ネフィリアP
1.クランハウス-居間
システムアナウンスは信用に足る情報をプレイヤーに与えるものだが、いつしか目的は手段に……今となってはまったく異なる判断基準で動いている。
演出だ。
人間は普通に生きていてドラマのような展開が訪れることはないから、脚光を浴びることに不慣れで、輝かしい人生を錯覚させるとコントロールしやすい。街中でスカウトを装ってアイドルにならないかと声を掛けるようなものだ。
これまでの数々のレイド戦で集団行動が苦手な俺らを一致団結させ、戦意を煽って死地に追いやってきたものはアナウンスの「演出」なのだ。
……まぁ全てがそうとは言わない。このゲームの怪奇・妖怪・スキルくれよお化けがそういう「場」を整えたというのもある。
アナウンスとはそういうものである。
しかし今のは……?
妙な具合だ。俺個人に向けた説明のように感じた。
システム。俺に何を期待している?
俺を迎えに来てくれたハズのギルドパイセンたちが、警戒を露わにジリジリと後退していく。
兵科は歩兵だったか。ウチの丸太小屋に土足で上がり込んだ女はラム子の麾下にはないギルドマンなのだろう。
新手の十三氏族……。まず変身種族と見ていい。ここに何をしに来た……?
俺は後ろ手に金属片を凝集して球状に成形した。【指】は使えない。モグラ女のデバフが効いてる。今の俺では制御できない。いざとなったらカーチェイスで道連れにするしかない。
十三氏族のノブヲ。外見は二十代前半の女性だ。身なりがきちんとしているからそう見えるだけで、ハイティーンの少女かもしれない。その辺は個人差があるので判別しにくい。
容姿端麗。NAiやマレと同種の美貌だ。照れがない。キャラクリで100%純正のストレートを投げ込むのは一種の変人だ。普通は多少の変化を付ける。この女にはそれがない。
武器は持っていない。ギルドマンなら金属片を操って戦える。武器は重荷だから持ち歩かずに済むならそれに越したことはないと考えるのは割と自然な成り行きだ。何しろ武器ってのはデカくて重い。カッコイイで我慢できる許容量を越えてる。
非武装だから安心ってコトはないが……。
俺はチラッと女の手を見た。
あのモグラ女は伸ばした爪を戦闘用にデコっていた。異様に太くて硬そうな爪だった。宇宙人の、そういう特徴は見た目に表れる。
俺はバッと魔石を取り出した。女を視界に収めつつ、すり足で移動してギルドパイセンらに声を掛ける。
「パイセン。コイツは十三氏族だ。歩兵のレベル204。たぶん変身できる。ベムトロンの知り合いらしいが……偶然ふらっと立ち寄った感じじゃあないな。気を付けてくれ」
女はじっと俺を見つめている。いや、観察している。ニマッと笑った。なんだ……? 俺から視線を外し、ギルドパイセンらに向き直ってぺこりと頭を下げた。
「ノブヲと言います。皆さんはラムダの兵団ですね? 邪魔をしてしまってゴメンなさい。ただ、彼は演技派ですから。そう簡単にはそちら側には行きません。自分のことを物分かりの良い人間だと本気で思っているようで……ご迷惑をお掛けしました」
おい! あんた何を勝手なことを……!
だがギルドパイセンらは思い当たるふしがあったようで「いえいえ、こちらこそ」みたいなノリでお辞儀して黒いアーチを潜って帰って行った。
ああ……。
口惜しいが俺は見送ることしかできない。興が削がれたとでも言うのか、俺の中にあったハズの「確信」がどんな形と色をしていたのか思い出せなかった。どんなに良い夢も悪夢ほどのインパクトはなくて、時が経てば忘れてしまうような……そういう感触だけが後味として俺の中に残っている。
俺はギルドになり損ねた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、確信に足る何かを俺は何一つ持ち合わせていない。だからイヤなんだ。人生には正解がない。なのに、どいつもこいつも大人しく生きることや地道に努力することが正解だという顔をして生きている。それは恐ろしいほど自己犠牲的で、献身的なのに、社会は微々たる報酬を支払うだけで、俺にはとても報いているようには思えないのだ。
パイセンらを見送り終えて、俺は改めて女と向き合った。
あんた……本当に何なんだ? 何がしたい?
