草薙貴樹のみが例外である
「う~ん」
執事のヨハンや、その他のメイド達から白い目で見られている自覚は、さすがに脳天気な貴樹にもあった。だから、約束事をして堂々と通えるようになるなら、それは貴樹も嬉しい。
だからこれにも気安く「いいよ、契約しよう」と言いかけたが、さすがの貴樹も多少は約束、いや契約内容が気になった。
「どういう契約かな?」
「……あのね」
ロザリーはいよいよ真剣な顔で、貴樹に身を寄せ、ごにょごにょと耳元で囁いた。
人外発言はなんとなく信じていたが、まさかそういうことだとは思ってもいなかった貴樹は、この内緒事を聞かされた時、まさに度肝を抜かれた。
ええっ。マジかよ! ボク、もう帰るよっ――むちゃくちゃ、そう言いたかった。
しかし、間近で唇を震わせ、ものすごく懸命な顔で両手を合わせて見つめるロザリーを見ると、そんんな弱気は言い出せなくなった。
第一、無言とはいえ、手を合わせて彼女に頼まれたことなんて、知り合って初めてである。
貴樹も孤独だったが、ロザリーもある意味では同じ立場なのだと、貴樹はようやく悟った気がする。それに……その程度の提供の仕方なら、さして問題もないような。
そう思い、貴樹は念のために尋ねた。
「契約内容は本当にそれだけなのかい?」と。
ロザリーは「う、うんっ。今のところは、本当にこれだけ。もしもロザリーと貴樹の関係がもっと深まる時が来たら……その時は、また違う契約を申し出るかもしれないけど」と語り、初めて貴樹に抱きついてきた。
お陰であっという間に夢見心地になった貴樹は、その日、秘密の契約を交わしたのだ……人外のロザリーと。
「お陰で俺、あれから注射の類いは全部全然平気になったなぁ」
もはや慣れてしまったぶっとい特製注射器を思い出し、貴樹は呟く。
「今度は、もう少し深い契約よ! というより、この次も問題の薬が届いて、貴樹がまだそれを飲む気なら……絶対、この契約は役に立つわ。もう衰弱したりすることもない。あ、それに戦う時もすっごく有利! 半ば不死身も同然だもの」
貴樹はいつの間にか椅子を隣に寄せてきたロザリーを、横目でちらっと見やる。
やたらと嬉しそうに捲し立ててくれるが……もはや自分も小学生ではないし、次の契約内容は予想がつく気がした。
「――あのさ、いま俺の行動が制限されるのは、困るんだけどな?」
「安心して、貴樹にデメリットは皆無だし、わたしにも大いに役立つことよ。双方にとって、良いことばかり」
ロザリーは自信たっぷりに胸を張った。それはもう、先端部分が窺えそうな勢いで。
「この契約の後、貴樹は本当に不死身に近くなるし、わたしも場所と時間の制約から解放されるわ。特に貴樹には本当にメリットしかない契約なの」
きっぱり言い切った後、なぜか目を逸らして赤い顔で呟いた。
「最初の契約の時、わたしはほんの子供だったから、まだまだ深い契約まで踏み込む自信がなかった。もしかして想いが足りず、失敗して貴樹がわたしの従者になっちゃったら困ると思ったから、柄にもなく遠慮したのよ。でも、今なら自信がある。繰り返すけど、貴方は今まで通りどこでも平気だし、わたしも夜の住人じゃなくなるわ!」
「場所と時間制限からの解放?」
「そう!」
本当に嬉しそうに何度も頷くロザリーを見て、貴樹は怖じ気づきかけた心が奮い立った。
説明内容はイマイチよくわからないし、「なぜ子供の頃は自信がなくて、今は自信満々なのか」と思うが、少なくともこういうことでロザリーはデタラメを言わない。
貴樹になんのデメリットもないというのも、信じていいだろう。
「一応……ちょっと具体的にどういう契約方法か教えてくれ。多分、予想はつくけど」
「い、いいわよ……あのね」
子供の頃のように、ロザリーは貴樹の耳にゴニョゴニョと呟いた。
温かい呼気と彼女の香りにくらくらしたが、内容は全く、貴樹の予想通りだった。
「やっぱり、モロにそれか! それ本当に、従者化ナシなんだろうなっ」
「貴樹以外を相手に同じことをすると、確実に相手は従者化しちゃう。でも、わたし達の間に限ってはないわっ。誓うわよ!」
貴樹はロザリーに向き直り、鼻を突き合わせるような距離で見つめ合った。
興奮のあまりか、瞳が既に変色しかけているが……相変わらず、綺麗な瞳だった。アーモンド型でやや吊り目だが、まあ昼間に外を歩くことができれば、百人が百人とも振り返るだろう。
「そう……なら、いいよ」
貴樹は肩をすくめて了承した。
本音を言えば、他の相手に同じことをすると、確実に従者化するという部分が、かなり気になるのだが。……なんで、平凡な俺だけが例外になるのか? なんとなく、理由を訊いても教えてくれない気がするので、いちいち訊かないが。
ロザリーは信じられるので、嘘がないならそれでいい。
「俺も得するみたいだし、ロザリーがそれでどこでも出歩けるようになるなら。ついに餌係から、不死身仲間へ格上げってことだな」
「――っ! 貴樹っ」
「わっ」
感激したロザリーが昔のように抱きついてきて、貴樹は思わず声が出た。
む、胸が思いっきり当たってるし!




