姿を現す敵
駅の至近で、緑豊かな公園内にある博物館は、秘宝展とやらが開催されているためか、チケット売り場には結構な列ができていた。
普段の貴樹なら舌打ちするところだが、今回に限っては助かった。
並んでいる間に瑠衣の目を盗み、スマホから超速でメールが打てたからだ。
件名:来援を請う、支給来援を請う!
瑠衣を狙う連中あり。駅近くの博物館までレスキュー頼むっ。
今度、なんか奢る。
妹がまた心配するといけないので、打てたのはその程度のごく短い文面で、おまけに微妙に誤字っていた。
まあでも、ロザリーが読みさえすれば、来てくれるだろう。
ただし、つい昨日までオールドタイプのヴァンパイアだった彼女の生活サイクルから言えば、今くらいの時間だと、まだ屋敷の地下室で爆睡中のはずなのだ。
ニュータイプヴァンパイアに覚醒したのを機に、ぜひもう起きていて、さらに小まめにスマホのチェックをしてくれていると助かるのだが。
「……期待薄だよなあ」
ようやくチケットが買えた時、貴樹は思わず愚痴ってしまった。
「え、そうでしょうか? なんだか凄く人気みたいですよ?」
瑠衣が無邪気に言ってくれて、貴樹はわざとらしく破顔した。
「だといいな!」
いや、本当は全然よくない。
問題は、なぜか微妙にエロく聞こえるこの秘宝展ではない。
並んでいた間にも、謎の連中が貴樹達に追いつき、じわじわと包囲してくるのがわかったのだ。貴樹が聴覚に集中して怪しい会話をピックアップすれば、すぐに該当者が見つかった。
しかも、最初より人数が増えて、無線機のようなもので話しているメンバーだけで、四名はいるらしい。
『あの子は、偽装の兄と一緒に、博物館に入るつもりらしい。ちょっとめんどくさいことになりそうだ』
『やむを得ない。我々も一緒に入りましょう。多少は危険だけど、あの子がお手洗いにでも入ってくれたら、そこで一気に襲って拉致するのよ。邪魔する者は、気絶させなさい』
『あ、割り込みすまない! それ、先に気付いたら、俺がやるよ。将来有望そうな可愛い子なんで、ぜひお近づきになりたい』
『ダン、これはナンパじゃないのよ。真面目な作戦行動なのに、ふざけたこと言わないで!』
『ははは……まあカリカリするなって、リーサ。ダンの態度はいつものことだよ』
『以上で通信を終わる。各自、最善を尽くしなさい。もしも離ればなれになったら、落ち合う場所は打ち合わせ通りに』
それを最後に、無線機に話しかける声が途切れた。
もう怪しい会話は聞こえず、恋人同士とか友達同士のぬるい会話ばかりだ。おまけに周囲は人混みだらけなので、誰が問題の連中か、さっぱりわからない。
あと、この期に及んでなんだが、貴樹は重要な点に気付いた、気付いてしまった。
――俺が連中の襲撃を防いだとして、その後どうするんだよっ。
防ぐことには成功したとしても、まさか連中を片端から殺すわけにはいかないのだ。そんなことが自分にできるとは思えない。
だいたい、貴樹は別に戦士でもなければ、本来は魔法使いですらない。
たまたまアレな力をいろいろ入手したが、普段はただの高校生である……しかも平均以下の。
……とはいえ、もしも襲撃を防げて、なおかつ連中の一人でも取り押さえられたら……その時は、逆に貴樹がそいつを尋問する必要があるかもしれない。
少なくとも、何事もなかったように逃がすわけにはいかないだろう。
そんなことをすれば、また瑠衣を襲ってくださいと頼むようなものだ。
思い悩みつつ、貴樹は瑠衣の手を引いて、博物館内に入った。「順路」と書かれた札に従い、まずは階段を上がっていく。
とその時、貴樹は複数のことに同時に気付いた。
まず――無線で会話してた連中のうち、どうもリーダー格らしい女がいたが、そいつだと思われる女性が、少し置いて後から入ってきたのだ。
艶のある黒髪をポニーテールにまとめた、きりりとした美人さんだが、女殺し屋みたいに黒スーツなど着込んでいる。
肌の色は白人系であり、鋭い目つきでまっすぐに瑠衣を見ている。駄目押しに、左手に無線機らしき小型の機械を握っていた。
まず、間違いあるまい。
(げげっ。なんと積極的に接近してきやがった!)
さらに――貴樹が焦って前へ向き直った途端、吹き抜けになっている二階の回廊に、見知った顔を見つけた。
瑠衣と密談をしたり、例の薬を運んできたりする、グレンというロン毛若造である……とはいえ、二十代くらいではあるが。
そのグレンは貴樹と一瞬目が合った瞬間、ささっと客達の中に紛れて姿を消した。だが、間違いなくあいつだった!
(なんだ!? なんであいつがこんな場所にっ)
もちろん、ここで出会ったのは偶然ではないだろう。
おそらくなんらかの理由で、あいつも貴樹達を尾行していたということだ!




