嫉妬?
多分、貴樹が気絶していたのは、ほんの数分のことだったはずだ。
目を開けると、特徴ありまくりの薄赤い瞳と目が合い、ロザリーが吐息をついた。「……もう大丈夫よ」と言われ、貴樹はお礼と再会の挨拶もそこそこに、家にすっ飛んで帰った。
なにしろ、もう夜の十時を回っている。
さすがに、その程度で警察に電話もしていないと思うが、妹が心配して待っているのは間違いない。だから、ロザリーへの説明は後日にしてほしいっ。
……という事情を説明する貴樹に、彼女は言ったものである。
「わたしに助けられたくせに、説明が後とはいい度胸ね――と言いたいけど、まあいいわ」
ため息をつかれた後、貴樹をじっと見つめた。
「その代わり、明日陽が落ちたら、うちの屋敷に来てちょうだい。お話と相談があるの」
……積もる話は別として、なにやら深刻そうだったが、もちろん貴樹は拒否するつもりなどない。
気安く了承して、後は速攻で家に帰った。
参ったのは、帰宅して玄関のドアを開けた途端、すぐ眼前に瑠衣が座っていたことだ。
玄関から上がったすぐの廊下で、ドアを方を向いたまま正座しているのである。両手を膝の上に載せて。大変、機嫌が悪そうだった。
「うわっ、お、驚いたっ。はははっ」
意味もなく笑い、貴樹は頭をかく。
「お、遅くなってごめん。ちょっと、久しぶりに幼馴染みに会っていたんで」
少なくとも、嘘ではない。
ところが……むしろこの返事に瑠衣はむっとしたらしい。
あまり気分を害したところを見たことがない子なのに、なぜか据わった目つきで貴樹を見上げた。
「幼馴染みというのは、もしかして金髪に赤い瞳の女性ですか」
「な、なんでそれを――あ、そうか」
ロザリーのセリフを思い出し、貴樹は手を叩く。
「うちに来たんだな、さては」
「ええ、陽が落ちてすぐに訪ねていらっしゃいました……貴樹はいるかと。あの方、ちょくちょくうちに来てたんですか?」
その部分のみ、瑠衣は少し心配そうだった。
もしかしたら、自分の存在の矛盾を知る人物に会ってしまった、と案じているのかもしれない。
そこで貴樹は、あえて大嘘をついて安心させてやった。
「いや、うちには滅多に来ないな。家族構成も話したことないくらいで」
「そ、そうですか……それならいいのですが――て、いえっ、ぜんっぜんっよくありませんっ」
ほっとした顔つきも束の間で、瑠衣はまたきっと貴樹を見上げた。
「そんな淡泊な関係なのに、なぜあの方は、お兄様のお名前を呼び捨てなのですかっ。それに……それに、随分とお美しい方ですね、あの人!! お兄様、あのようなお友達がいることを、瑠衣に一言も話してくれたことがありませんでしたっ」
「ええと」
なにげに支離滅裂な話し方をする瑠衣を、貴樹は途方に暮れて見つめる。
「いや、幼馴染みがいるって、前に何度か話したぞ? ていうか、おまえまさかとは思うが、嫉妬してたりする?」
「……えっ」
指摘した時の瑠衣の表情たるや、見物だった。
一瞬、きょとんとした顔をした後、いきなりコンマ数秒でぼっと全身真っ赤になった。なぜ全身だとわかるかというと、口元を押さえた両手まで真っ赤だったからだ。
「嫉妬……嫉妬なのですか、この感情は」
「いや、俺に訊かれても困る」
「し、失礼しますっ」
本気で困った貴樹が目を瞬くと、瑠衣は途端に見事な銀髪が舞うような勢いで立ち上がったかと思うと、凄い勢いで廊下を駆け、奥の階段を駆け上がってしまった。
いくら呼んでも瑠衣の部屋から返事がないので、やむなく貴樹は一人でインスタントラーメンの夕食を済ませ、自分も部屋に引き上げた。
そのうち、こっそり部屋のドアを開け、瑠衣が階段を下りる物音がした。
おそらく風呂だろう。
しばらくして階下を覗きに行くと、案の定、風呂場に明かりがついていたので、貴樹は急いで二階へ舞い戻り、瑠衣の部屋へ入った。
悪いとは思ったが、この際、どうしても瑠衣の拗ねた理由を知っておきたい。




