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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第三章 全てが敵になる
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拉致が不可能だというならっ

 しかし、ぼけっとしている場合ではない。

 洗面所で染み抜き中だったはずの瑠衣が、どうやら銃声と貴樹の声に気付いたらしく、「お兄様っ」と叫ぶ声がして、駆け足の音がした。


 当然、様子を見るべく、走り出てくるつもりだろう。タイミングとしては、まさに最悪だった。なにしろ、瑠衣を拉致る気満々の女が、こっちへ走ってくるのだっ。




「ああもうっ。なるべくなら穏便にいきたかったのにっ」


 完璧なヤケクソで叫び、貴樹は白い煙の中に自ら突っ込む。ヴァンパイア能力のお陰か、煙があろうが相手の気配は感じるし、足音も聞こえる。

「捕まえるのに、問題はない!」

 見事、女の正確な位置に突っ込み、相手の腕を取った――のはいいが、次の瞬間、貴樹は足払いをかけられ、廊下にぶっ倒されていた。


「甘いわねっ」

「おまえがな!」


 貴樹は元気よく叫ぶ。

 倒されはしたが、まだ腕は放していない。


「まさかっ」


 女――リーサが叫んだが、こいつの計算違いは、貴樹が普通の人間だと思ったことだろう。

 あいにく、受け身も取らずに背中から叩きつけられたところで、今の貴樹にダメージなどない。




「俺と一緒に、ぶっ飛べ!」

 貴樹はリーサの腕を放さないまま、逆にがばっとしがみつき、そのまま大きく跳躍した。その勢いたるや凄まじく、白煙の中を瞬く間に飛び越え、吹き抜けの回廊にあった手すり付きのガラス板を粉々に破壊してのけ、そのままもつれ合うようにして落下する。

 三階にはまだ白煙が充満しているし、瑠衣にも見えていなかったはずである。


「や、ヤバいっ」


 とはいえ、さすがにここの三階から落ちたら、普通の人間は無事では済まないだろう。

 やむなく貴樹は、リーサを上にして、落下の衝撃を自分が引き受ける形にもっていった。

 べしゃっと落ちたが、思ったよりは大したことなかった。

 周囲で一斉に客の悲鳴が湧き起こったが、今はどうでもいい。


「――っ! よしよし、まあさほどに痛くない」

 ただし、「放しなさいっ」と叫んだ恩知らず女が放った肘鉄の方が、よっぽど効いた。

「ぐっ」

 起き上がろうしたところへ、先に跳ね起きたリーサの肘鉄が脇腹に食い込み、さすがの貴樹も顔をしかめる。

 そこへ、いつの間に駆け下りたのか二階まで来ていたグレンが、そのままひらりと手すりを飛び越え、貴樹達のそばに着地した。


「でかした、少年っ」


 言うなり、ぱっと拳銃をリーサに向ける。

 しかし、既に跳ね起きていたリーサもグレンに拳銃を向け、双方、迂闊に撃てなくなった。相手に武器を向けたまま、見事に固まってしまった。





「あと、よろしく!」


 このチャンスを逃さず、貴樹は階段の方へダッシュした。

 もちろん、三階にまだいる瑠衣の元へ戻るためだ。リーサも気になるが、彼女の仲間が迫っているかもしれない。


「お、おいっ。俺達は放置かよっ」

「悪いけど、あんたはまだ信じてないっ」


 振り向かずにそう怒鳴り返した時には、貴樹はもう二階まで駆け上り、元の三階まで迫ろうとしていた。本当は一階ホールで跳躍したら早いのだが、見物人が多すぎてためらってしまったのだ……今更なのに。

 有り難いことに、瑠衣はまだ無事だったようで、逆に青くなって階段を駆け下りようとする瑠衣と、踊り場でモロに衝突しかけた。


「お、お兄様!」

「瑠衣、無事か――て、わっ」


 瑠衣が胸に飛び込んできて、貴樹は慌てて受け止めた。

「い、一体なにがっ」

 唇を震わせて尋ねる瑠衣に、貴樹は肩をすくめた。まさか、本当のことを話すわけにもいかない。

「わからないけど、拳銃持ったテロリストみたいな連中が、この博物館を襲ったらしい」

「白煙でよく見えませんでしたけど、銃声とお兄様の声がした後……だ、誰かが落ちたような音がしましたけどっ」


「ぶつかってきた武装女ともつれ合って落下したけど、一階の売店の屋根でワンバウンドしたんで、俺は大丈夫」


 わざと背中をさすりながら、貴樹は下手な芝居を打つ。

「よ、よかった……」 

 見る見るほっとした顔になった瑠衣を見て、貴樹の方こそ胸を撫で下ろしたが――あいにく、まだ終わっていなかった。

 一階ホールの方から、わっと騒ぐ人々の声がしたかと思うと、連続して銃声が響いた。

「まさか! ど、どっちが」


 ――あの状態から突破してきたっと貴樹が叫ぶ前に、拳銃を手にしたリーサが、階段を駆け上がってくるのが見えた。

「うわ、しつこい!」


「拉致が不可能だというならっ」


 リーサが叫ぶ声が聞こえた瞬間、貴樹はその意図を正確に把握した。

 つまりこいつは、「拉致できないなら、ここで殺すっ」と言いたいに違いないっ。


「やめろおっ」


 瑠衣を背後に庇い、貴樹は両手を広げてリーサを睨んだ。


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