そして泥沼へ
このゲームのキャラクリは、かなり自由が利く。
しかし、これはVRMMO以前に既に分かっていたことだが、自由であることと思い通りにキャラクターを作れることは必ずしも一致しない。
つまりテクニックの問題だ。
自由性が高いほどキャラクリは複雑さを増す。どこかで妥協しなければいつまで経ってもゲームを始めることができない。だから大抵のプレイヤーは人間の姿をしている。
だが、着ぐるみ部隊は違う。
人類史上初となるVRMMOとの遭遇に際し、彼らは他のプレイヤーとはまったく異なる視座を持っていた。
おそらくは、最初に見つめていたのはシステムだ。
生命体としての破綻を、このゲームはどこまで許容するのか?
彼らの内、幾ばくかはゲーマーではない。専門的な知識を持ったプロフェッショナルだ。
天を衝く巨人を作ったらどうなる? スタートと同時に骨格を支えられずに果てるのか? では逆に豆粒のような小人はどうか? 内臓はどうなる? 動物を模したなら声帯は? 喋れるのか?
着ぐるみ部隊は国内サーバー最高の頭脳集団だ。
それは決して偶然ではない。
手元にある人の理を捨て、なお破綻しないキャラクリをできるような者たちが、只人である筈がないのだ。
1.壁の中に居る
季節は秋に移ろうとしていた。
冷たい雨が降っている。
お犬様率いるヤマダシリーズが丸太小屋に迫る。
この時、奇しくも肉体の呪縛から解き放たれた俺は奇妙に落ち着いていた。肝が座ったというのか。否、あるいは電光石火の早業で命脈を断たれたことによる混乱の極致だったのやもしれぬ。
よもやお犬様が、という思いがあったことは否定せぬ。
かように着ぐるみ部隊が表舞台に立つことは珍しきことであった。
まぁそういう日もあらぁな。
一行で済ませた俺は、壁をすり抜けて居間に戻った。殺された理由もよく分からなかったし、ひとまず現実から目を逸らしてみたのだが、目を逸らしたら逸らしたで余計なネタバレ食らった感が凄い。いっそ何も知らないままリアクションの限界に挑みたかったわ。つーか俺は何でいきなり刺されたの? 突然の出来事にさしもの俺もリアクションできなかったぜ。血を吐きたいやら吐きたくないやらで生理的な反応に忙しかったのよね。
いや、殺されたと考えるのはよそう。おれにはまだ意識がある。そうだ。俺は生きてる。次のステージに進むんだ。この俺という意識の消滅を死と仮定するなら、俺はまだ一度も死んだことがないということになる。まさしく不死身の男だ。
ぐったりした俺の身体を劣化ティナンが優しく抱えている。俺の腹から生えた赤カブトの剣がまるで墓標のようだ。いや墓標っつーか。
ともあれ、俺の死を以って元騎士キャラと赤カブトの緊張状態は一応の決着を見たようだ。何がなんだかさっぱり分からねえが、リビングアーマーがどうたらとキャッキャとお喋りしている。
俺の死体が一つ転がっていることに目を瞑れば穏やかな光景と言えるだろう。いや、さすがに目は瞑れねえけどな。居間に踏み込んできたヤマダシリーズも俺と同意見のようで、
「失礼! 崖っぷちをこちらへ引き渡して貰おう! 死んでるー!」
俺の身柄を拘束しようと張り切っているところ申し訳ないが俺は既に事切れており、俺の身柄を要求したヤマダシリーズは仰け反って床にすっ転んだ。
なんだよ、標的は俺なのか?
