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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第四章 無限増殖
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落下


「やれやれ、俺もそろそろ、かっこつける癖をなんとかしないとな……奇蹟が起こって、上手くここを切り抜けた時には、だが」


 奥の手ならぬ、アルベルト少佐の背後から銃を突きつけたグレンは、苦笑して呟いた。

 このおっさんは、まだぽかんとうずくまっていたので、すかさず駆け寄って盾にしたのである。

 しかし、奥の手というにはあまりにも出たトコ勝負であり、しかもこのおっさん少佐はやたらと臭い! 汗のせいだけではなく、本人の体臭らしい。




「あんたも、十二歳の少女に手を出す年齢じゃないでしょうに、くだらない欲を出すから、こうなるんですよ」

 諭しつつ、太い首に回した腕にぐっと力を入れる。

「ぐぎゅうっ。く、苦しいっ。は、放さんかあっ」

 元気に少佐が喚いた。


「貴様、自分が何をしているのか、わかっているのか! 反逆罪は、例外なく軍法会議抜きで銃殺だぞっ」


「勘違いすんな。俺は軍人じゃないぜ、おっさん」

 グレンは冷たく言い返した。

「それより、ちょうど良い機会だ。外の地獄を作った呪術者がいるはずだが、そいつは今、どこにいます?」

「なんでそんなことを訊くっ」

「いいから答えなさいって!」

「く、苦しいっ。わかった、言う言うっ。当人は、しばらくミラー魔法で街を観察した後、脱出すると言っておった」


「ここの屋上にある、脱出用の魔法陣を使うんで?」

「い、いや……どうも、我々と行動を共にする気はないらしい。廃校のグラウンドに、自分用の魔法陣を用意してあるそうだ」


 苦しい息の下から、その廃校とやらの名前を教えてくれた。

 ここから、かなり離れた場所だという。

「ふぅん……じゃあ、どうも間に合いそうもないですな……やれやれ」

「そんなことより、放さんか貴様っ」

「うるさいよ、あんた。もう知りたいことはないから、黙れ!」 


 またグレンがぎゅっと首を締め上げ、少佐が死にそうな呻き声を出した。





「黙るのはおまえの方だろうがっ」

「そうだ、少佐を放せっ」

「我々全員を出し抜けると思うか!」


 少佐の護衛達全員が銃を構え、怒鳴り散らした。

 ほとんどは上官である少佐へのアピールのためだろうが、少佐当人が「おまえ達、誰でもいいからこいつを殺せえっ」と喚いている以上、本当に撃つ阿呆が出ないとも限らない。

 なにしろ少佐の身体は、長身のグレンの盾にするには、小さすぎる。


 彼の頭上に、グエンの首から上がそっくり見えているのだ。

 イチかバチかで狙うには、手頃な的かもしれない。


「ったく、ろくに盾にもならんとは……臭い上に使えないおっさんだ」

「今のうちにほざいていろっ」

 じりじりと接近してくる部下の一人が吐き捨てた。

 距離さえ詰められば、グレンへの射撃が命中する確率も上がるわけだ。 


「それ以上、近付くなっ。上官の脳みそが散らばるのが見たいか!」


 グレンは、髪を剃り上げた少佐の頭にゴリゴリと銃口を押しつけた。

「よ、よさんかっ」

 根性なしの少佐が、たちまち泣き声を上げた。


「おまえ達、慎重にコトを進めろっ」


「……くっ」

 接近しつつあったスーツの護衛達が、悔しそうに足を止める。 

 とはいえ、グレンの立場はなかなか厳しいものがあった。なにしろ背後は破れた窓だし、前には少佐の護衛……奇蹟が起こってここを突破したとしても、外には呪われた感染者共が大挙して走り回っているときた。

 今も、外から犠牲者の悲鳴がガンガン聞こえるほどだ。


(それでもまだ、ホテルの外に出られれば、なんとかなるかもしれないんだが)


 グエンが必死で逃げる算段を考えていたその時、いきなり壮絶な衝突音がして、床が少し揺れた。

「うおっ」

 よろめき、危うく少佐ごと窓から落ちそうになり、グレンの肝を冷やす。





「危ないな、くそっ。なんだよ!」

 素早く下を見ると、なんと小型トラックがホテルの一階に突っ込んでいた……シャッターをぶち破って。


 音がしたせいか、周囲に感染者が集まろうとしていたが、トラックはガリガリと車体を擦って強引にバックし、そのまま道路に復帰して走り去ってしまった。後には大穴が開いたシャッターが残るのみである。

 当然ながら、集まりつつあった感染者は、軒並み中へ走り込んできた。


「これは……ある意味では余計にピンチかもな」


 グレンはため息をついた。

 事実、あいつらは眼前の護衛連中よりよっぽどヤバい。脅しが効かないからだ。

「なんの話だっ。今の音はなんだ!」

 顔をしかめたグレンに、護衛連中から声が飛んだ。今の破壊音が気になっているらしい。

「いやぁ、どうせすぐにわかるんじゃないかねー」

 グレンがヤケクソで破顔するのと、階段を駆け上がる音がするのが、ほぼ同時である。


「なんだ、誰が来た!?」

「ま、まさか、外の連中が――うわっ」

「まずいっ。撃て撃て!」


 乱暴に広間のドアが開けられ、感染者が雪崩れ込んできた。

 焦った護衛連中が撃ちまくったが、数が多すぎる……それに、こいつらは痛みに鈍くなっているので、急所に当たらない限りは平気で向かってくる。

 当然、グレン達の方へも、三名ほどダッシュしてきた。


「ば、馬鹿なっ」


 苦しい息の下から少佐が呻いたが、グレンはまだ少佐の首を締め上げたままである。


「ホントにイチかバチかになっちまったな、くそっ」


 最後に喚いたところで、飛びかかってきた三名ごと、グレンと少佐はもつれ合うようにして窓の外へ落下した。 


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