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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第二章 侵攻実験の謎
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草薙貴樹のみが例外である

「う~ん」


 執事のヨハンや、その他のメイド達から白い目で見られている自覚は、さすがに脳天気な貴樹にもあった。だから、約束事をして堂々と通えるようになるなら、それは貴樹も嬉しい。

 だからこれにも気安く「いいよ、契約しよう」と言いかけたが、さすがの貴樹も多少は約束、いや契約内容が気になった。


「どういう契約かな?」


「……あのね」

 ロザリーはいよいよ真剣な顔で、貴樹に身を寄せ、ごにょごにょと耳元で囁いた。

 人外発言はなんとなく信じていたが、まさかそういうことだとは思ってもいなかった貴樹は、この内緒事を聞かされた時、まさに度肝を抜かれた。


 ええっ。マジかよ! ボク、もう帰るよっ――むちゃくちゃ、そう言いたかった。


 しかし、間近で唇を震わせ、ものすごく懸命な顔で両手を合わせて見つめるロザリーを見ると、そんんな弱気は言い出せなくなった。

 第一、無言とはいえ、手を合わせて彼女に頼まれたことなんて、知り合って初めてである。

 貴樹も孤独だったが、ロザリーもある意味では同じ立場なのだと、貴樹はようやく悟った気がする。それに……その程度の提供の仕方なら、さして問題もないような。

 そう思い、貴樹は念のために尋ねた。


「契約内容は本当にそれだけなのかい?」と。


 ロザリーは「う、うんっ。今のところは、本当にこれだけ。もしもロザリーと貴樹の関係がもっと深まる時が来たら……その時は、また違う契約を申し出るかもしれないけど」と語り、初めて貴樹に抱きついてきた。

 お陰であっという間に夢見心地になった貴樹は、その日、秘密の契約を交わしたのだ……人外のロザリーと。






「お陰で俺、あれから注射の類いは全部全然平気になったなぁ」


 もはや慣れてしまったぶっとい特製注射器を思い出し、貴樹は呟く。

「今度は、もう少し深い契約よ! というより、この次も問題の薬が届いて、貴樹がまだそれを飲む気なら……絶対、この契約は役に立つわ。もう衰弱したりすることもない。あ、それに戦う時もすっごく有利! 半ば不死身も同然だもの」

 貴樹はいつの間にか椅子を隣に寄せてきたロザリーを、横目でちらっと見やる。

 やたらと嬉しそうに捲し立ててくれるが……もはや自分も小学生ではないし、次の契約内容は予想がつく気がした。


「――あのさ、いま俺の行動が制限されるのは、困るんだけどな?」


「安心して、貴樹にデメリットは皆無だし、わたしにも大いに役立つことよ。双方にとって、良いことばかり」

 ロザリーは自信たっぷりに胸を張った。それはもう、先端部分が窺えそうな勢いで。

「この契約の後、貴樹は本当に不死身に近くなるし、わたしも場所と時間の制約から解放されるわ。特に貴樹には本当にメリットしかない契約なの」

 きっぱり言い切った後、なぜか目を逸らして赤い顔で呟いた。


「最初の契約の時、わたしはほんの子供だったから、まだまだ深い契約まで踏み込む自信がなかった。もしかして想いが足りず、失敗して貴樹がわたしの従者になっちゃったら困ると思ったから、柄にもなく遠慮したのよ。でも、今なら自信がある。繰り返すけど、貴方は今まで通りどこでも平気だし、わたしも夜の住人じゃなくなるわ!」


「場所と時間制限からの解放?」

「そう!」

 本当に嬉しそうに何度も頷くロザリーを見て、貴樹は怖じ気づきかけた心が奮い立った。

 説明内容はイマイチよくわからないし、「なぜ子供の頃は自信がなくて、今は自信満々なのか」と思うが、少なくともこういうことでロザリーはデタラメを言わない。

 貴樹になんのデメリットもないというのも、信じていいだろう。


「一応……ちょっと具体的にどういう契約方法か教えてくれ。多分、予想はつくけど」


「い、いいわよ……あのね」

 子供の頃のように、ロザリーは貴樹の耳にゴニョゴニョと呟いた。

 温かい呼気と彼女の香りにくらくらしたが、内容は全く、貴樹の予想通りだった。

「やっぱり、モロにそれか! それ本当に、従者化ナシなんだろうなっ」


「貴樹以外を相手に同じことをすると、確実に相手は従者化しちゃう。でも、わたし達の間に限ってはないわっ。誓うわよ!」


 貴樹はロザリーに向き直り、鼻を突き合わせるような距離で見つめ合った。 

 興奮のあまりか、瞳が既に変色しかけているが……相変わらず、綺麗な瞳だった。アーモンド型でやや吊り目だが、まあ昼間に外を歩くことができれば、百人が百人とも振り返るだろう。


「そう……なら、いいよ」


 貴樹は肩をすくめて了承した。

 本音を言えば、他の相手に同じことをすると、確実に従者化するという部分が、かなり気になるのだが。……なんで、平凡な俺だけが例外になるのか? なんとなく、理由を訊いても教えてくれない気がするので、いちいち訊かないが。

 ロザリーは信じられるので、嘘がないならそれでいい。


「俺も得するみたいだし、ロザリーがそれでどこでも出歩けるようになるなら。ついに餌係から、不死身仲間へ格上げってことだな」

「――っ! 貴樹っ」


「わっ」

 感激したロザリーが昔のように抱きついてきて、貴樹は思わず声が出た。


 む、胸が思いっきり当たってるし!


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