヤバい。脅しが効かないからだ。
「なんの話だっ。今の音はなんだ!」
顔をしかめたグレンに、護衛連中から声が飛んだ。今の破壊音が気になっているらしい。
「いやぁ、どうせすぐにわかるんじゃないかねー」
グレンがヤケクソで破顔するのと、階段を駆け上がる音がするのが、ほぼ同時である。
「なんだ、誰が来た!?」
「ま、まさか、外の連中が――うわっ」
「まずいっ。撃て撃て!」
乱暴に広間のドアが開けられ、感染者が雪崩れ込んできた。
焦った護衛連中が撃ちまくったが、数が多すぎる……それに、こいつらは痛みに鈍くなっているので、急所に当たらない限りは平気で向かってくる。
当然、グレン達の方へも、三名ほどダッシュしてきた。
「ば、馬鹿なっ」
苦しい息の下から少佐が呻いたが、グレンはまだ少佐の首を締め上げたままである。
「ホントにイチかバチかになっちまったな、くそっ」
最後に喚いたところで、飛びかかってきた三名ごと、グレンと少佐はもつれ合うようにして窓の外へ落下した。




