作戦会議
五月三十一日となった。
博物館の騒動からまだ十日ほどだが、その日までにさらに二回ほどあのヤバい薬品をグレンが届け、貴樹はその度に遠慮なくすり替え、本物は自分が飲み干した。
ヴァンパイアとしての基礎体力のお陰か、もはや飲んだところで「あ、ちょっと今日はテンション落ちたな」程度の微差で、ほぼ悪影響はなかった。
逆に、異能力の衝撃波についてはどんどん精度と威力が上がり、貴樹は我ながら怖いほどだった。
ただ、ふざけたことにその薬品が届いていたのは瑠衣だけではなかったらしく、実はアレクシア王国内でも、あえてリスクがあることを伝えた上で被験者を募集し、ガンガン飲ませていたらしい。
副作用に耐えて見事に魔法の素養を得れば、晴れて王家に召し抱えられる――という餌に、貧しい民が大勢集まり、犠牲になったのだと。
五回目に薬を運んできた時にまたしてもグレンとかち合い、その時に貴樹が聞いた話では、「無差別な実験によって、だいたい二回目か三回目の飲用で死に至ることがわかった」そうな。
貴樹自身の経験からいっても、これは納得である。
当然ながら、貴樹のように五回も飲んでまだ生きてる者は、かなり希少例なのだと。
ただし、グレンはこうも言った。
「その代わり、死の競争率を勝ち抜いて生き残ったそいつらは、全員がとんでもない魔力を得るに至った」そ。
「ええと、俺の場合は魔力というより、明らかに異能力に近いんだけど?」
気になった貴樹が尋ねたが、グレンはあっさり答えた。
「異能力の元が魔力なら、おかしくないだろ?」
「……発動の呪文も唱えてないのに?」
「むう」
さすがにこれには、グレンも首を傾げた。
「そういう例はあまり聞かないな……それが本当なら、おそらくおまえも希少例に当たるね、少年」
「……少年じゃなくて、貴樹!」
いずれにせよ、六月一日に何かが起こることは確実なので、貴樹は自ら呼びかけ、関係者と作戦会議を持つことにした。
今日は平日で学校もあったのだが、それこそ、呑気に通っている場合ではない。
「というわけで、作戦会議ね」
自宅のリビングでテーブルに着き、貴樹は厳かに告げた。
相手は、当然のロザリーと……そして、無理に呼ばれたスーツ姿のグレンである。五回目の薬品を届けてきた時に声をかけ、強引に約束して呼んだのだが、本人はあまり嬉しくなさそうだった。
「あのなあ、いつの間に俺が味方になったんだよ、少年」
「そうよ、貴樹。こいつを完全に信用するのは、まだ早いと思うわよ」
「俺もそう思わないでもないんだけどね」
貴樹はわざと哀愁漂う表情を作り、両手を広げた。
「でも、敵陣営にも情報提供者がいた方が、なにかと便利だろ。だから俺は、グレンの人としての本能に期待する」
「は? 意味がわからないけどな、少年?」
「少年じゃなくて、貴樹!」
声を強めた後、貴樹はあえて低い声で告げた。
「だからさ、もし裏切った場合、あんたは本当に『心臓掴み出しの刑』になるってのはどうかな? 今度は俺も、ロザリーを止めない」
「……うっ」
さすがにグレンが盛大に顔をしかめた。
「本能って、生存本能のことかっ」
忌々しそうにロザリーを見る。
「だいたい、貴女はどういう理由で昼間に大手を振って歩けるようになって――」
「おまえは余計な詮索しなくていいのよ」
貴樹の隣に座るロザリーが、じろっとグレンを睨んだ。
「それに、貴樹の案はなかなかいいわ。ここで約束しておいてあげる……もし裏切ったら、このわたしが、おまえをただの肉塊にしてあげるわ。逃げたって、ヴァランタイン家の総力を上げて、地の果てまで追ってやるからね。わたしが本気じゃないと思わない方がいいわよ?」
「わかった、わかりましたよ!」
自暴自棄になったのか、グレンが唾を飛ばして座り直した。
「ロザリー様が本気なのはわかってるっ。そりゃ俺だって、命は惜しいさ!」
「ほらな? お互いにわかり合えたじゃないかー」
わざと破顔して貴樹は言ってやった。
「というわけで、六月一日……つまり明日の話に戻るけど、何か新情報ない?」
貴樹はロザリーとグレンの双方に尋ねる。
最初に発言したのはロザリーで、どこか腹立たしい口調で言った。
「ことこの件に関して、アレクシア王室の情報封鎖は、呆れるほど厳しいわね。本当に限られた人数しか、明日の作戦内容について確かなことは知らないみたい。洩れ聞く情報のほとんどは、『とにかく六月一日の作戦如何で、今後の侵攻作戦の是非を決めるらしい』ってことに集約されるわ」
「俺がこっちへ来てるからって、多くを知っていると思わないでほしい」
貴樹とロザリーの視線を受け、グレンは渋面で首を振った。




