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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第二章 侵攻実験の謎
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神がかった登場


 次に貴樹が目覚めた時には、もう宴会場の中は暗かった。

 慌てて窓の方を見ると、外は月夜である……どうやら死ぬのは免れたらしいが、時間の経過には参った。


 通常、貴樹はあまり家を空けない。

 学校から帰ると、そのままずーーっと部屋にいるのが、帰宅部たる貴樹のスタイルだ。なにを隠そう、幼馴染みが留守にして以来、特に行く場所がないからだが。


 逆に言うと、夜遅くまで家を留守にして帰らないというケースは、貴樹に限ってはほとんどないということだ。

 つまり、妹が心配するではないか!




「ま、まずいっ」

 慌てて起き上がろうとしたが……なんとしたことか、少し上半身を起こそうとしただけで、頭がくらっと来て、さらに胸の奥で鈍痛が弾けた。

「うっ」

 痛みと同時に、畳についた腕が上半身を支えられなくなり、どさっとまた倒れる。

 弱ってる! 俺、むちゃくちゃ弱ってる!?

 しかも、今ほんのちょっと動いただけで、もう息切れがした。


「あああああ、いま鏡見たら、絶対、また白髪が増えてるんだぜ……しかも、前回なんか問題にならないくらい」


 いや、心配するのはそこではない気もしたが、貴樹的には白髪が一番気になるのだから、仕方ない。しかし、その後も何度かじたばたしてみて、本気で自分が立てないと知り、さすがに唖然とした。


「立てないって……じゃあ、どうなるんだ!?」

 息切れがして、胸の鼓動は今も半端ない。

 血の気が引いてる気がするし、しかも立ち上がるのも覚束ない……もしかして、このまま衰弱して死ぬしかないのだろうか。

 せっかく、魔法使いの入り口まで来てるのにっ。


(だ、誰かっ)

 刻々と過ぎる時間と、己の体力に対する不安に、貴樹は思わず胸の内で祈った。

 祈って叶えられた試しがないのに、それでも他にできることは何一つ思いつかなかった。唯一、スマホで妹を呼ぶという手段があるが、それは論外である。

 なんのために全てを隠してやってきたのか、わからなくなる。

 永劫の時間が過ぎた気がしたが。


 幸い、畳の上で横倒しになり、必死で祈っていた貴樹の祈りは、今回に限っては叶えられたらしい。しかも、一生の幸運を使い果たしたような勢いで。

 というのも、不意に窓の外が光ったかと思うと、見覚えのある人物が、外に現れたのだ。


 ……ちなみにここは五階で、窓の外はベランダでもないのだが、あいつ――いや、彼女に限って言えば、別に空中浮揚などは驚くにも値しない。

 宴会場の中を覗いた「彼女」は、倒れている貴樹を見つけて眉をひそめた。


 途端に、彼女の視線を受けて窓の鍵が勝手に外れ、ガラガラと大型のサッシが開いた。

 ぼんやりと輝く彼女が、滑るように暗い宴会場の中へ入ってきて、空中で浮遊したまま貴樹を見下ろす。


 漆黒のゴシックドレスに、両足の黒いストッキングが、恐ろしいほど似合っていた。

 しかも、最後に見た時より、胸がかなり成長したような……まだ十四歳なのに。





「一年ぶりね、わたしのお友達兼契約者さん」


 ぽつんと告げる少女に、貴樹は夢遊病者のように呟いた。

「ロザリー・ヴァランタイン……うん、久しぶり」 

 彼女の名前であり、そして自分でも信じ難いが、貴樹の幼馴染みである。

 金髪の長い髪に、薄赤い瞳、それに生まれてから一度も外出したことがないかのような、真っ白な肌。この子の正体を聞き、そしてその正体を信じることができる人間は、ちょっと少ないかもしれない。


 貴樹が「世界の謎」と勝手に呼ぶ存在、そのものだった。

 この子の存在を思えば、異世界の実在やその侵攻などは、まだまだ信じやすい方である。


「さすがロザリー……登場するタイミングが神がかってる。ちょうど、ロザリーの登場を願ってたんだ」


「わたしは、貴樹に警告するために早めに帰ってきたのだけど。あなたの家はあんなことになってるし、おまけにいないと思ったら、こんなところで倒れてるし」

 すうっと畳の上に降りたロザリーは、その場に座り、軽々と貴樹の身体を膝の上に抱き起こしてくれた。まさに人外のパワーである。


 いや、実際にこの子は人間じゃないが。

 その人外少女は、子細に貴樹を眺め、また優雅に眉をひそめた。


「……生命力が枯渇しかけているわ……一体あなた、こんなになるまでなにをしたの?」


「話せば長いんだよ、ロザリー」

 全然関係ないが、この子も独特のよい香りがする。

「この有様の説明は後。先にわたしの話を聞きなさい!」

 記憶にある、不思議な権威を感じさせる口調で、ロザリーは断固として述べた。


「命の火が尽きかけている……わたしのプラーナを分けてあげるから、しばらくじっとしてて」


「恩に着る……借りその一だな」

「普通の人間なら、死んでも知ったことではない。でも、貴樹はわたしの契約の相手……だから仕方ないもの」

 既に貴樹の額に手をかざしつつ、微妙に目を逸らしてロザリーが言う。


「はは……ホント、感謝するから」

 全身が心地よくなり、貴樹はまたしても意識を失いそうになっていた。




 またしても気を失う寸前、ネットでかなり前に流行ったコラージュ画像を思い出した。

 すなわち、ドレスの美少女が両手を広げ――


「早く今月の友達料、払ってください! 3万円!」


 ……などと、寒いことを語りかけている画像である。


「これがまた……実に俺達の関係に近い……よなあ」

「寝言いってないで、あとはわたしに任せて、少し休みなさい」


 言葉の割にはロザリーの声音は優しく、しかも頬を撫でてくれた。

 次の瞬間、貴樹は安からに眠りについていた。


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