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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第三章 全てが敵になる
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瑠衣を狙う連中

 

 今日のお出かけは、どうも無事に済みそうもない。


 貴樹は、瑠衣と二人でバス停に立った時点で、そう思い始めた。

 ようやく、辛うじて普通に歩けるようになったと思えば、今度はこれである。というのも、今の貴樹にはヴァンパイアの能力が備わっている。

 その能力が、嫌な会話を拾ってしまったのだ。

 兄妹でバスを待つ間、貴樹が気まぐれに集中して耳を済ませたら、とんでもない会話が聞こえてきたという……。



『――男の方は無関係らしい。狙うのは少女の方よ(女の声)』

『了解した。しかし、本当に彼女がそうなのか?(話相手の男)』

『間違いないわ。こちらのスパイが情報を送って寄越した。あいつは王家の一員で、こっちへは侵攻のために遠征しているらしいの』

『スパイの言ってた浸透作戦だな。それと、一日にあるという、侵攻実験にも関与していると?』

『浸透作戦はその通りだ。侵攻実験については、詳しい内容を含めて、まだ情報が入ってこない。

六月一日という日付と、この街で始まるという情報のみだ。どうもこの実験は、アレクシア王家にとっての最重要機密らしい。だからこそ、あの女はチャンスを見つけてぜひ誘拐するの。詳しい情報を聞き出さないとならない』

『わかった! ちょうど、今なんかチャンスなんだが……いや、駄目だ。駅へ向かうバスが来た』


 それを最後に足早に散る音がした。





「マジか!」


 動揺を露わにするまいと思ったのに、それでも声は洩れた。

 瑠衣が目を丸くして「どうなさいました?」と貴樹を見る。

「い、いや……なんだか太陽が眩しくてな」

 半分本当のことを告げて、ごまかしておく。

 実際、半ばヴァンパイア化したせいか、やたらと陽光が気になるのも事実である。別に害はないが、若干圧迫感を感じるのだ。


 まあ今は、それどころではないが。 

 こっそり周囲を見渡したが、ここは都道で、周囲は建物が密集している。

 声がするだいたいの場所はわかるが、どこに身を隠しているかまではわからない。

 この際、腹でも痛くなった振りをして帰ろうとかと貴樹は思ったが、既にバスが走ってきたのを見て、そのまま駅前まで行くことにした。

 家にいても、襲われる時は襲われるに決まっている。


 頭が痛いのは、この連中が完全に誤解していることだろう。

 瑠衣は、この謎の連中が思うほど、詳しい事情に通じているわけではないのだ。

 会話を洩れ聞く限り、ほとんど連中と同じくらいの情報しか持ってない。なのに、拉致られた挙げ句にゴーモンでもされたら困るっ。

 その刹那、貴樹の脳裏にある光景が浮かんだ。

 下着姿に剥かれてロープで厳重に縛られた上、巨大な樽に満たされた水の中へと、逆さ吊りでぶっ込まれている妹の姿である。


 別になにかの予兆ではなく、単なる貴樹の妄想だが。

 ……さすがに、そんな江戸時代みたいな拷問はないにしても、近いことはあるかもしれない。

 バスの中で瑠衣に話しかけれても、貴樹はどうにも集中できず、上の空になってしまった。

 妹は全然気付いていない様子だし、ここは貴樹がどうにかするしかない。

 だいたい、こいつらはかなり下準備してきているらしい。


 というのも、バスの後ろから、最初に感じた女の気配が遅れずについてくるのだ。車もちゃんと用意してあったようで、実に笑えない話だった。

 こうなると、映画館はやめた方がいいかもしれない。

 劇場の中で囲まれたら、逃げようがないからだ。

 そこで貴樹は、駅前でバスを降りると同時に、そこのバス停にあった広告を見て、とっさに決断した。


「なあ、瑠衣。映画はまた今度にして、この……近くの博物館でやってる、秘宝展とかに行かないか? ローマ時代の遺跡から出たものが展示されてるらしい」

「楽しそうですわ」

 瑠衣は貴樹を見返して、とろけるような微笑を見せた。


「お兄様が行きたいところなら、瑠衣にとってもよい場所に違いありません」

「そ、そうか……」


 胸が熱くなってしまったが、浸っている場合ではないことも、貴樹にはよくわかっている。というか、妹の目を盗み、ロザリーにも応援を頼んだ方がいいかもしれない。

 とりあえず今は――


「人通り多いから、はぐれないように手を握ろうな」


 早口で声をかけ、問答無用で瑠衣の手を握る。

 普段なら、決心するまでに三時間はかかったかもしれないが、状況柄、今は貴樹らしくもなく、さらりと握れた。


 背後で「……あっ」と声がして、瑠衣が顔を赤らめていたのだが、もちろん貴樹は、それにすら気付いてない。


 この後どうするかで、頭が一杯だったからだ。


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