この年で白髪っ
それでも結局、貴樹は悩みに悩んだ末に、中身をまたしてもすり替えた。
もちろん、もう瑠衣が泥酔しないように、すり替えた水に入れるアルコールは、前回よりさらに少なめにしたのは言うまでもない。
まあ本音を言えば、また酔って半裸で来てくれるのも嬉しいのだが……前は二日酔いが辛そうだったし、さすがに自重した。
後は、牛乳箱ではなくポストの方に、すり替えたケースを入れておいた。
真面目な性格の妹は、学校から帰ったらまずそこを覗くことを、貴樹はよく知っていたからだ。
全ての下準備を終えた後、二本の小瓶を例によって一気飲みした。
今回、中身は捨てようかと思ったが、やはり「異能力ゲット!」の可能性を考えると、捨てることはできなかったのである。
結果として、またしても貴樹はあの嫌な「早鐘を打つような心臓の鼓動」を体験した。
しかも、今回は前回より起こるのが早かった気がするし、さらに症状が強く出た。
呼吸が乱れ、心臓はリミッターの外れたエンジンのごとくガンガン鼓動を繰り返し、全身が脂汗に塗れる。ヤバい、妹が帰宅するまでに治ってないとまずいぞっと思ったが……今回、回復も前よりは早かった。
とはいえ、後からダルさの反動が来るのもずっと早かったし、しかもその症状はより深刻だった気がする。ほんの少しとはいえ、白髪までできていたからだっ。
「し、白髪っ。高一で白髪とかっ」
洗面所の鏡で見て、貴樹はぞっとした。
くそっ、こんなの絶対に妹に飲ませられるもんか!
もちろん、文化部の活動を終えて帰宅した妹も、貴樹の顔を見て息を呑んだものである。
「お、お兄様っ。どうなさいました!?」
「お帰り……ていうか、なんかおかしい?」
しらばっくれて訊くと、瑠衣はまじまじと貴樹の顔を見つめ、案ずるように言う。
「目の下に真っ黒なクマができていますわ。それに少し白髪ができたような……」
やっぱり、すぐ見てわかるのか!
密かに絶望した貴樹である。そのうち真っ白になったら、誰が責任取るんだ、くそっ。
「ははは……まあ、長引いた風邪のせいだろう――」
しょぼくれて下を向いていた貴樹は、そこで初めて顔を上げて瑠衣を見やり……そして固まった。
なんと、瑠衣の……妹の長い髪が……煌めく黒髪から、煌めく銀髪になっている。それに肌も、日本人離れした白さにっ。
「か、髪っ」
「ええ、ええっ。その髪です。少しですけど、白いものが」
「いや、そうじゃなくっ」
震える指で指差しかけ、貴樹はようやく気付いた。
……もしかしてこれは、本来の妹の姿では? 今や、瞳も黒じゃなくて空色だが。
つまり、青空みたいな色の瞳と銀髪、それに白磁の肌が本物のルイ王女の姿であり、普段の瑠衣は魔法かなんかで擬態していたのだ。
しかし、貴樹の魔力が増して、もはや擬態魔法が通用せず、真の姿が見られるようになった……とか。
「他に考えられないよなぁ」
「なにがでございましょう?」
「いや――」
首を振り、貴樹はわざとらしく今気付いた振りをして、指摘した。
「ところで、その手に持っているケース、なに?」
「こ、これはっ」
慌てて小さいケースを後ろへ隠し、瑠衣は激しく首を振る。
「な、なんでもないのですっ。る、瑠衣の知人が寄越したもので……その、前々から約束のあったプレゼントなのですわ」
……正直者の瑠衣らしい、言い訳だった。
基本的にギリギリ真実に近い言い方である。まあ、プレゼントの部分は違うと思うが。
「へぇええ。瑠衣にも彼氏ができたかな」
ダルすぎて立ってるのも辛いので、貴樹は力なく笑い、壁にもたれかかった。
「男の人はあまり好きじゃありませんから、違います。それより、本当に大丈夫ですか、お兄様」
「平気平気。一晩寝れば治るさ」
――むしろ、今度はどれだけ力を増したか、それが早く知りたい。
本当の本音は喉の奥に押し戻し、貴樹はあくまでもすっとぼけておいた。
妹よ……おまえの身は俺が守るからな!




