遅い応援
相手もこちらへ拳銃を向けたまま、階段途中で足を止める。上と下で睨み合う形である。
「お兄様、駄目ですっ」
驚いて呆然としていた瑠衣が、拳銃を見て、貴樹の前へ出よう前へ出ようとする。それを左手を後ろに回してなんとか押さえ、貴樹はあくまで瑠衣の盾となってリーサを睨んだ。
「そろそろ逃げ時じゃないか、おねーさんっ」
「あなた、妹を庇っているつもりなら、その子の本当の正体は――」
「この子は撃たせない!」
背後で息を呑む気配がしたが、相手が全部言い終わらないうちに、貴樹は大声で遮った。
こっちが何も知らないと思っているリーサに伝えようと、貴樹はしきりにウインクしてやった。この人が反王家の側だというのなら、将来的には味方になってもらえるかもしれないのだ。
できれば、ここで傷つけたくない。
祈りは通じたらしく、リーサは一瞬目を見開いたかと思うと、最後にじっと貴樹を見つめ、呟いた。
「そうか、だからさっきも」
言いかけたが、そのまま身を翻して、駆け去ってしまった。
「ふぅうううう」
リーサの背中が見えなくなったところで、貴樹は思わず座り込みそうになった。ほぼノーダメージだったのに、なんと疲れたことか!
「お兄様っ」
しがみついてくる瑠衣の背中を撫でてやりつつ、既に貴樹はとっとと逃げ出すことを考えていた。
「行こう、瑠衣。せっかくの日になのに、警察にうるさく訊かれたくない」
「は、はい……」
潤んだ瞳の瑠衣が、頬を染めて頷いた。
これで問題なく博物館の外まで出られたら、「今日はお疲れ様でしたぁ」と自分を褒めてやって終わりだったのだ。
ところがなんと間の悪いことか、一階ホールまで下りたところで、瑠衣と張り合うようなゴシックドレスの少女が柱の陰から姿を見せた。
なぜか最初から怖い顔をした、ロザリーである。
「……あ、あちゃー」
「人を呼び出しておいて、あちゃーとは何事かしらね」
ロザリーは貴樹と瑠衣を見比べ、盛大に顔をしかめた。
ちなみに、彼女のずっと後ろでは、さっきの騒ぎで大勢が走り回っているのだが、ロザリーは見向きもしない。ただ貴樹と貴樹の腕にしがみついている瑠衣を見て、むすっとしていた。
終始、大変不機嫌そうだった。
「いや、悪い。ちょうど全部終わった後だったから、つい口をついて出ちゃって」
「勝手に終わらせてもらってもね」
いきなり、聞き覚えのある声が口を挟んだ。
「ぐ、グレンっ」
思わずといった調子で、瑠衣がロザリーの背後を見る。
そう、さっきリーサと拳銃向け合っていたはずのグレンがロザリーの数メートル後ろにいた。「グレン退場かぁ」と勝手に貴樹は思っていたが、あいにく死んでなかったらしい。
貴樹の「生きてたのかよっ」という視線を受け、グレンはわざとらしくウィンクした。
事情を訊きたかったが、本来貴樹はグレンなど知らないことになっている。事実、焦った瑠衣が出てきて、「グレン、ご用件は知りませんけど、今はっ」とか説得しそうになっていた。
「いや、そうもいきませんでね。緊急の任務ができました」
グレンは瑠衣に首を振り、代わりにまだ振り向かないままのロザリーの背中に告げた。
「そこにおわすは、ロザリー・ヴァランタイン様とお見受けするっ。まさか、他の任務の途中、こんな場所でお会いするとはっ。……貴女の存在はもうバレているし、アレクシア王家から抹殺命令も出てますよ。しかも、莫大な賞金付きで」
「ええっ!?」
瑠衣が口元に手をやった。
「では、この方はヴァランタイン家の血筋だったのですか!」
「先に謝っておきましょう」
ロザリーが瑠衣を見て、微笑した。
「失礼しますわね、殿下」
そこで軽く瑠衣の腕に触れた。
「……あっ」
途端に、瑠衣の身体から力が抜け、貴樹にもたれ掛かってきた。
完全に失神している! 慌てて抱き上げ、ロザリーに抗議した。
「おぉい、ロザリーっ」
「眠って頂いただけ。聞かれたら困る話が多いんでしょ?」
むっとした貴樹に、ロザリーが顎を上げて言った。