お犬様が部下を押しのけて居間に入ってくる。
「拘束しろと言った筈だ。抵抗されたのか?」
「いえ……。その、我々が踏み込んだ時には既に……」
さしものお犬様も俺の死は読めなかったようだな。俺の腹から生えている剣を見つめて、ぽかんとしている赤カブトに視線を振る。武器を見ただけで下手人を看破したようだ。
「何故殺した? 喧嘩か?」
何故、と問われて赤カブトはもじもじする。赤らめた頬を両手で挟んで、ぶんぶんと頭を振った。
「なんでって。そ、そんなの言えませんよぅ!」
なんでだよ。言えよ。動機は何なんだよ。
しかし悲しいかな今の俺は現世と関わりを持てぬ幽体である。ここはお犬様が俺の無念を晴らしてくれることを期待するしかない。
お犬様がくるりと振り返った。壁にもたれかかっている俺と目が合う。
「我々の動きを事前に察知したのか。これでは質にはならん。ネフィリアの弟子とは聞いていたが、魔王とはこれほどのものか……」
何を言ってるのかさっぱり分からねえが、ここはネフィリアたんの株を上げておくぜ。俺はスッと目を細めてお犬様のつぶらな瞳を真っ向から受け止めた。
お犬様、お羊様に是非を問わんとコタタマを質に取らんとするも、既に死して是に能わず。
(お犬様は俺を先生との交渉の材料にしようとしたが、もう死んでいたので諦めた)
2.クランハウス-先生の居室
ログインした先生は俺の冥福を祈ってからお犬様と一緒に居室に戻った。俺も同席している。特に同席しろと言われた訳ではないが、俺は着ぐるみ部隊のファンなのでお二人の会話にとても興味がある。
座敷にちょこんと座った先生の差し向かいにお犬様もちょこんと座る。
口火を切ったのはお犬様だ。
「ヤギ。私の用向きには察しが付いておろうな?」
お犬様は先生をヤギと呼ぶ。
先生には、実は山羊さん疑惑がある。先生のお名前はGoatという。Goatとは山羊のことである。先生一流のジョークという説が主流なのだが。
先生は俺をちらりと見てからコクリと頷いた。
「ヤマダさん。その件については私に一任して頂ける、という約束だった筈」
「事情が変われば約束事も見直すのが道理であろう。ヤギよ。直入に言う。クラスチェンジ条件を公開せぃ」
お犬様の話はこうだ。
ウィザードの転職条件について、着ぐるみ部隊は先生に判断を委ねるという立場だった。
しかし俺がプレイヤーを皆殺しにしたことで事情が変わったらしい。なんでもゴミどもはウィザードが云々より俺の復活が気になるらしく、それにより先生の処刑は有耶無耶になったのだ。
そのことを、お犬様は良い傾向とは思っていないようだ。
「今回の件で言えば、結論の先送りは悪い結果にしか結び付かん」
そう言ってお犬様は空中浮遊している俺をちょいちょい手招きした。はいな。お呼ばれした俺はお犬様に近寄る。
「ヤギが言わんので私が言う。君が悪い」
俺っすか?
お犬様は頷いた。舌をべろりと出してハッハッと浅く呼吸する。両手を交差し、
「そう。君。ヤギがウィザード、君がデサント。バランス取れてるからヤギは何も言わん。何もせんことにした。君を庇うためじゃろう」
えっ。バランス? 何を言われてるのかさっぱり分かりませんけど。先生、そうなんですか?