ノブヲと名乗った女はフッと笑った。困ったヤツめと言わんばかりの顔。美人なのに……なんかムカつくんだよなぁ。ノブヲが言う。
「私はアメノズク家です。『彼女』はどう名乗りました? アメノズク・メアは。……つまり、こうです。アメノズク家はこの件を『内輪揉め』として処理します。ご協力願えますね? チェンユウくん」
2.【目抜き梟】クランハウス-ダンスホール
と、まぁそういう訳だ。
俺はウチの子たちとアイドル気取りどもにノブヲさんを紹介した。ステラとキャメルも混ざっているが……そういえば俺が連れて来たんだったな。
ツヅラが疑ってますと言わんばかりの目でじろじろとノブヲさんを見る。
「……信用できるの?」
……するしかねぇーだろ。
俺の心境は複雑だ。
ノブヲさんは俺をチェンユウと呼ぶ。
それは俺の中国ネームのようなもので、つまりこの女はおそらくオムスビコロリンと何らかの繋がりがある。
コロリンくんに俺はツヅラの件で貸しがあり、潜在的な味方と見なしている。
そう考えると、ノブヲさんの言い分もある程度は信用できる。
十三氏族が一つ、アメノズク家は惑星ティナンのガムジェムに目をつけており、かなり強引な方法でDM星人に接触を図った。ただし、あのモグラ女……アメノズク・メアは上の命令に従って暴れている訳ではない。彼女の独断専行を利用する形でアメノズク家は動いている。ノブヲさんはその先鋒だ。
俺がモグラ女とヤり合って引き分けに持ち込めたのは奇跡に近い。変身される前に大きなダメージを与えることができた。変身種族の変身は身体への負担が大きく、かなりの余力を要する。そこをうまく突いた形だ。
とはいえ、もう一度ヤッたら俺は確実に負ける。
だから俺たちには、ノブヲさんの力が必要なのだ。
信用するしかない。
俺は腰に手を当てて深々と溜息を吐いた。
……できないよ、信用。この女は怪しすぎる。怪しすぎて、せっかく美女とお近付きになれたってたのに嬉しくない。
マグちゃんが小首を傾げて言う。
「てか、ロストしたよね? 見てたよ。ダイジョブそ?」
ああ、うん。まぁ俺の場合、ロストしてもレベルがリセットされるだけだからね。
俺は嘘を吐いた。
ギルドになり掛けたなんて言えない。
こうして俺はとなりでニマニマしている怪しい女に弱味を握られていく。
……構うものか。どの道、十三氏族なんてのは俺らの手でどうにかなる相手じゃない。この女はやろうと思えばこの場に居る俺たちを簡単に皆殺しにできる。裏切りを警戒してもあまり意味がない。その時は俺らごときに随分と手間ヒマを掛けたなと皮肉の一つでも浴びせてやるとしよう。
一方、女どもは前向きだった。
転校生がやってきたノリでノブヲさんを取り囲んで質問タイムに入る。
ノブヲさんは如才なく対応した。
固有スキルはどんなの?といった気になる質問もあったが、ナイショとのこと。手札を明かすつもりはなさそうだった。
俺は聞き耳を立てながら少し離れたところで地べたに座る。アメノズク・ノブヲ……。どこかで俺はコイツと会ってる? どうも態度がチグハグというか……俺をからかって遊んでるみたいな感じがする。……整形チケットか? それはあり得る。俺の目は個人識別に有効だが、万全ではない。俺の目をすり抜けるプレイヤーは居る。だが、いや……。
スズキがノブヲさんのほうを気にしながらこちらに歩み寄ってくる。何か内緒話があるようだ。
「コタタマ? なんかあんまり嬉しそうじゃないね。ノブヲさん、キレーな女の人なのに」
スズキは目端が利く。追求されるとボロが出るかもしれない。俺はあえてノブヲさんを怪しんでいることを小声で打ち明けた。
ノブオさんな。俺のことをチェンユウって呼んだ。俺をそう呼ぶのは中国人だけなんだ。ツヅラもそうだろ? ノブオさんは宇宙人だけど……どこかでオムスビコロリンと接触したのかもしれない。ま、ポロッと俺をチェンユウって言った感じじゃなかったからさ。そんなに深刻な問題じゃないと思う。私はお前のことを知ってるぞって感じだよ。
「ふうん……」
となりにしゃがみ込んだスズキが俺の目を覗き込んでくる。自分の目を丸い指先で指差して、
「目、元に戻った? コタタマはレベルリセットしても霊感は消えないんだよね? ギルドの目はどっちなの?」
あ、いや、どうかな……。
逃げ道を用意されていると感じて俺はとっさに誤魔化した。逃げた先が行き止まりでは困るのだ。
スズキ……。やはりコイツは目端が利く。俺のレベルリセットを疑っている。
どうしたものかと考えていると、ダンスホールに俺好みのキレーなチャンネーがツカツカと歩いてやって来た。俺はカッとなった。
テメー! ネフィリア! よくも俺を殺したな!
