闇の中の全裸誓約
幼少の頃と違い、今回の格上げ契約は、なんと魔法陣まで必要とするらしい。
幸い、ちゃんと神聖な契約の間があり、そこの床にでっかい魔法陣が既に描いてあるという。どうも、今回のためにだいぶ前から用意されていたようだ。
貴樹達はそこへ移る――前に、その隣の控え室みたいな部屋で、ロザリーが驚天動地のことを告げた。
「と、隣の部屋で実際に契約儀式する前に、まず……こ、ここで服を脱ぐ必要があるのよ」
いきなりたださえ暗い燭台の炎を吹き消したかと思えば、これである。
そういえば、隅に籠が二つあって、おかしいとは感じていたが……まさか、そこへ服を入れろと?
「次は肌にバター塗れとか言わないよな? 注文の多い料理店じゃないぞ?」
暗闇で冗談めかして貴樹が言ったが、返事は微かな衣擦れの音だった。
「え、おまえ、マジで脱いでんのっ」
「そうよ! 素肌で全身を密着させるのが決まりだから、しょうがないでしょっ。懐古主義だろうが、正式な手順踏まないと、万一失敗したら笑えないものっ」
ヤケクソのような声がそばでした。
「わたしだって、男の人の前で脱ぐのなんか初めてだし、すっごく恥ずかしいのよ! ほら、貴樹も早く脱いでっ。二人とも裸じゃないと駄目なんだからっ」
「ぬううっ」
どうも本気らしいので、やむなく貴樹も服を脱ぎ、手探りで下の籠の中に入れた。
……どうでもいいが、全裸になったせいか、すぐ近くから今までにないほど、ロザリーの香りがする。ラベンダーの香りに似ていると思うが、微妙に違う。
それよりは、ほんの少し甘い香りだった。
驚くべきことに、これは彼女の体から直接、香るようだ。
「うわぁ……頭がくらくらする」
「ぬ、脱いだら隣の部屋へ移動よ」
隣室のドアが開ける音がして、なにも見えない貴樹は、ロザリーに手を引かれて入った。
この部屋には確かに床に魔法陣が描かれていて、それが今や、二人の入室と同時に明滅を繰り返し始めた。いや、実は貴樹的にそんなことはどうでもよく、明滅のせいで、ロザリーの姿が微かに見えたり見えなかったりするのがひどく気になる。
なにしろ、相手は全裸なのだ。
「ていうか、俺も全裸だけどっ」
「ほ、ほらっ、向かい合って立つの!」
ロザリーですら緊張感を免れないのか、なぜか怒ったような口ぶりだった。
いや、とうに立ちつつあるぞっと寒い下ネタを言いそうになり、貴樹は辛うじて堪えた。
どうも向こうも同じらしいが、緊張しすぎてそんな気分ではない。
明滅する魔法陣のみを頼りに、言われた通り、その中心で向かい合って立つ。
「肌と肌が密着するように、近くに……心の準備はいい? よければ、いきなり行くわよ。少し痛むけど、我慢してね」
「ま、待った!」
向かい合わせで密着したせいで、柔らくて存在感のある膨らみが二つ、俺の胸に思いっきり当たってるのだが!
しかし、そんなことは向こうもわかっているだろうし、やむなくなのだろう、これも。しかし、この圧倒的な感触は、今の嫌な緊張感をも吹き飛ばす力があった。
そんな気分ではなかったのに、たちまちそんな気分になってしまう。
「ねぇ、もう準備はいいかしら――て、なにかが、わたしの太股に当たってるわっ」
「仕方ない、これはもう仕方ないんだっ。下を見ずに少し待てっ。今、頭の中で計算する!」
「なにをわけのわからないことを……ねぇ、なんなんのこれ……?」
全然ジョークに聞こえない、途方に暮れた声がした。
「気になるから、ちょっと触って確かめていいかしら? 手を伸ばすだけだし、ねっ?」
「ば、馬鹿かぁ、おまえっ。絶対に駄目だ!」
こいつ、わざと言ってるわけじゃなく、本当に嘘っこ抜きでわかってないらしい。人外のモンスターのくせに、どんだけ深窓のお嬢様なのかっ。
貴樹は焦って厳命した後、ロザリーが伸ばした手を掴み、こっちの首筋を抱き締める形に無理にもっていった。
「ほら、この体勢でいけっ。俺も抱き締めるから」
「元々そのつもりだったけど……なによなによ、ますます当たってるわ。ねえ、この固いのが当たって気になる――」
「いいから、早く儀式とやらを始めろって! 恥ずかしいんだよっ」
「わ、わかったわよう……じゃあ、終わった後でなんだったか教えてね?」
「は・や・く・し・ろ!」
暗闇の中で貴樹が喚くと、ようやく来た。というか、いきなりロザリーが声を張り上げた。
「偉大なる真祖の末裔、ヴァランタイン家の新たなる当主、ロザリー・ファンティーヌ・グレース・ド・ヴァランタインが、今ここに誓う! 神聖なる誓約の後、我が君タカキ・クサナギと力を分かち合い、運命を共にすることをっ。永劫の年月の果て、大いなる眠りが我らを分かつまで、この誓約を破ることあたわず!」
次の瞬間、魔法陣が真紅に輝き、そして貴樹の首筋に激痛が走る。
ロザリーが牙を突き立てたせいだ!
先に聞いていたものの、鋭い牙でガブッとやられるのは、想像以上にキツかった。もう性的な興奮状態など、吹き飛ぶほどに。
「いってぇぇえ。マジで、痛いっ。むちゃくちゃいたひっ。これのどこが少しかっ」
おまけに、勢い余って噴き出した血飛沫が、周囲の壁に飛んでいるのがわかる。ビシャビシャッと派手な音がするので。
人の血だと思ってがぶ飲みしてやがるロザリーの鼻息が、どんどん荒くなっていく。なんだか我を忘れた勢いであり、聞き取りにくい声で「た、たかきぃぃいいいい……ゴキュゴキュゴキュッ(鮮血をがぶ飲みする音)」などと掠れた声を上げていた。
ヤケに興奮した口調であり、めちゃくちゃ不安である。
もはやおっぱいの感触に現実逃避するくらいでは、どうにもならない。
「おい、俺の身体は、アラブの油田じゃないぞっ。げ、限界はあるからなっ」
いかん、意識が遠のいてきた。
貴樹は真剣に身の危険を感じ始めていた。
急速に薄れる意識と戦いながら、必死に声を出そうとする。
やっぱり、昔みたいに大型注射器で、定期的に血を抜くだけにしてくれって言えばよかった……今更、もう遅いが。




