五月三十一日
元銃の塊をそこらに投げ捨て、ロザリーはすっと右手を上げた。
途端に、グレンの長身が軽々と宙を舞い、巨大なガラス窓に叩きつけられた。貴樹達から見て遙か上であり、大の字になってもがいている。
「どのような死に方を望むのかしら? 我が手で、胸から心臓を掴み出される名誉の死を望む? それとも、首をねじ切られたい? 死に方くらいは選ばせてあげるわよっ」
『おぉおおおお、すっげー』
『なにあれ、ワイヤーアクション!?』
『一連のドンパチは、全部映画の撮影とかかっ』
野次馬達も、さすがに別の意味で騒ぎ始めた。
「ま、待て、ロザリー!」
宣言の後、景気よく哄笑中のロザリーに、ようやく貴樹は止めに入った。
というか、遠くからパトカーの音が近付いているのだっ。騒ぎの割に、まだほとんど時間は経っていなかったのだが、日本の警察は立ち上がりが早い。
しかも、どうも周囲の野次馬も、あまりにも眼前の光景が非現実的なので、怖さより好奇心が勝ってきたらしい。
スマホを出してパシャパシャやってるのがいるし、ひどいのになると、一眼レフで動画撮影している人までいた。
「そろそろ逃げ時だって! すぐに警察が来るし、周囲を見ろよっ。俺達、撮影されまくりだぞっ」
「心配することないわ、貴樹。記録を残されるのは、わたしだって好まない……もちろん、その他大勢にじろじろ見られるのもね」
気安く告げると、ロザリーはぐるっと真紅に染まった瞳で野次馬を見渡した。途端にその場の全員がふらつき、床に倒れてしまった。
この周囲に限らず、博物館中の人間が同じく気絶している。
「目が覚めたら、わたし達を見た記憶は消えていることでしょう。あと、こいつを殺した後で、カメラは全部、まとめて記録を消去するから平気よ」
「ま、マジか」
「そう。誰が来ようと同じこと……だから、ゆっくり始末したってどうってことないわね」
「そうか――」
じゃあいいかとうっかり貴樹は思ったが、磔状態でもがいてるグエンが叫んだ。
「おーい、少年っ。助けてくれる気はないのかっ。この人の友達なんだろっ」
「あんたを生かしておいて、なにか瑠衣やロザリーの得になるのか?」
「心外だな、おいっ。確かにロザリー様は捕まえようとしたが、少なくとも俺は、王女贔屓だぜっ。現に、ヤバい薬も直接あの方に渡らないようにしただろ!? そこを考慮してくれっ」
――代わりに俺が飲むのはいいのかコラ!
貴樹は大いにむっとしたが……しかしまあ、あれを自分が飲んだのは、なにもこいつの指示ではない。勝手に飲んだ自分が悪いとも言える。
「仕方ないな……ロザリー、心臓掴み出すのは許してやってくれ。そいつ、一応は瑠衣の役に立つかも」
「気が進まないわねぇ、わたしに生意気な口を利いた者を助命するのは」
頬を膨らませて、ロザリーが言う。
なんで俺がと思うが、貴樹はグレンの代わりに両手を合わせて頼んでやった。
「頼むよ。ここで殺すより、瑠衣の役に立つかもしれないんだ」
「そうそうっ。俺はあの方の味方だぞお!」
調子こいたグレンが、上から叫んだ。
「貴樹の頼みとはいえ……なんでわたしが王女のために」
ぶつぶつ言いながらも、ロザリーは手を下ろしてくれた。
途端にどさっとグレンが床に落ち、背中を打って呻いた。
「優しい下ろし方はなかったんですかねっ」
「……あつかましいわよ、馬鹿。本気で内蔵を抉るわよ?」
ロザリーが腰に片手を当て、じろっとグレンを睨んだ。
この後、ようやく貴樹達は博物館から撤退した。
どういう手を使ったのか、ロザリーが説明した通りになった。
出て行く寸前に彼女が腕を一振りし、一瞬だけ博物館ないが赤い光で満たされ、すぐに消えたが――おそらくあれが、カメラなどの撮影機材に致命的だったらしい。
夜のニュースで見たところでは、館内の監視映像ですら、砂嵐まみれで使い物にならなくなっていたようだ。せいぜい輪郭くらいはわかるが、あれでは人物など特定できまい。
直後に目覚めた野次馬達も、本当に誰も貴樹達のことを覚えていなかったようだ。
もちろん、例外もある。
帰宅してから目覚めた瑠衣があの後のことを知りたがったし、向こうの世界では家名が轟いている、ヴァランタイン家の直系と貴樹が、なぜ友人関係だったかを根掘り葉掘り訊かれたが、貴樹は「たまたま知り合ったんだよ」とだけ答えておいた。
事実、その通りなのである。
そもそも、貴樹も逆にグレンのことについて訊きまくることができるわけで、瑠衣もあまり深く追及できなかったのである。
結局は瑠衣も、貴樹の「不穏な空気を感じて、不思議な力を持つロザリーに助けを求めたけど、彼女が来た時には、もう終わっていた。でもって、あのグレンとかいうトチ狂った若造は、ロザリーによって追い返された。めでたしめでたし」という嘘くさい説明を、受け入れる他はなかったのである。いや、実際にそれがほぼ真実なのだが。
……そしてそのまま日は過ぎ、ついに六月一日の前日が来た。




