瑠衣の決断
元の世界では、アレクシア王国に対抗するレジスタンスを率いるリーサは、貴樹達と同じく、仲間と駅の近くで周辺を見張っていた。
万一を考えて、見張る場所は近くの閉鎖されたビルの屋上にしたが、双眼鏡で見ても、地上が大変なことになっているのはわかった。
驚いたのはリーサも同じだが、貴樹とは違い、彼女にはこの騒ぎの原因がわかる気がした。
元々、王国に滅ぼされた彼女の故国では、かつてその手の呪法が盛んだったのである。
「これは……かなり腕の立つ呪術師の仕業だわ。アレクシア王家だって、暗黒呪術の危険性は承知しているはずなのに!」
一度発動すると、止めようがないのがこの手の呪法である。
広まり始めたが最後、爆発的な速度で呪いが広がり、被害者が増えていく。
「いわば他人事だし、今回は例外だと思ったんじゃないか? 侵略するのに好都合なら、なんだってやるってことだろう」
彼女の副官的立場にあるジャックが肩をすくめる。
軽い口調だったので思わず横目で睨んだが、しかしジャックの目つきは嫌悪感に満ちていた。
「それにしたって、その手の呪法は、必ず災厄の元となる被害者に、明確な命令を出すはずだろ? これは一体、どんな命令なんだ」
「正確なところは想像するしかないわ。でもおそらく、被害者の増殖と、チャンスがあれば無差別に人を殺す……そんなところかしら? 細かいところで違うかもしれないけど」
「……なるほど」
ジャックは頷いた後、かなり経ってから「ひでーもんだな」と呟いた。
実感が籠もっていた。
「まったくだわ。では、連中にも痛みを知ってもらいましょうか?」
「というとっ」
勢い込んでジャックが聞く。
リーサはすぐ近くに建つ、スカイホテルを指差した。
情報によれば、この災厄を引き起こした連中の一部は、あそこの五階にいるらしい。
「あのシャッターを壊して、自分達が撒き散らした災厄を引き込んでやるわ。どうせ観察しているのは小物でしょうけど、それでも責任を取らせないとね」
「いいね、そりゃいい」
ジャックはニヤッと笑い、リーサと一緒に身を翻した。
瑠衣は、予定された通り、スカイホテルの五階にいる。
帰宅する時に不自然ではないようにセーラー服姿のままで、しかもその胸には、貴樹から贈られたウサギのぬいぐるみを抱いていた。
少し前まではそのウサギ……アリスを心の拠り所にして貴樹のことを考えていたが、今はさすがに窓の外に視線が釘付けである。
このたった数分間で起こった惨劇に、憤りを覚えずにはいられない。
まさか、こんなことだとは予想していなかったためだ。
特に、大きなダンプカーが駅舎に突っ込み、何人も撥ね飛ばされて即死したのを見て、ついに瑠衣はぱっと背後を振り返った。
実はその時ちょうど、すぐ下のホテル前では、ロザリーに続いて貴樹が車の外に飛び出していたのだが、瑠衣は窓から目を離したせいで、気付かなかった。
「なぜ、禁忌とされた呪術を使うと教えてくださらなかったのです!」
なぜか、後ろの方でニヤニヤと自分の後ろ姿を眺めていたアルベルト少佐に、瑠衣は不満を叩きつけた。
護衛なのか部下なのか、彼の他に十名程度の兵士が立っている。
彼らに囲まれた少佐は、堪えた様子もなく、太鼓腹を揺すって嫌な笑みを浮かべた。
「さすがは魔法の使い手でもいらっしゃる殿下。確かにこれは、暗黒呪術と呼ばれる呪法が原因です。情報統制の命令がありましたので、お話できなかったのは申し訳ないが、しかし私は嘘はついておりませんぞ。これなら、我々が自衛以外の目的で、現地の民を殺すことはないですよ! はっはっ」
「でも、このようなやり方では、あらかじめ効果範囲を決めることなどできないはずですっ。恐ろしいスピードで被害が広がり、やがて都内全域に呪法の犠牲者が出るかもしれませんっ」
「その可能性はあります」
ニヤニヤと少佐が頷く。
「まっ、最初に想定した効果範囲は、あくまでも想定された予測範囲にすぎませんからな。この世界の者は呪法など知らないので、想定以上に被害が広がる可能性は、否定できませぬなあ」
「あなたという人はっ」
貴樹を思い、胸が張り裂けそうになった瑠衣は、ぱっと周囲を見渡し、決断した。
(窓を破って、お兄様を助けにいかないと!)