違うようだ。先生は首を横に振った。
「ヤマダさん。それは違う。それは一つの要素だ」
「いいや、違わん。判断基準の一つではあろうが、お前は少し変わった。この子の側に寄っとる。お前に限って自覚がないということもなかろうが……」
そういえば、先生は俺のセーブデータが吹っ飛んだことを気にしてたな。そんなの気にしなくていいのに。記憶喪失って言うと重く聞こえるかもしれんけど、物忘れの一つや二つ誰だってするだろう。記憶がなくなっても俺は俺だしな。
まぁその辺は人それぞれか。記憶がその人間の全てっていう考え方も世の中にはある。ただ俺はそう考えてないってこと。例えば俺の身体に別人の魂が宿ったとしても、俺の身体である以上、そいつは俺だ。俺はそういう考え方をする。俺の脳みそも俺のボディも等しく俺のもんだ。どっちが偉いってことはない。
お犬様は俺をじっと見つめている。なんでしょ。
「でっかくなったな。君のことはずっと前から知ってる。嬢ちゃんと組んで悪さしてた頃から。いや、それは今もか」
ネフィリアのことだろう。国内サーバーに悪名を轟かせる魔女もお犬様に掛かれば悪ガキの一人だ。
「君はもしかしたらヤギのこと聖人君子か何かみたいに思ってるかもしれんけど、それはちょっと改めたほうがいいな。嬢ちゃん育てたのコイツだから。コイツは嬢ちゃんがどういう子か分かってた上で育てた。それはな、自分の興味事を優先したからじゃ」
俺は別に先生のことを完璧超人だとは思っていない。単純な戦力ならサトゥ氏のほうが上だろう。指揮能力で言えばリリララのほうが上かもしれない。
ただ、神だと思ってる。
するとお犬様は、俺の胸中を読み取ったようにこう言った。
「ヤギも人の子よ。情に負けて判断誤ることもある。今回の件がそうじゃあ。自分の立場どんどん悪くしとる。傍観者気取るにも限度あるしな。まぁワシらも悪かった。コイツ滅多なことじゃミスせんからな。頼りすぎた」
着ぐるみ部隊のリーダーは先生だ。けど先生が一番偉いという訳ではない。ティナンとの交渉やバザーの管理監督に先生が一番向いていたということ。
つまりは得手、不得手。人の機微に沿うという面においてはお犬様のほうが上なのかもしれない。
「ヤギよ。ひょっとしたら正しいのはお前かもしれん。お前のことじゃ。相当先まで読んどるじゃろう。しかしな、思い上がったらいかん。このゲームはお前だけのもんじゃない。一人で何でもかんでも背負うな。周りのもんに相談せぃ。それで勝ち目が薄ぅなったとしても仕方ないじゃろ」
先生……。
俺とお犬様は先生を見た。
先生はしばらく黙っていたが、やがてコクリと小さく頷いた。
「……ありがとう。ヤマダさん。私は良い弟子だけではなく、良い友にも恵まれた。悔いはない」
この日、お犬様の説得に応じた先生はウィザードの転職条件を公開することにした。
それは【敗残兵】と【目抜き梟】双方による生放送で大々的に発表されたのである。
ウィザードのクラスチェンジ条件。
それは、この星の成り立ちに関して一定以上の知識を得ること。
持つことではない。得ることだ。
生放送の中で、先生は一つだけこの星にまつわる事実を発表した。
ティナンが暮らし、魔物たちが生きるこの惑星には古来より魔法と呼ぶべきものが存在する。
その魔法とは、他者を縛る法。
ティナンの王族が持つ勅命の力。そして魔物の上位個体に発現する下知の力である。
そして、それらを何らかの人為的な方法で強化し、発展させたものを。
……【戒律】と呼ぶのだ。
情報を秘匿した旨、ぺこりと頭を下げて謝罪する先生に、生放送を見守る俺含むゴミ一同はにっこりと微笑んだ。
なるほど、あるいはお犬様の言うことは正しいだろう。このゲームは先生だけのものではない。正解というものがあるとすれば、それはプレイヤー全員が手に手を取って探るべきものだ。
だが、先生もまた正しかった。そう言わざるを得ない。
着ぐるみ部隊が思う以上に、そう、彼らの予想を遥かに上回り、俺たちはアホだったのだ。
正直に言おう。俺たちは、先生が何を言っているのかさっぱり分からなかった。いや、分かった気にはなったかもしれない。
魔法がある。なるほど。昔から。なるほど、なるほど。結構なことだ。【戒律】が。ほう。そうだったのか。
うむ。つまり、だから何だろう?
そう、俺らはアホであった。
先生があれだけ分かりやすく説明してくれたのに、話の本質をまるで理解していなかったのである。
事の次第が判明したのは後日の出来事である。
つまり先生はこう言っていたのだ。
ウィザードのクラスチェンジには、実質的な回数制限がある。
ネットで情報収集なんぞやらかした日には、下手をすれば二度とクラスチェンジできなくなる。
何故ならそれは、キャラクターが得た知識ではないからだ。
これにより、選ばれしアホたちの戦いが始まる。
これは、とあるVRMMOの物語。
Q.国外版の情報がまったく入ってきません。ネットの情報規制とかアホなんですか?
A.アホはお前らです。
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