帰還の理由
「なぜ、それをっ」
「話せば長いんだよー」
「それも昨日聞いたわよっ。とにかく、全部話してっ。まずは、なぜ貴樹の家に、自称妹がいるのかの説明からっ」
ドンッと結構な勢いでロザリーがテーブルをぶっ叩き、二組のカップが踊った。
「あの髪と瞳の色で、本当に妹だとか言わないわよね!?」
「残念ながら、違う」
そうか、それが一番気になってたのか……まあ、誰でも不思議に思うだろうけど。
あと、さすがにロザリーには、瑠衣の擬態魔法も効かないのな。
正直に話していものか難しいところだったが、貴樹がどう思おうと、その気になれば必ずロザリーが事実を調べ出すだろう。
それに……今の短い会話で、この子が実は瑠衣と同じ世界の出身かもしれないという可能性が出てきた。というより、そうでなければ、怪しい実験のことを知っている理由がわからない。
てっきり、人外とはいえ同じ地球人だと思ってたのに。
「いや、むしろ納得か? 異世界出自なら、ロザリーの正体にも納得――」
「一人語りは後にして、説明っ」
ぴしりと言われ、貴樹は息を吐いた。
やむを得ない……教えるか。どのみちロザリーには、協力を求めるつもりだったことだし。
日記の盗み読みについてはボカしたが、後は全て話した。
もう本当に、自分が探り当てたことから、昨晩、なぜあそこに倒れていたのかの説明まで、順を追って、全てをだ。
珍しくロザリーは一言も口を挟まないまま聞き終え、貴樹が全ての説明を終えると、いきなり立ち上がった。
一瞬、「やるのか、コラ!」と貴樹が身構えたほどの険しい表情であり、幸い、殴られることはなかったものの、ロザリーは胸の下で両腕を組み、広い客間を行ったり来たりし始めた。
なにやら、考え込んでいるらしい。
コルセットのお陰で、年齢の割に存在感が増した双丘が非常に目立つ。
眼福のつもりで貴樹が大人しく眺めていると、そのうち立ち止まったぱっとこちらを見た。
「腹違いの王女の存在だけは知っていたけど、即位して間がないアラン王は、妹なんか対外的にはいないような扱いだった。そのせいか、お名前すらほとんど広まってないわね……王宮内でもそうだし、外交的にもそう。だいたい、王女の亡き母君の実家はもう没落しているし。だからわたしは、殿下の名前すら覚えていなかったの。なるほど、元々いつかは殺すつもりだったのね」
「……そういうことを知っているからには、ロザリーはやっぱり、瑠衣と同じ世界を故郷としてるわけな? 異世界人なのに、なんで黙ってたんだよ」
少しむっとして、貴樹が指摘する。
「だって貴樹、一度も『おまえ、異世界から来たのか?』なんて訊かなかったもの」
「むう……まあそれは確かに。じゃ、じゃあ、今訊くよ。わざわざ異世界から来て、日本で何年も住み着いてた理由は?」
「ヴァランタイン家の前当主――それってわたしの母上だったけど――とにかくその母上が、わたしの存在を隠して、この世界に避難させていたのよ。なぜならアレクシア王家は、既に前の王の時代から、うちの自治領を狙っていたから。我が一族は直系が少ないから、その気になれば根絶やしにして領土を奪えると思ったらしいわ。それこそ、できたばかりの娘の存在を知られたら暗殺しかねないほど、露骨な野望を見せていた。だから母上は、万一に備えていたわけ」
珍しくすぱっと答えてくれたのはいいが、貴樹は一瞬、混乱しかけた。
頭の中でなんとかまとめ、声に出す。
「ええと――つまり、ロザリーの家は、アレクシア王国が存在する異世界においては、領土を有する名家ってことだな? ところが、密かに王家がその自治領を狙っているため、ロザリーのお母さんが、わざと娘の存在を隠し、この日本へ避難させていたと?」
よくできましたという風に、ロザリーが大仰に頷く。
「そう、そうよ。そして、わたしが一年前から故郷に戻っていたのは、いよいよ王家が『領土の三割を割譲すべし』なんて、ふざけた命令を寄越したから。国力の差もあるし、アレクシア王国とはよい関係を望んでいたけど、だからっていきなりそんな命令は聞けないわよ。正確には臣下ですらないのにっ。だからうちの家では、勝てないまでも戦うってことで、ここ一年はずっと臨戦態勢になっているわ」
「へぇえええ……」
感心している場合ではないが、異世界を攻めようとしている上に、本国の周辺でも戦争沙汰を起こそうとは……アレクシア王国ってのは、よほどに血の気が多いらしい。
「じゃあ、今はどうして日本に戻ってるんだ?」
「あなた、頭の中に綿菓子でも詰まってるの!」
ロザリーは、えらくきっつい目で睨んだ。
「王家が異世界にも侵攻する計画だって情報を掴んだから、貴樹に警告するために、無理して戻ったんじゃないのよっ」




