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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第二章 侵攻実験の謎
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六月一日という警告

 というわけで、そそくさと日記を取り出して読んでみる。幸い、もう今夜の分は書かれていた。



☆五月二十日☆


……お兄様のお帰りが遅いです。

このところ元気がないご様子だったので、どこかで倒れていたりしませんでしょうか。

もう少し待って帰らなければ、探しに行った方がいいかもしれません。

とにかく、今は我慢してアリスと待ちましょう。

あ、アリスというのは、頂いたウサギのぬいぐるみです。

我ながら、可愛い名前をつけてあげられました。


追記

なんてことでしょうか!

心配して待っていたら、陽が落ちたと同時にとんでもない美人さんが訪ねてきて、「貴樹はどこ?」とぶしつけにお尋ねになりました。

ものの本で読んだことですが、血の繋がりもない男女で、名前を呼び捨てにするような仲なのは、相当に親しい関係だとあった気がしますっ。

お兄様、そんな人がいるなんて、一言も仰らなかったのにっ。

もう知りません、あんな人! 晩ご飯のご用意をしようと思ったけど、それもやめましたっ。


さらに追記

……でも、どうして瑠衣はこんなに苛立つのでしょう。

まだなにか、お二人の関係について確かなこともわからないのに。

それに、冷静になって考えると、気になることもあります。

だって、あの方の瞳は……いえ、さすがにそれは瑠衣の勘違いでしょうけれど。






 二度読み返した後、貴樹はそっと日記を元の場所へ隠し、早々に部屋へ戻った。

 ついでに布団被って、もう眠ることにする。


 ……それにしても、おまえは誤解しているぞ、妹よ。 


 ロザリーと俺の関係は、一種の神聖な契約による、「疑似友好関係」なんだ。

 友達料金こそ払ってないが、他のものによる支払いはしていた……彼女が帰ったからには、また支払う日々が始まるだろう。ロザリーとの交流が続く限り。

 そういう契約でもなければ、余り物の貴樹とあんな超絶金髪少女が、かりそめとはいえ友好関係を結べるはずない。


「世の中は甘くないんだぜ、瑠衣」


 思わず愚痴が出た。

 とはいえ、どうも多少は嫉妬してくれたらしい瑠衣に、貴樹が密かな喜びを感じたのも事実だった。






 翌日、貴樹は陽が落ちてすぐにロザリー邸……というか、ヴァランタイン邸に足を運んだ。

 近所の裏山の麓に、あたかも木々に隠されて建っているような、実に思わせぶりな洋館である。ここ一年、使用人しか在宅していなかったはずだが、もちろん今夜はロザリーもいるだろう。


 自動で門を開けてもらい、唖然とするほど広い庭を歩き、貴樹は三階建ての屋敷本館前に立つ。ノッカーを鳴らすと、すぐにタキシード姿の執事さんが出てきて、恭しく一礼した。 

 ちなみに彼の名はヨハンといい、掛け値なしに本物の執事さんである……ヴァランタイン家に仕える。

 未だに慣れないが、ヨハンは一年前と同じく、乾いた口調で貴樹を出迎えた。



「お久しぶりでございます、草薙様。お嬢様は三階の客間でお待ちです」

「あ、ありがとうございます」

 いつものように、貴樹も深々と一礼する。

「あとはわかりますんで」

 それこそ、逃げるように三階へ向かった。





 見慣れた洋風テーブルと赤いカーペットの客間には、既にドレス姿のロザリーがいて貴樹を待っていた。テーブルにはちゃんと貴樹の分の紅茶もあり、ロザリーが「どうぞ」と落ち着いた声で勧めてくれた。


 ちなみに、この洋館の中はどこもかしこも薄暗いが、この客間も例に漏れない。

 光源といえば、テーブル上に置かれた燭台のローソクのみである。中世かと。

「あ、ありがとう。ところで、久しぶり!」

 装飾彫り付きの円形テーブルに着くと同時に、無駄に明るく挨拶してみた。


「その挨拶なら、昨晩聞いたわ」


 あいにく、挨拶不発である。

 一年ぶりなのになぜか不機嫌であり、眉間に縦皺を刻んで紅茶を啜っている。もしかしたら、寝起きなのかもしれない。


「あぁー、そう言えば、俺に警告するために早めに帰ったとか」

 この際、貴樹は自分から切り出してみた。

「気になるから、先にその話から聞かせてくれない?」

「そう……そうね、質問は山ほどあるけど、まずはそのことを話しましょう」

 ようやく紅茶のカップをソーサーに戻し、ロザリーが顔を上げた。

 貴樹が気に入っている、透き通った薄赤い瞳が貴樹をまっすぐに見る。


「貴樹、もう時間がないわ。六月一日までに、この街を出なさい。行くところがなければ、わたしが隠れ家を用意してあげる」


「……はっ?」

 いきなり何を言い出すのか、この金髪お嬢様は。


「被害の大本は、駅の周囲を中心とする繁華街でしょうけど、この郊外にいても安全とは限らない。だから、その日までに街を出ないと」


「いや、そうじゃなく」

 貴樹は顔をしかめて、大人びたロザリーの美貌を見返した……つもりで、視線が吸い寄せられたのは、ドレスの胸元だったが。

 こいつ、本当に成長しやがってー。


「どこを見てるのかしらね。わたしの言うこと、聞いてた?」

「ごめん、ついっ。もちろん聞いてたけど、なんで六月一日……って……」


 いや、ちょっと待て。

 貴樹の脳裏に光が差した。その日付は、俺の知る重要な日と一致するぞ! これは偶然か、おい。

「どうかした、貴樹?」

「いや、あの」

 大きく息を吸い込んだ貴樹は、この際、直球で訊いてみた。


「街を出ろというのは、その日は侵攻実験があって危険だからか?」


 ……どうやら、これが見事に大当たりだったらしい。

 滅多に驚き顔なんか見せない子なのに、ロザリーは半ば腰を浮かせていた。


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