ネフィリアは俺を一瞥し、すぐに興味を失ったかのように視線をノブヲさんに移した。
「新入りか? 名前は?」
「……ノブヲと言います」
ネフィリアはどことなくベムやんと似た雰囲気がある。ノブヲさんの態度が何やら殊勝だ。
ネフィリアがウンと頷く。
「ノブヲか。いいだろう。全員、そこに並べ」
整列ゥー!
俺はお師匠様の横に立って復唱した。
女どもがパタパタと整列する。
ネフィリアが俺に目を向ける。
「話はどこまで進んでる?」
ウチの連中にダンスを仕込んでベースルートを開くって話までっス。新入りには軽く概要だけ。
ネフィリアがウンと頷く。
「よし。では、ひとまずお前のプランでやってみろ。ノブヲ、お前は私に付いて来い」
ノブヲさんは「ハイ!」と良い返事をした。十三氏族だろうと何だろうと、しょせん指示待ち人間は仕切り魔の軍門に降る宿命なのだ。
キビキビとダンスホールを出ていくネフィリアにノブヲさんがカルガモの子のように付いていく。
たぶんノブヲさんのことを【目抜き梟】の新メンバーか何かだと勘違いしているが……まぁいい。ネフィリアは判断と決断が速すぎて、たまにこの手のミスをやらかす。
俺はパンパンと手を叩いて女どもを急かした。
時間がない! 始めるぞ!
3.練習パート
俺がウチの子たちとキャッキャウフフな練習パートを進める一方その頃……。
敏腕Pのネフィリアは新入りのノブヲにアイドルのイロハを叩き込んでいく。
ノブヲはスターの原石であった。
極めて優れた運動能力はダンスに如何なく発揮され、地球人類を上回る可聴領域は彼女の歌声に言い知れない深みを齎した。
過酷なレッスンに泣き言一つ漏らさないノブヲを、剛腕で知られるネフィリアPは厳然と見据える。
そんな彼女が、ふとした拍子に漏らした一言。
「モノになるかもしれない……」
ノブヲの物語が動き出す。
総合マネージャーのモッニカはノブヲが【目抜き梟】に所属していないことを当然知っていたが、ネフィリアPの秘蔵っ子であろうとこれを黙認した。
人気に後押しされる形で肥大化した【目抜き梟】は、もはやネフィリアP抜きでは回らない段階まで来ていたのだ。
ネフィリアとモッニカ。この二人の認識には齟齬があったものの、面白がった俺が間に挟まることで事態は更にややこしくなっていく。
そんな俺にも言い分はあった。ノブヲ本人の口から詳細な説明があればネフィリアの暴走は早い段階で止まっていたし、俺もそうなると思っていた。
しかしノブヲはネフィリアPに忠実であり続け、結果として俺や事情を知るメンバーは引っ込みが付かなくなったのである。
そんなある日。
会議室に呼び出されたノブヲはモッニカの言葉に目を丸くした。
「私がライブに、ですか……?」
正式に【目抜き梟】に所属していないノブヲの立場はあくまでも研修生であり、そんな彼女がライブメンバーに抜擢されるのは異例のことであった。それもそのハズ。ハッキリ言って政治的な力によるものであった。
モッニカとしてはネフィリアPがそもそも部外者ということもあり、忖度せざるを得ない。しかし【目抜き梟】メンバーを支えるマネージャーたちは宙ぶらりんな立場にあるノブヲを、欲を言うならネフィリアPと彼女が率いるクラン【提灯あんこう】と正式に契約を結びたかった。彼女たちマネージャーは、部外者のネフィリアPが居ないと回らないという組織として不健全な状態に強い危機感を抱いていたのだ。
会議に参加している俺としては、どの口で……と言いたくなるような案件だが。
そもそもマネージャーを雇ったのはコイツらの言う「問題」を解決するためだ。認識が違う。組織を回すのはコイツらなのだ。マネージャーをやらしているのはついでのようなもので、しかし避けて通ることはできなかった。タレントが何をやっているのか知らないようでは何も任せることができないからだ。
つまるところ【目抜き梟】は組織として若すぎて、多少強引にでも同時並行で物事を進めるしかなかった。それに尽きる。老舗の芸能事務所であちこちにコネがあったなら、そもそもマネージャーをタレントに付けるなんてことはしていない。リアルとは違う。俺らがやってるのはネトゲーだ。
……まぁイキナリ色々やれってのもな。
俺は静観することにした。
【目抜き梟】という組織はどこまで行っても何をやっていても、結局のところ如何にしてモッニカの自由時間を作り出すか。そこに掛かっている。何故なら……。
【目抜き梟】とはモッニカの夢なのだ。
極端な話、俺やネフィリアは別にアイドル気取りがどうなろうと知ったことではない。Pをやっているのは他がグダグダやってるとイラつくからであり、メンバーを指導してやっているのは他人を信用していないからだ。
ネフィリアPは腕組みなどして瞑目している。口出しをするつもりはなさそうだ。
ライブ出演を打診されたノブヲは助けを求めるようにネフィリアPを見て、頼りにならないと知るや俺をじっと見つめてくる。お前が何とかしろと言わんばかりの目だ。チッ……!
