中学生でこれか!
その日の夜、貴樹はわざとらしく「うわぁ、ちょっと風邪気味だなあ」などと何度か呟き、出てもいない鼻水を啜ってみせたりした。
もちろん、明日への布石であり、学校をサボる気満々である。
どうしても日記の続きが気になるし、呑気に通学なんぞしている場合ではない。
瑠衣は貴樹が罪悪感を覚えるほどうろたえ、やれ「お薬を早くっ」だの「今日はもうお休みください!」だのと世話を焼いてくれた挙げ句、「今宵は夜通し付き添いますわ」とまで言ってくれた。
それをなんとか汗だくで遠慮してもらって、貴樹は早々に横になった。
とはいえ、「俺には出来すぎの完璧妹が、実は赤の他人で他の任務があって潜り込んだとか、本当なのだろうか」といらぬことを考えてしまい、なかなか眠れなかった。
しかしよくよく考えれば、出来すぎた妹だからこそ、「実は自分の肉親ではなかった」ということになるのかもしれない。
草薙貴樹の妹としては、逆に釣り合わなすぎるではないか!
などと悲壮な思いで天井を眺めているうちに、貴樹はようやく眠りに引きずり込まれていった。
……夢の中で、なぜかゴブリンみたいな外見の妹に追いかけられ、大量に嫌な汗をかいてしまったが。
ただ、その悪夢はタイミングがよかったらしい。
というのも、朝になって様子を見に来た瑠衣は、寝汗をかいてぼおっとしている貴樹を見つめ、心配そうに「お兄様、今日はお休みください」と言ってくれたからだ。
大量の汗が、まさかゴブリン妹の夢だとは思わなかったらしい。下手な演技をせずに済んだわけで、そこは有り難い。
ついでに「瑠衣もお休みして看病を」と言い出したので、またそれを遠慮するために、無駄な時間を使ったとはいえ。
幸い、基本的に瑠衣は兄の命じることに素直なので「いやいや、瑠衣は学校へ行きなさい!」
と貴樹が厳命すると、無理に休もうとはしなかった。
「わかりました……では、なるべく寄り道せずに帰りますわね。でも、途中で気分が悪くなったら、連絡してください」
などといじらしいことを述べる瑠衣に、貴樹は悪照れして言ってやった。
「いやぁ、そういう気遣いはいいんで、じゃあ『行ってきます』のキスでも頼む」
途端に、盛大に瑠衣の視線が泳ぎ、貴樹は大馬鹿な提案をした自分を殴りつけたくなったが……瑠衣は素早く唇を寄せ、貴樹の額にそっと口付けしてくれた。
その感触だけでも、貴樹は「これで俺は残りの人生、なんとか耐えられる!」とうっかり思ったほどで、赤い顔をした妹がようやく家を出た後も、しばらくベッドの中で惚けていたほどだ。
半時間ほど経ってようやく当初の目的を思い出し、慌てて起き出した。
「よ、よし……続きを読むぞ」
念のために、間違いなく妹が出て行ったのを確認してから、貴樹は再び、甘い香りがする瑠衣の部屋に入った。
勇んで本棚へ向かい、例の日記を探したのはいいが――。
「――な、ないっ。ないぞ!」
七段ある本棚の棚を、それこそ目を皿のようにして見ていくが、ないっ。
どこを探してもない!
隠し場所を変えた可能性に思い至り、さして家具もない部屋の中を虱潰しに探したものの、本気で見つからない!
まさか、盗み見たのを気付かれたのかと思ったが、妹の態度にそんな様子はなかったように思う。
しばらく考え、一カ所だけ、まだ探してない場所があるのに気付いた。
「こ、ここを開けることだけはしたくなかった」
生唾を呑み込み、貴樹は純白のお洒落なチェストに近寄る。
開けたくないけど実は開けたい、というのが本音ではある。なぜかというと、この引き出しの中に詰まっているのは、瑠衣の下着が中心だからだ。
一度、部屋で二人で話している時、なにげなく貴樹が開けてしまい、めちゃくちゃ気まずくなった時がある。それ以来、鬼門になっているのだ。
「悪いな、瑠衣。ホント、無いとわかれば、すぐに閉めるからな」
その場にいない妹に平身低頭し、貴樹はえいやっとばかりにチェストの引き出しを開けた。
幸い、一番上の段はスカーフやハンカチやストッキングなどで、まだどうということはない。一通り探した後、二段目を開ける。
二段目はブラやスリップなどの下着で、「おまえまだ中学に入学したばかりで、こんなシルクのブラとか早くね?」と息を呑んだが、まあそこまでは前もチラ見したので、罪悪感を伴いつつも探せた。結局、日記はなかったが。
「悪い。今更、ここだけ遠慮する意味ないしな」
無駄な言い訳をしつつ、貴樹はその下の引き出しを開ける。
その刹那、今までに倍するような圧倒的な芳香が部屋に散った気がした。「これは、下手したら残り香で気付かれるっ」と見当外れな心配をしたほどで、頭がくらくらしそうになった。
視覚的にも、パンティーというかショーツが整然と畳まれて収納されているのを見るのは、壮観である。というか、女の子はこんなちっちゃい布切れでよく大事なところを隠せるなと、どうでも良い感慨が湧き起こったほどだ。
割合的に、純白7、水色1、群青1 その他1……そんな色配分の下着が詰め込まれていた。それにしても、レース飾り付きのもあるが、これもあいつの年齢で穿くようなものだろうか?
そういえば年齢の割に、子供っぽいキャラプリントのショーツなんぞ、全くない。
それは置いて、俺、今ここで死んでも後悔ないなと、ちょっと馬鹿なことを考えた。
気を取り直し、貴樹はなるべく直視しないようにして、探し始める。隠すのなら引き出しの底だろうから、真っ先に手で底を漁ったのだが――なんと、期待していなかった感触があった。
「――おおっ」
掴んで引っ張り出すと、間違いなくあの日記帳である。
「おまえ、隠すにことかいてこんな場所かよっ」
どっと脱力したが、とにかく見つかったのはめでたい。
貴樹は早速、ページを開けた。