コタタマとネフィリア
1.出会い
街を一歩出るなり遠くから角ウサギがぴょんぴょんと飛び跳ねてきて典型的な雑魚MOBだなと思っていたら熊みたいにデカくてワンパンで殴り殺された。
ジャブを一閃。ウサ公がやったのはそれだけだった。
出会い頭の一撃とか、当たりどころが悪かったとか、そういう次元の問題ではない。
重く、硬く、速い。そういう一撃だった。骨格からして人間とはモノが違う。
これがモンスターか……!
俺は感動した。
VRMMOというものを舐めていた。
ドット絵や荒いポリゴンのMMORPGとは違う。愛くるしい小動物を大量に殴り殺してレベルアップという訳にはいかないのだろう。
ふわっと幽体離脱した俺は、俺を撲殺したウサギさんのたくましい肉体をじっと見つめる。
ウサギさんは地べたに寝そべっている俺の亡骸におそるおそる近寄っていく。
……もしかして食うのか?
食うために襲う……確かに無駄なく自然な設定だが……このゲームに年齢制限はない。どうなんだろうな? その、自分に五、六歳の子供が居たとして? 親としてはピュアな存在で居て欲しいというのが世間一般的な考えだと思うんだが。その子供が自分の内臓の配置に多少なりとも詳しくなるってのは。別にクレーマーでなくとも文句の一つや二つは言いたくなるんじゃないか? つまりそれは炎上してもおかしくないってことなんだが。
俺の死体に前足をかけたウサギさんがびくっとして大きく仰け反る。光の奔流が波のように大気を伝っていくのが見えた。今のは……?
「瞬殺だと……!」
背後から聞こえた女の声に俺は思わず振り返った。
そこに居たのは、とてもカタギの人間とは思えないような美女だった。
急いで駆け付けたのか、丸いひたいに汗が浮かんでいる。
手には杖を持っている。RPGで魔法使いが持っているような華美な装飾が施されている。その杖をウサギさんに突き付けて美女が声を張る。
「無事か!?」
どう見ても俺は無事ではなかったが、病院だってどう見てもダメな患者をイキナリ霊安室に直行しないだろう。礼儀ってヤツだな。
……? 美女は棒立ちしている俺(幽霊のほう)をチラチラと見ている。
……ああ、一応感謝するべきなのかな? 間に合ってなかったけど……。それもまた礼儀か。
俺は生前の未練を晴らして貰った地縛霊のように深々とお辞儀をした。
美女がびっくりして目を丸くする。
「え!? 成仏する感じだ……!」
ほう。俺の分かりにくいボケを拾えるのか。この女、タダモノじゃないな。見込みあるぜ。
俺は感心した。
2.対決
浮上して雲を抜ける。
降り注ぐ陽光が俺の装甲の表面を滑り落ちていく。
ギルドの色は黒だが、正確には「穴」に近く、そこだけ空間を切り取ったように色が無く、ひどく浮いて見える。
見えているハズだ。
なぜ攻撃してこない?
いや、来る。
ちっ、何かあるのか。素直すぎる。望むところだと言わんばかりじゃないか。俺とそっくりの機体。それだけじゃないな。
雲を突き抜けて迫る白い触手を俺は触手で受ける。とっさに絡め取ろうとしたが間に合わなかった。受けた角度が良くなかった。俺はエンフレの操作がそんなにうまいほうじゃない。けど、やれるハズだ。今の俺なら!
俺の機体は触手が分離していて本体とは別に動く。
四肢が独立して動くタイプのエンフレは可動域が広く、攻防に優れる。そもそもエンフレは機体に構造上の無理があるものが多い。四肢の独立機構はデフォルトで備わっていると見るべきだ。そもそもがギルドのコピー。どう動いているのか分からないが不具合が出ないようならヨシ……その程度の理屈で運用されている。
俺は雲を迂回しながら大まかな当たりを付けて触手を打ち込んでいく。
ネフィリアは俺と同じ目を持っている。俺はギルドの目を手に入れ、ヤツを越えたと思っていたが……それは間違いだったのかもしれない。
ヤツの計算能力……。モンスターの遠隔ヘイトコントロールと歩兵どもの首魁に収まる手腕。
俺はこの目を手に入れて、ようやくヤツに並んだのかもしれない。
……いいや、そんなことはない。俺のほうが上だ!
