妹へのサービスデイ
☆五月二十一日☆
お兄様のご様子が
今度は一体、どうされたんでしょうか。
お兄様が夜遅くに帰ってきたかと思うと、出掛ける前の弱っていたご様子が、嘘のように元気になっていました。
本当は喜ぶべきことでしょうけど、瑠衣は素直に喜べません。
なぜかスキップするような歩き方をしてらっしゃるし、しかも自分でもおかしいとわかっていて、どうにも普通に歩けないご様子なのです。
しかも、遅めの夕飯を一緒に食べている時、お兄様が何気なく手で湯飲みを握った途端、音を立てて湯飲みが割れ、お茶がこぼれてしまいました。
ご自分でも、「あっ」と声を上げたので、お兄様にとっても驚きだったことは間違いありません。
にも関わらず、瑠衣が息を呑むと「さ、最近の湯飲みはヤワで駄目だなっ。はははっ」などと笑われ、あからさまに瑠衣から目を逸らしてしまわれました。
ものすごく不自然です!
でも、なんとなく瑠衣には予感があるのですっ。
これはきっと、あの金髪の綺麗な人が関係しているに違いありません。
最初からそう疑っていましたけど、お兄様からほのかによい香りがしたので、まず間違いないと思いますっ。
あの方のことを考えると、瑠衣はとても不安になります。
美しい人ですし、なぜかお兄様にひとかたならぬ好意を持っているように感じます。一度しか会ってなくても、瑠衣にはわかるんです!
今となっては、お兄様だけが瑠衣の心の拠り所なのに、万一、あの方の元へとお兄様が去ってしまわれたら、瑠衣はもうどうしたらいいかわかりません。
……六月一日も近付いているのに、瑠衣にとってはこちらの方が気に掛かって仕方ありません。
あの嫌なお薬を飲んでも頭が痛くなるだけで、少しも魔力が増した気がしませんし、瑠衣はとことん役に立たない女の子です……。
でも、一つだけ良いこともありました。
瑠衣が不安そうにしているのにお気付きになったらしく、お兄様が「明日は学校も休みだし、久しぶりに二人で遊びに行こうか?」と仰ってくださいました。
久しぶりもなにも、お兄様と一緒に遊びに出かけるなんて、瑠衣にとっては初めてのことです。
一応、瑠衣のことも気にかけてくださっていたみたいで、ほんの少しだけ安心しました。
心配事は多いですけど、明日を楽しみにして、今宵はアリスと一緒に早めに休みましょう。
……それと、この日記を読み返すと、自分でも愚痴ばかり書いているように思えて、嫌になりました。この日記はなかったことにして、休む前にページごと破いて捨ててしまいますね。
鋭い妹のこと、この変化を完全に隠し通すのは難しいだろうと貴樹は案じていたが、実際、その通りだったようだ。
昨晩は、もう帰宅するなり、瑠衣があからさまに不審な目で見てくれた。
しまいには可愛い鼻をくんくんさせて、「お兄様からよい香りがします……」と葬式帰りのような声で言ってくれた。めちゃくちゃ顔色が悪かった。
ひょっとして、ロザリーのことに思い至ったのだろうか。
あいつの残り香に気付くとは、おまえの嗅覚はヴァンパイア並かと思うが、まあ済んだコトは仕方ない。それに、あいにく昨晩は瑠衣の日記を盗み読むチャンスもなかったので、自分の心配は単なる杞憂かもしれないし。
そっちは、今度またなんとかこっそり読んで、内容を確かめてみよう。
とにかく貴樹は、この日曜日は瑠衣に楽しんでもらうべく、嫌が上にも張り切るつもりである。
玄関口でぼけっと考え込んでいた貴樹は、足音がして顔を上げた。
「おおっ」
妹……瑠衣のドレスアップを見て、思わず声が出てしまう。
シフォン生地らしい、薄青いドレスに身を包んだ瑠衣は、この世のものとは思えないほど美しかった。コルセットのお陰でただでさえ細いウエストが引き締まり、しかもふんわりと広がったフレアミニから、黒パンスト着用のなまめかしい両足がすらっと伸びている。
最近の瑠衣は髪に赤いヘアバンドを着けているが、それがまた、見事な白銀の髪によく似合っている。特徴的な切れ長の目が、阿呆のように口を開ける貴樹を見て、恥ずかしそうに瞬く。
「お、お待たせしました……お兄様」
「……お、おぉ」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
平凡な映画と食事というデートコースを考えていた貴樹は、なんだか後ろめたくなった。この子が似合うのは、そんな庶民的な場所ではなく、実は豪華客船の上でディナーパーティーとか、そういうコースかもしれない。
……まあ、とにかく今日は瑠衣にサービスしよう。
この時の貴樹は、まだそんな平和なことを考えていた。




