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妹日記から始まる異世界侵略  作者: 遠野空
第二章 侵攻実験の謎
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ニアデス

 それからさらに数日後の五月二十日にも、またしてもあの厄介な黒いケースが届いた。


 その頃には貴樹は、既に最初に見えた瑠衣の後光が、実は誰にでもある人体が発するオーラだと気付いていたし、そして大気――いや、風を操る方はさらに上達し、今や立派に「これなら攻撃手段としては上等!」と言えるほどに習得していた。

 要は、プチ魔法使いデビューといっても良いのだが、もちろんその反動はある。


 二度目を飲んだ翌日、貴樹が試しに自分のオーラを眺めると、それはもう悲惨な有様だった。具体的には、球切れ寸前の蛍光灯みたいな輝き方であり、別に「薬飲むとヤバい」などという前知識がなくても、「俺、弱ってる!」と簡単にわかる有様だった。


 正真正銘の魔法使いであるところの瑠衣も、かなり心配しているようだった。

 例えば、昨晩の日記にはこうある。





☆五月十九日☆

お兄様が心配です


最近のお兄様は、以前にも増して瑠衣に優しくしてくださいます。

昨日などは、「たまには妹にプレゼントだぜいっ」などと仰り、真っ白なウサギさんのぬいぐるみを買ってきてくださいました。

……お母様が亡くなって以来、こんな嬉しいプレゼントをもらったことは、ついぞありません。

思わず泣き出しそうになったほどですけど、喜んでばかりもいられません。

最近のお兄様は、どうも健康を害しているようなのです。

少し歩くと疲れるご様子ですし、学校も頻繁にお休みされます。


強がりなのか、「知ってるか、瑠衣。そもそも歴史上の偉大な男は、学校なんか通ってない!」などと意味不明のことを仰いますが、もちろん通いたくても通えないほど体力が落ちている、というのが本当のところだと思います。

瑠衣は……瑠衣は、以前よりずっとお兄様のことを好意的に見ることができるようになっています。お兄様はもう、ちらちらと瑠衣を盗み見ることもしなくなりましたけど、「お兄様なら、少しくらいは」と思えてしまい、自分でも驚いたほどです。

それと、最近になってようやく気付きました。


誰かが自分のことを気にかけてくれているというのは、ちゃんと本人にも伝わるものですね。

だって今、瑠衣はお兄様がいつも気にかけて下さっていることに、気付いていますもの!

それだけに、瑠衣もお兄様の身体が心配です。

お兄様……貴樹さんが、ルイの本当の兄上ならいいのに……。





 まだ瑠衣が帰宅していない間に、昨晩書かれたその日記を読んだ。

 ちなみに、もはや魔法のロック解除のための動作など、貴樹にはまるで必要なかった。普通に最初から全部、文字が見える。

 例によって最新日記を二度読みした後、貴樹は大きなため息をつき、回収した本物のケースを持って、わざと家を出た。


 三度目の今回ばかりは、もう隠しようもなく弱るだろういうのが、目に見えていたからだ。

 とにかく自力で歩けて、なおかつ「平気平気」と強がりを言えるくらいには回復しないと、瑠衣にいらぬ心配をかけてしまう。

 そこで貴樹は、近所の公園ではなく、よく幼馴染みと遊んだ、廃ホテルの中へ忍び込んだ。貴樹が裏山と呼ぶ小さな山の中腹にあり、オーナーが逃げたせいか、未だに雨ざらしのまま放置されている。


 ここなら、人目につくこともあるまい。

 そのホテルの比較的老朽化が少ない五階の宴会場まで上がり、貴樹は覚悟を決めて二つの小瓶を手に取った。明らかな効能があるとわかったのだから、今更やめられない。


「しつこいけど……せめて、おまえがいてくれたらなあ」


 場所が場所だけに、実家のゴタゴタだとかでこの一年ほど留守にしている幼馴染みを思い出し、貴樹は力なく笑った。

 思えば、いくら証拠があるとはいえ、異世界だの王女だのを素直に信じられたのは、あの子の存在があってこそである。

 まさに、世界の謎をそのまま象徴するような存在なのだ、あの子は。

 それだけに、今こそそばにいて力になって欲しいのだが、まあ人生はままならないものと相場が決まっている。


「仕方ない……ここは一人でなんとかする時だ。よし、さらなるパワーを求めてゴーだ!」


 わざと茶化したセリフを吐き、貴樹は二本の小瓶を豪快に一気飲みした。

 しばらくして、当然のように嫌な反動が来たが――今回は全身を襲う痛みに耐えきれず、貴樹の意識は簡単に闇に呑み込まれた。


(や、ヤバいっ。もしかして……本当にイッちまう……のか……まだ俺には肝心の役目が)



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