ロン毛若造、グレンの接触
幸か不幸か、あの半裸告白の全てを、瑠衣はけろりと忘れてしまったらしい。
早朝になると頭を押さえて辛そうにしていたので、二日酔い状態だったのは間違いない。酔っ払いは酔っていた間のことをよくけろっと忘れてしまうので、おそらく瑠衣も忘れたのだろう。
かりそめの兄妹にとっては、幸いだったということだ。
ただ、大気の流れを見ることが出来る他に、貴樹としては「予知夢も発現した力か?」と期待してしまったのも事実である。
数日を経過しても、今のところはあんな夢は見ないが、今後また同じように予知夢を見る機会もあるかもしれない。
あと、大気の流れを見る方は、ついに具体的な力の発動までこぎ着けた!
「流れが見えるなら、その流れを意のままに動かすこともできるんじゃ?」
そう思って貴樹が試したところ、拙いながら、衝撃波のようなものを起こすことができたのだっ。例の公園で、ブランコの上に空き缶を置いて試したところ、貴樹のプチ衝撃波で、見事に空き缶を吹っ飛ばすことができたのである。
さしたる力ではないが、死ぬ思いをしてなにも変化ナシよりは、よほど有り難い。
「これはっ。将来はカメハメハまで行くかもなっ」
貴樹は俄然、自分の能力を磨くことに熱心になった。
帰宅した後に部屋で異能力をコントロールする練習をするのはもちろん、登下校時にも、歩きながら出来損ないの太極拳みたいな動きをしつつ、発射の練習をした。
……お陰で、子供連れの奥さん達が気味悪そうに避けて通っていくが、六月一日の侵攻実験とやらが近付く今、そんなことを気にしている場合ではない。
当然、あの夜から数日後の五月十六日にも、帰宅中の貴樹は発動の練習などしつつ歩いていた。
自宅前についても、「おっ。今なら結構、いけそうなっ」と独白し、「はぁあああ」などと両手を舞わせつつ、特大の衝撃波(当社比)を放とうとしていたほどだ。
貴樹的には、「我ながら、なかなかの手の舞ではっ」と勝手に自己陶酔していたものの、
そばで見る者がいれば、「幼児が、インチキ拳法の型を真似たみたいな動きだな」と称したかもしれない。
それどころか、自宅前で下手くそな舞みたいな動きをしている貴樹を、本当に見ているヤツがいた。
「――げっ」
出来損ないの太極拳みたいなポーズで固まり、貴樹は私道の向こうを見る。
見覚えのあるロン毛のスーツ男……あのグレンとかいう若造が、距離を置いてなんとも言えない顔つきで貴樹を観察していた。
もう目つきからして「大丈夫なのか、このガキは?」と雄弁に語っている。
おまけに頭を掻いて、嫌そうな顔でため息までついていた。
「あ、あんたはっ」
慌てて向き直って声をかける前に、グレンが先制した。
「草薙瑠衣さんの自宅で、間違いないんですよねっ」
黒いケースを手に近付いてきたグレンの声は、貴樹の頭上でガンガン響いた。
「声がデカいっ。あ、あんたな、なにを今更――」
「これを」
また貴樹に最後まで言わせず、手にしたケースを押しつける。
どう見ても、例のクソッタレファッキンな薬品が入ったアレである。
「瑠衣さんに渡してくれます? 身体によくないけど、渡せばわかるんで」
「よくないって……あのなあっ」
うっかり受け取ってしまった貴樹が不満を表明する前に、ロン毛グレンは腰を屈めてぐっと顔を近づけてきた。
「近い、近いぞっ」
貴樹は慌てて身を引いた。
「おまえ、しまいには俺のウルトラグレート衝撃波の餌食に――」
「いいですか、間違いなく瑠衣さんに渡してほしい!」
貴樹に倍する迫力で、言われた。唾まで飛んでいた。
「あと、今後は本国から届く度にこっそり牛乳箱に入れておくから、学校帰りに毎日確認お願いしますよ。ちゃんと伝言、頼みましたぜ! 本人にそのまま改変せずに伝えてくださいよ。飲み干すと弱ったりするけど、気にせず全部飲んでくださいと。そう伝えてください。一応、素人玄人を問わず、当人の才能次第で、魔力が増す余録もありますしねっ」
言いたいだけ言うと、踵を返してさっさと立ち去ってしまった。
後に残されたのは、あの嫌なケースを持って呆然とする、貴樹のみである。
さすがの貴樹も、ここまでわざとらしい言い方をされると、思うところがある。
……前もチラッと思ったが、あいつこっそり瑠衣に味方しているわけか? 味方とまではいかなくても、少なくとも気にしているような。
「――まあ、それが本当だとしても」
貴樹は手の中のケース眺め、盛大に顔をしかめた。
「当然ながら、俺のことなんかさっぱり気にしてないみたいだな……どうせ俺は、死んでも問題ないモブだよ、けっ」
今回もまた、中身をすり替え、本物は自分が飲むべきか?
貴樹は早速、頭の痛い課題に直面した。
強くなって瑠衣を守りたいのは山々だが……その前に死んでしまったら、元も子もない。
あいにくこれはゲームではなく、本当に命尽きても「おお、勇者タカキよ。死んでしまうとは何事じゃ!」で、お手軽に蘇りはしないのだ。




