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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第三章 全てが敵になる
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人が死なないとは明言していない

「俺が知っていることは、正直、瑠衣様より多少マシな程度だ。六月一日の十時が開始予定時刻で、俺は九時にここへ瑠衣様を迎えに来る手筈だ。そして、駅近くのホテルへご案内する。スカイホテルって名だが、先週から改装工事の予定を入れてて、一般客は泊めてない」


 グレンは貴樹も知る、新興ホテルの名前を出した。

 そういえば、そんな名前の五階建てホテルが、確かに駅前にある。


「……そのスカイホテルになにがあるんだ?」

 胡散臭い思いで貴樹が問うと、グレンは肩をすくめた。

「駅前のそこが、日本におけるアレクシア王室の拠点になっているんだと。名目上のオーナーはもちろんこの国の人間だが、実態は数年前から王家が管理する前線基地の一つだ。それに――」

 グレンは難しい顔で腕組みした。

「明日は、その最上階から実験経過を眺めるのが、比較的安全らしい。明日、十時になれば関係者がそこに集まり、その後はホテルの一階シャッターは全て下ろされるとさ。虫一匹、入れないようにするとか」


「待ってくれ……それっておかしくないか?」


 貴樹は珍しく頭をフル回転させた。

「そんな防御手段をとるってことは、つまりは下手すると自分達も危ないってことだよな?」

 ロザリーが小さく声を上げる。

「言われてみれば、そうよね! 王室の連中が完全に制御できる侵攻実験なら、そもそも防御手段なんか必要ないわ」


「あと、前に夜の公園でグレンが瑠衣を呼び出した時、そこに来てた太鼓腹の少佐が『我々が自衛手段以外の理由で、この世界の人間を殺すことはありませぬ』とか保証したぞ。どうも瑠衣はその言葉に慰められているみたいだけど、今までの瑠衣への仕打ちを思えば、アレクシア王家がそんな優しい手段を使うとは思えないんだけどな!」


 ついでにそのおっさん少佐……名前まで覚えているが、アルベルトというそいつが瑠衣を狙っていたことを思い出し、貴樹は一気に不機嫌になった。

「俺、あのおっさんにもう一度会ったら、うっかり殺しそうだっ」

「まあ、気持はわかる……」

「それって、貴樹が話してくれた、エロ中年ね」

 グレンとロザリーが、二人揃って同情的な目つきをした。

「そういや、あのおっさんは詳しい事情知らないのかっ」

 貴樹は勢い込んでグレンの方へ身を乗り出した。

「なんなら、あいつを誘拐して詳しいこと聞きだそうっ」

「いや、それは無理だな。確かに、詳細を知ってそうな立場だが」

 グレンが気の毒そうに手を振った。


「あの人は明日の十時に、視察を兼ねてスカイホテルに来るらしいが、それまでの所在は俺も知らないのさ」

「つ、つかえねぇえええ」


 がっかりして、貴樹は思わず呻いた。

 居場所さえわかれば、瑠衣のためにも、本当に攫いに行きたいところだったのだ。

「私怨は控えた方がいいぞ、貴樹とやら。作戦前に重要な地位にある奴がいなくなれば、王室側がどんなヤケクソ手段を使うか、知れたもんじゃない。少佐が人を殺さないって言うなら、明日の実験は、まだしも穏当なものかもしれないんだ」


「待ちなさい。それ、正確な認識とは言えないわよ」


 ロザリーがいきなり割り込んだ。





「貴樹のさっきの話じゃ、自衛手段以外で自分達が殺すことはないってことでしょ? 別に人死にが出ないとは、一言も保証してないわ」


 貴樹とグレンは、思わず顔を見合わせた。

 ……言われてみれば、その通りである。少佐の言葉だけだと、人が死なないという意味にはならない。しかし、そうなると余計に実験とやらについて、わからなくなってしまう。

「まさか、毒ガスでも流すんじゃないだろうな?」

「いや、それはないと思う」

 貴樹の予想を、グレンが否定した。


「それなら、ホテルのシャッター下ろした程度じゃ、とても防げない。自分達も危なくなる」

「そうか……う~ん」

「では、アレクシア王国から精鋭部隊を連れてきて、駅周辺に展開させるのはどう? 要は、本当の意味での侵攻実験ね」

 今度はロザリーが意見した。


「そっちの世界って、近代兵器に対抗できる武器があるわけかっ」


 ぎょっとして貴樹が二人を見比べると、ロザリーもグレンも揃って首を傾げた。

「そうだな、先史文明の発掘兵器があるし、あれは相当なものだが……しかし、ケチで効率重視の王室が、虎の子のそんな兵器を投入するとは思えんね」

 グレンが言えば、ロザリーも呟くように補足した。

「王国には、魔法使い部隊も存在したはずだけど、それもある意味では重要な切り札よね。実験で投入するような戦力じゃないかも。自分で言っておいてなんだけど、やっぱり実戦部隊の投入は、王家としては控えたいかもしれないわ」

「その通りですな。そもそもアレクシア王国強大なりとはいえ、現状、別に俺達の世界全てを支配しているわけじゃない。そこまで余裕ないでしょう」


「あたりまえよっ。世界制覇なんかさせるもんですか!」

「だ、だから、俺は否定してますがな……」


「結局、不明かー」

 二人の言い合いを横目に、貴樹はため息をついた。

 こうなると、本当に当日を迎えるまで、手の打ちようがない。というか、死人が出ないような予想を聞かされ、少し油断しすぎたのではないだろうか。

  貴樹達はなおも話し合ったが、結局、本当のところは謎のままだった。


  明日になってみなければ、真実は明らかにならないようだ。


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