ノブヲさんには逆らえない。やむなし。
俺は組織に一人か二人は居そうな慎重な意見を述べるマンになった。
「彼女にはまだ早いのでは……? 素質は認めますが、急いては事を仕損じる。せっかくの素材だ。ケチが付いては面倒ですよ」
しかしマネージャーどもは退かない。おそらくコイツらはノブヲが十三氏族であることを伝え聞いて知っているのだろう。そりゃあ退かない。今ここに彼女が居ること自体おかしいのだ。チラチラと視線を交わし、
「……バンシーPの仰ることも分かりますが、この機を逃せばいつになるか分からない。それもまたリスクですよ」
「私はネフィリアPの手腕を信じています。それとファンのことも。彼らは正確に仕事をこなし何一つとしてミスをしないマシーンを求めている訳じゃない」
「タレントを信じて送り出すのが私たちの仕事なんじゃないですか? そうでしょう? バンシーP」
違う。お前らの仕事は組織の歯車になることだ。人間らしい感情など求めちゃいない。よっぽどそう言ってやりたかったが、この場でレスバに勝つことに大して意味はない。お互いにこの場では言えないことが多すぎるのだ。
俺はメンゴとノブヲを片手で拝んだ。
マネージャーどもの頑なな態度に、これは只事ではないとノブヲも悟る。普段のマネどもは俺に口答えしたりしないのだ。ネフィリアPがダメなら俺で、みたいなトコあるからな。
ノブヲがしゅんとする。
「でも、私なんかが先輩たちを差し置いて……」
マネどもがチラッと俺を見る。説得しろってか。さっきまで反対派だった俺に? それはおかしいだろ。どういうことなんだよ。
とはいえ、実のところ俺は乗り気だった。ノブヲが何をしたいのかよく分からんし、静かに暴走しているネフィリアが面白い。
俺はノブヲの説得に掛かる。
ノブオ。【目抜き梟】は大型クランだ。所属しているメンバーは二人や三人じゃない。あれだけ人数が居たら、そりゃあパッとしないヤツだって居る。そういうヤツを切り捨てて、資本主義だ、実力主義だって言ってよ。強いヤツらだけで、どんどん先に進んでく……そんな連中をお前は応援したいと思うか? 思わないだろ。何事もそうだが、要はバランスなんだよ。極端なのは良くない。
今回の件も同じことだ。お前は先輩を差し置いてって言うけど、全体で見たらどうかな? 俺らはお前ならやれると思ってるし、それは【目抜き梟】全体のためになると思ってる。お前は先輩の出番を奪ってまで目立ちたくないのかもしんないけど、例えばお前が【目抜き梟】のファンを100人増やしたらさ、お前のパッとしない先輩を見つけてやれるヤツが増えるかもってことなんだぜ? 俺らはそういう考えでお前を推してる。お前は俺らのこと血も涙もねぇ人間だと思ってるかもしんねーけど、お前のパッとしない先輩のクビを切るのは俺らなんだぜ? 誰もやりたくねぇ一番億劫な仕事だよ。当たり前のことだよな? 誰もやりたくねぇから、俺らはそういうイヤ〜な仕事をなくそうとしてる。お前にそいつを手伝って欲しいんだよ。どうだ?
「……そういうことなら」
俺は舌先三寸でノブヲを丸め込んだ。
ネフィリアPが目を閉じたままボソッと言う。
「ペラペラとよくもまぁ……」
お前の育て方に問題があったんじゃないか?
さぁ楽しくなってきた!
お前ら、俺が下の世界に戻る前に一発デカい花火を上げてやろーぜ!
俺はいそいそと席を立ち、その場でぴょんとジャンプして握り拳を突き上げた。
ヒュー!
これは、とあるVRMMOの物語
ノブヲ、ステージへ……!
GunS Guilds Online




