神がかった登場
次に貴樹が目覚めた時には、もう宴会場の中は暗かった。
慌てて窓の方を見ると、外は月夜である……どうやら死ぬのは免れたらしいが、時間の経過には参った。
通常、貴樹はあまり家を空けない。
学校から帰ると、そのままずーーっと部屋にいるのが、帰宅部たる貴樹のスタイルだ。なにを隠そう、幼馴染みが留守にして以来、特に行く場所がないからだが。
逆に言うと、夜遅くまで家を留守にして帰らないというケースは、貴樹に限ってはほとんどないということだ。
つまり、妹が心配するではないか!
「ま、まずいっ」
慌てて起き上がろうとしたが……なんとしたことか、少し上半身を起こそうとしただけで、頭がくらっと来て、さらに胸の奥で鈍痛が弾けた。
「うっ」
痛みと同時に、畳についた腕が上半身を支えられなくなり、どさっとまた倒れる。
弱ってる! 俺、むちゃくちゃ弱ってる!?
しかも、今ほんのちょっと動いただけで、もう息切れがした。
「あああああ、いま鏡見たら、絶対、また白髪が増えてるんだぜ……しかも、前回なんか問題にならないくらい」
いや、心配するのはそこではない気もしたが、貴樹的には白髪が一番気になるのだから、仕方ない。しかし、その後も何度かじたばたしてみて、本気で自分が立てないと知り、さすがに唖然とした。
「立てないって……じゃあ、どうなるんだ!?」
息切れがして、胸の鼓動は今も半端ない。
血の気が引いてる気がするし、しかも立ち上がるのも覚束ない……もしかして、このまま衰弱して死ぬしかないのだろうか。
せっかく、魔法使いの入り口まで来てるのにっ。
(だ、誰かっ)
刻々と過ぎる時間と、己の体力に対する不安に、貴樹は思わず胸の内で祈った。
祈って叶えられた試しがないのに、それでも他にできることは何一つ思いつかなかった。唯一、スマホで妹を呼ぶという手段があるが、それは論外である。
なんのために全てを隠してやってきたのか、わからなくなる。
永劫の時間が過ぎた気がしたが。
幸い、畳の上で横倒しになり、必死で祈っていた貴樹の祈りは、今回に限っては叶えられたらしい。しかも、一生の幸運を使い果たしたような勢いで。
というのも、不意に窓の外が光ったかと思うと、見覚えのある人物が、外に現れたのだ。
……ちなみにここは五階で、窓の外はベランダでもないのだが、あいつ――いや、彼女に限って言えば、別に空中浮揚などは驚くにも値しない。
宴会場の中を覗いた「彼女」は、倒れている貴樹を見つけて眉をひそめた。
途端に、彼女の視線を受けて窓の鍵が勝手に外れ、ガラガラと大型のサッシが開いた。
ぼんやりと輝く彼女が、滑るように暗い宴会場の中へ入ってきて、空中で浮遊したまま貴樹を見下ろす。
漆黒のゴシックドレスに、両足の黒いストッキングが、恐ろしいほど似合っていた。
しかも、最後に見た時より、胸がかなり成長したような……まだ十四歳なのに。
「一年ぶりね、わたしのお友達兼契約者さん」
ぽつんと告げる少女に、貴樹は夢遊病者のように呟いた。
「ロザリー・ヴァランタイン……うん、久しぶり」
彼女の名前であり、そして自分でも信じ難いが、貴樹の幼馴染みである。
金髪の長い髪に、薄赤い瞳、それに生まれてから一度も外出したことがないかのような、真っ白な肌。この子の正体を聞き、そしてその正体を信じることができる人間は、ちょっと少ないかもしれない。
貴樹が「世界の謎」と勝手に呼ぶ存在、そのものだった。
この子の存在を思えば、異世界の実在やその侵攻などは、まだまだ信じやすい方である。
「さすがロザリー……登場するタイミングが神がかってる。ちょうど、ロザリーの登場を願ってたんだ」
「わたしは、貴樹に警告するために早めに帰ってきたのだけど。あなたの家はあんなことになってるし、おまけにいないと思ったら、こんなところで倒れてるし」
すうっと畳の上に降りたロザリーは、その場に座り、軽々と貴樹の身体を膝の上に抱き起こしてくれた。まさに人外のパワーである。
いや、実際にこの子は人間じゃないが。
その人外少女は、子細に貴樹を眺め、また優雅に眉をひそめた。
「……生命力が枯渇しかけているわ……一体あなた、こんなになるまでなにをしたの?」
「話せば長いんだよ、ロザリー」
全然関係ないが、この子も独特のよい香りがする。
「この有様の説明は後。先にわたしの話を聞きなさい!」
記憶にある、不思議な権威を感じさせる口調で、ロザリーは断固として述べた。
「命の火が尽きかけている……わたしのプラーナを分けてあげるから、しばらくじっとしてて」
「恩に着る……借りその一だな」
「普通の人間なら、死んでも知ったことではない。でも、貴樹はわたしの契約の相手……だから仕方ないもの」
既に貴樹の額に手をかざしつつ、微妙に目を逸らしてロザリーが言う。
「はは……ホント、感謝するから」
全身が心地よくなり、貴樹はまたしても意識を失いそうになっていた。
またしても気を失う寸前、ネットでかなり前に流行ったコラージュ画像を思い出した。
すなわち、ドレスの美少女が両手を広げ――
「早く今月の友達料、払ってください! 3万円!」
……などと、寒いことを語りかけている画像である。
「これがまた……実に俺達の関係に近い……よなあ」
「寝言いってないで、あとはわたしに任せて、少し休みなさい」
言葉の割にはロザリーの声音は優しく、しかも頬を撫でてくれた。
次の瞬間、貴樹は安からに眠りについていた。




