全てが敵になる
駅前にある、地下の広大な駐車場に停車していた灰色の大型バンの中は、すっかり改装されていて、まるで兵員輸送車か、囚人護送のための車両に見える。
なにしろ、後部の標準座席が全て取り払われていて、窓すら格子で塞がれている。
さらに向き合う形でベンチシートが配置され、総計で十三人の人数が乗っていた。
「九時五十五分……そろそろだな」
懐中時計を取り出した男は、異様な姿をしていた。
黒いローブで全身を覆っている上、外に見えている僅かな肌は褐色をしている。しかも、黄金色の瞳をしているのだ。
彼のそばに座るのは二人のアレクシア王国軍の兵士だが、彼らでさえ、あまり男の方を見ないようにしていた。
しかし、あいにく今は男の方が彼らに注意を促した。
「時間が来た。そいつらを放つ準備をしろ」
L字型金具のようなきちっとした姿勢で左右のベンチに腰掛けた男女に、男が顎をしゃくる。
見れば、十名が十名とも、それぞれ足かせと手かせを嵌められていて、身動きとれなくなっていた。まあどちらにしても、その全員が無表情に前方を見つめていて、全く自分の境遇に関心なさそうではあったが。
ちなみにこの十名は、つい先日、王国の兵士達が無作為に拉致した日本人である。
「わ、わかりました……しかし導師、こいつら、我々に襲い掛かってきませんかね?」
早速、鍵を外して回りながら、兵士の一人が怯えたように訊く。
今から始まる実験については、未だによくわかっていないのだが、この導師が実は有名な呪術師であり、彼が呪いをかけたこの十名が、非常に危険な存在だということだけは理解している。
こいつらこそが、今日の侵攻実験のための最初の種なのだ。
「私がいるから、大丈夫だ。命令を与えるまで、そいつらは聞き分けのよい人形も同然だよ……ふふふ」
導師と呼ばれた褐色肌の男は、不気味な笑みを洩らした。
そのうち、十名全員の拘束を全て外し終えると、また導師と呼ばれた男の指示で、バンの後部ハッチを開け、その無表情な連中を下ろした。
……というか、導師が「外へ出て、目立たないように二列に並びなさい」と命じた途端、まるで機械のような動きでさっさとバンから下りてしまった。
あとは、歩道区画から死角になるバンの反対側に集まり、二列に整列して立ち尽くしている。竜頭蛇尾、無表情であり、不気味なほど静かだった。
導師は最後に自分もバンを下り、彼らの表情をぐるっと点検して、満足そうに頷いた。
念のため、地下駐車場全体を見回したが、今のところ、さほどの出入りもないし、こちらに注目する者もいない。
もっとも、仮にそんな者がいても、あと数分ほどでどうにもならなくなるが。
「この世界には、どうやら魔法も呪術も存在しないも同然らしい。となると、私が最初にこの十名に掛けた呪いに気付く者は、おそらく皆無のはず……」
「侵攻実験は成功しますか?」
恐る恐る尋ねた兵士に、導師は自信たっぷりに頷いた。
「失敗する要因が見当たらぬ。こいつらは私が最初に刷り込んだ命令に従い、あくまでも『自分の意志』で活動し、死に至るまで増殖のための努力を惜しまないのだよ。アンデッドなどより、遙かに優れた駒なのだ。この国の民は、知らないうちに自分達の周囲全てが敵になっていることに気付き、絶望することだろうな……ふふふ」
また含み笑いを洩らした後、導師は彼らに最後の命令を与えた。
「己の使命は覚えているな? では、おまえたちは頭の中で千を数えた後、それぞれ行動を開始するのだ……健闘を祈るよ」
導師はそれだけ言い残すと、さっさとまたバンの中へ戻ってしまった。
兵士達と、後から出てきた運転手に、「予定のポイントまで急げ! ここからは、グズグズしていると、おまえ達も危ないぞっ」などと脅しつけて。
……三十秒も経たないうちに、灰色のバンは地下駐車場を出て、猛然と走り去った。
地下駐車場内に、脳内でひたすら数を数える、無表情の集団を残したまま。




