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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第三章 全てが敵になる
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こんなものに

 開き直りかよっと思うが、まあその通りではある。


「……その子を抱いている間に、こっそりお尻撫でたり胸に触ったりしちゃ駄目よ?」


「お、俺はそこまで姑息じゃないわあっ」

「どうかしらね」

 あくまでも不機嫌そうに貴樹を睨んだ後、ロザリーはようやく振り向いてグレンを見た。


「おまえの名は聞いていたけど、王家から見てどういう立場かしら?」


 騒ぎは後ろのホールが中心だし、ちょうど巨大な円柱の影になっているせいか、まだ客達の多くはこちらに気付いていない。

 いずれにせよ、ロザリーは気にしなかっただろうが。


「俺の立場ですか? まあルイ王女付きのしがない護衛兼見張りですかね。今だって、隠れて護衛の最中だったんで」

「それにしては、肝心な時に王女様に寄り添っていたのは、貴樹だったみたいだけど?」

「そいつの活躍についちゃ、俺にとっても意外でした。そもそも、貴女と知り合いだったのもね!

だが、今の話題はそんなことじゃない」

 グレンはしぶとい笑顔を見せた。


「ヴァランタイン家の新たな当主を、この異世界で撃ち殺すことはしたくない。大人しく同行してもらえませんかね。どうやってここまで辿り着いたか知りませんが、真っ昼間じゃ、さすがの貴女もどうもできますまい? それとも、陽光の下に引きずり出されたいですか!」


「わあ、なんて大馬鹿な物言いを」

 貴樹は他人事ながら、青ざめる思いだった。

 純血のヴァンパイアかつ、真祖の末裔たる誇り高きロザリー・ヴァランタインは、決して脅しには屈しない……ましてや、人間ごときの脅しなどには。

 貴樹の予想通り、たちまちロザリーの瞳が真紅に染まっていく。


「下賤な人間が、このわたしを脅すつもり? 後悔するわよ……ふふふ」


 長い金髪がふわりと持ち上がり、うねうねとなびく。

 輝く真紅の瞳に見据えられたグレンは、反射的に大きく飛びのいて、陽光が差す巨大ガラス窓の前に立った。

「俺は馬鹿じゃないんで、喧嘩を売る時間と場所には慎重なつもりです」


「いいえ、おまえは馬鹿ね」

「マジで、救いようがないトンマ」


 ロザリーと貴樹の声が、奇しくも重なった。

 さすがに気を悪くしたのか、グレンが貴樹を睨んだが、知ったことではない。

「おまえに、ヴァランタイン家の家訓を教えてあげるわ、グレンとやら」

 ロザリーが円柱から離れて、一歩一歩、グレンの元へ近付く。




「真祖は決して膝を屈しない……死ぬまでの短い間、覚えておくといいわよ」


「つまり、偉大なるヴァンパイアの真祖にならい、他人の下風には立つなって教えですかね。でも、あいにく貴女には不可能なこともある。自分でもご存じのはずだ」

「ある人のお陰で、かつての我が弱点はもう消えた。おあいにく様だこと」

「ブラフ(ハッタリ)はもういいですって」


「……あちゃー」


 最後に貴樹が呻き、瑠衣を抱いたまま、少し距離を置いた。

 ロザリーを本気で怒らせるとどうなるか……考えただけでもぞっとする。たとえそれが、他人事であろうと。

 やがて、その彼女が最後の一歩を踏み出し、窓越しに燦々(さんさん)と照りつける陽光が、豪奢な金髪と白い肌を惜しみなく照らし出す。由緒正しいヴァンパイアがついに日光に晒されたのに、ロザリーの不敵な笑みは消えない。

 むしろ陶然とした表情で、両手を広げて全身に陽光を浴びていた。


「ああ……こんなものに、長年苦しめられていたなんて! でも、今はなんと清々しいこと!」


 代わりに、偉そうな口を叩いていたグレンが、口を半開きにして驚いていた。こいつにしては珍しく呆けた表情で。

「もはやアレクシア王家など、恐れるに足りない……亡き母上の仇を討ち、時間はかかれど、必ずや王国を潰してくれよう。わたしを敵にまわしたことを、後悔するがいいのよ!」


「く、くそっ」

「おい馬鹿、よせ!」


 貴樹の制止は間に合わず、ヤケを起こしたグレンが、自動拳銃を撃ちまくった。至近距離からなので、面白いようにロザリーにどんどん命中するが、彼女は倒れるどころか上体をろくに揺らしすらしない。

 そろそろ集まり始めていた野次馬が悲鳴の大合唱をしていたが、そちらを見もしなかった。

「ぬうっ」

「なにが、ぬうっよ。寄越しなさい!」

 ついに弾が尽きた拳銃を、ロザリーが慌てるでもなく近付いて、引ったくる。

 ちなみに、命中した弾は次々に皮膚から押し出され、彼女の足元に落ちていた。

 奪い取った銃をしげしげと眺め、ロザリーが首を振る。


「銃で撃たれたのは初めてだけど、風船がぶつかったほどにも感じないわね……なんてヤワな武器だこと。じゃあ、次はわたしの番ね」


 言葉と同時に、掌の中でメキメキッという寒気がするような音がして、自動拳銃がぐんにゃりとねじ曲げられ、単なる鉄くずと化した。


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