殺し屋風の女
普通に考えれば、グレンは瑠衣の側ということになるのだが、貴樹的にはどうもそう思い切れなかった。特にここ数日は、人体に有害なクソッタレファッキンな薬をガンガン飲まされたお陰で、余計に。
自分宛ではない薬を飲み干したのは自己責任かもしれないが、とにかくグレンも殺し屋みたいな女のグループも、どっちも敵だと思った方が確実だろう。
密かに追い詰められ、自然と貴樹がキョドり始めていたせいか、順路の最初……つまり三階の特別展示室前に着いた時、ついに瑠衣が話しかけてきた。
「お兄様、ごめんなさい」
「……え、なにが?」
すっとぼけて入り口前に並ぶと、瑠衣がしょんぼりと言った。
「瑠衣は、お兄様を退屈させてばかりのようです……どうやら、お兄様は他に気が掛かりなことがありそうなご様子ですし、今日はもう戻りましょうか」
「えぇー」
列の前後に並ぶ他人に聞こえないように、貴樹は声を潜める。
「どっからそんな誤解が? 俺、瑠衣と一緒に過ごすの、楽しみにしていたんだけどな」
「お言葉は嬉しいですけど」
瑠衣はやや俯いたまま、上目遣いに貴樹を見る。
関係ないが、ドレス生地が薄いせいか、下に着ているブラが純白なのがわかり、貴樹はどきっとした。
「お兄様、本当はあの金髪の方の元へ行きたいのでは?」
「うわ、ひでー誤解っ」
さすがにこれには、貴樹も警戒を忘れて飛び上がりかけた。
「俺は、瑠衣とずっと一緒にいられるなら、今すぐ駆け落ちしたって構わないけどなっ」
つい声が大きくなり、列に並んでいた全員に聞こえてしまった。
瑠衣がぼっと真っ赤になったのはともかく、後ろの方に並んだ殺し屋風のリーサが、初めて顔をしかめて貴樹を見た。
「なんなの、この馬鹿は?」と言いたそうな顔で。
ちなみに、他の一般客のうち、友達同士で来ているらしい男二人が「うわ! リア充かよ、くそがっ」とか「あの顔でかぁ?」などと、勝手なことをほざいているのまで聞こえた。
リア充が命の危機に晒されるかと言いたい。
でも、とにかく瑠衣の機嫌は少し直ったらしく、離れていた手を自ら繋いできて、貴樹を見つめてきた。ようやく順番が来て展示室の中へ入る時、そっと呟く。
「……本当に、そうできたらいいのに」
「えっ」
貴樹はさっと瑠衣を見たが、向こうは慌ててぷいっと顔を背けてしまった。
「な、なんでもありません」
……お陰で、展示室内のどうでもいい像や割れた皿などを見て歩く間、貴樹は終始夢心地だった。
せっかく少し和んだというのに、展示室を抜けると、瑠衣がいきなり声をあげた。
「あっ」
「なに?」
「いえ……大したことではありませんが、いつまにかドレスに染みが」
「あ、ホントだ」
見れば、知らぬ間に付けられてしまったらしい、指先くらいの染みがドレスの上衣についていた。
「お兄様、少しだけお待ちを。瑠衣はちょっと『お手洗い』に行ってきます」
「うっ」
お手洗いの部分だけ、なぜか爆音状態で聞こえた。
まさかのピンチである。
「いやそれは――」
貴樹が止めるのは間に合わず、瑠衣はパタパタと吹き抜けの回廊を駆け抜け、近くの女子用トイレへ向かってしまった。ハンカチに水でもつけて、染み抜きをするつもりだろう。
しかし……まさかいきなり敵に隙を見せる展開になるとは!
実際、展示室内は客で混んでいるものの、問題の三階端のトイレには、あまり客の出入りがない。
貴樹はとっさに瑠衣の後を追って走り、吹き抜けの回廊を抜け、男女別に分かれたトイレの前で仁王立ちになった。
出入り口はここしかないのだし、ヤバそうなヤツが来れば、断固として止めるつもりだ。
(まあしかし、さすがにこの賑わいで妹を拉致しようなんてヤツは――)
「て、安心する暇もなく、もう来たあっ」
つい声が洩れてしまった。
貴樹の視線の先に、厄介ごとがセットで駆けてくる。例の殺し屋風リーサと……あと同じく黒スーツの、ニヤけた見知らぬ男である。多分、無線に出てきたダンという奴だろう。
「そこで止まれよ、ちくしょうっ」
もはや演技している場合でもなく、貴樹は大声で叫ぶ。
遠くを歩く客が、大勢こっちを見たが、気にしている場合ではない。
「貴方こそ、そこをどきなさいっ」
「そうそう、邪魔なおまけは帰れってね!」
想定外なことに、二人揃って懐から銃を抜く。
「えっ、そんな普通の強盗みたいに、銃なんか使うのかよ!?」
剣と魔法の世界じゃなかったのか!?
話が違うぞと思ったが、本当の驚きはこれからだった。
急接近している敵にあわあわしている貴樹の耳に、いきなり問答無用で銃声が響いた。しかも、二発続けて!
途端に、ニヤけていたダンが声も出さずに仰け反り、その場に倒れた。彼らのさらに後方から、いきなり発砲した奴がいたのだ。
「わっ」
単純に驚きの声を上げた貴樹と違い、リーサという女は大したものだった。
なぜか撃たれるのを直前で予知していたらしく、一発目の銃声が鳴る寸前で、彼女は身を低くして素早く振り向き、撃ちまくっていた。
「王室の犬ねっ。死になさい!」
「うおっ。く、くそっ」
リーサに銃を向けかけていたグレンが、遙か向こうでぱっと伏せるのを見えた。
先制したのに、反撃されていて世話がない。
しかしリーサはそれ以上はグレンに構わず、もう片方の手で何か丸いものをリノリュームの床に叩きつけた。途端にぶわっと煙幕みたいなのが広がり、貴樹の方まで流れてくる。
そして、怒濤のごとく接近してくる、姿なき駆け足の音! 速いっ。
や、ヤバいっ。この女、手慣れてるぞっ。こっちはサバゲーすら未経験だというのにっ。
貴樹は背筋が冷たくなった。