俺は己を鼓舞した。
気持ちで負けている。俺は本当にネフィリアに勝てるのか? その疑いがずっと頭から消えない。挑んできたのはあっちだ。勝算があるから仕掛けるんだ。本当に? ヤツの言葉を信じるなら……。
……権利がどーの言ってたな。俺のピークを見たかったッてことか。そりゃ無理だろ。俺を急激に強くしたのはモグラ女だ。
ギルドの目が俺に多視点を齎し、俺の正しい戦い方をサトゥ氏とスマイルくんが仕上げてくれた。
俺は目がいい。それは人より遠くまで見えるとかいうレベルじゃない。多機能かつ完全上位互換。俺は過去に幾度となく目に頼りすぎて死んできたが、それは長い目で見れば正解だった。欠ける情報を弱い耳鼻で補うのは無駄が多い。
全ては結果論だ。
俺は運が良かった。
ギルドの目というバッチリハマる特技を引いた。
……! 当たらない。カスリもしない。避けてる? 雲の中で? バカな。視界ゼロだぞ。イヤな予感がした。ジリジリと迫る焦燥感から目を背けたくて俺は叫ぶ。
【ニンゲン!】
【まるで自分は違うとでも言いたげだな】
ネフィリアの声が四方から響く。さっきと同じだ。なんだこれは? エンフレにこんな機能が……。
さすがはネフィリア。
他は? 他は何を知ってる?
やはりお前は最高の女だ。
俺はベロリと舌なめずりをして吠えた。
言えた義理か! お前も俺と同じだ! 今、イイ気分だろう? 分かるよ。うんざりだよな。ようやく人間を辞めることができてサッパリしたよなぁ!
触手の応酬。黒と白の交錯。せめぎ合い、火花を散らす。俺の狙いは綱引きに持ち込むことだ。そうはさせじとネフィリア。しかし俺は着実に感覚を掴みつつある。
雲に身を潜めたのはうまい。いい作戦だ。雲は濃い霧のようなものだから俺の目に対して有効だ。どんなに視点を切り替えても視界ゼロでは意味がない。俺の目にはそういう弱点があったのかと感心したよ。勉強になった。
粗大ゴミが二機、浮上してくる。さっきのザコとは別個体。予想はついている。人間署の連中だな。
ネフィリアはβ組の一員だ。β組は普通のプレイヤーとは違う。一緒に行動していると自然と主従関係が構築されていく。そんなバカなと思うだろうが、そういうものだ。
【崖っぷち〜】
【ゴミ同士、仲良くしようや!】
ハッ、そーだな!
俺は早熟なプレイヤーだった。だから先にカンストした。その程度の差だろう。
俺はここに居るぞ。早く追いついて来い。
俺はギリギリと引き絞った触手を打ち放った。デコピンの要領で加速した触手が粗大ゴミの四肢に巻き付いて引きちぎる。
ネフィリア機が姿を現した。雲を掻き分けて突進してくる。
【お前はそうやって人間をバカにして……! そんなにこっぴどく負けたいか!】
何を言ってるのか分からない。
俺はへらへらと笑った。はぁ〜!?
金属片を凝集。形は【指】。
神なんてモンが実在するなら人間が思ってるよりもずっとイイ加減でテキトーな存在だろう。
証拠は俺たちそのものだ。
しかし絶対的な力は持っているかもしれない。
その力に少しでも近付こうとした時、思念は指先の像を結ぶ。
俺たちもきっとそうするからだ。
ズシッと俺の【指】に荷重が掛かる。たちまち【指】に亀裂が走り、ボロボロと崩れていく。
強く結合した金属片は俺の身体とリンクしている。俺の機体にも同様にひびが走る。
ドロリとした黒い血が俺の口から垂れる。
あの女の勝ち誇った笑顔が脳裏をよぎる。
(お前の天下は終わりだなァ〜!)
【……! モグラ女ァ〜……!】
【指】を使えない。作ると崩れる。これは「重り」だ。具体的にどういったものかは分からないが、【四ツ落下】は重力を操る。重力は星を回し、銀河を回す力だ。宇宙を支配するほどの力。解釈次第で何ができたって俺は驚かない。
あの女は何も分かっていない。たまたまギルド化が進んでいた俺を代表的なプレイヤーだと勘違いしていた。バカが。お前がほとんど差し違えるようなことをやったのはそこら辺にいくらでも居るゴミの一人だ。俺たちは何も失っちゃいない。
ヤツが俺の中から【指】のカードを先に消したのは納得の行く選択だ。真っ先にブチ込んでやったワザだからな。おそらく【四ツ落下】の対象はギルドの力。金属片の操作だろう。
金属片がダメなら……!
俺は触手を絡めて拳を作った。
ネフィリアの機体はよく見ると細部が俺とは違う。口周りとか少し俺より大人しい感じだ。
が……フッ、醜い。俺の師匠ってイメージが先行したんだろう。さっきエンフレの形態は後出しジャンケンみたいなこと言ってたが……もっと早めに出しといたほうが良かったんじゃないか? え? どうなんだよ?
俺は拳で軽くネフィリア機を小突いた。
……【指】の反動でダメージは芯に残っているが、まだ動ける。力の反射じゃないな。【四ツ落下】が内臓を少し圧迫した感じか。エンフレに内臓なんてモンはあってないようなものだが……。
俺の拳をネフィリアが触手でいなす。繊細な操作だ。複数の触手で連携し、うまく力を逸らしている。触手の扱いは俺よりも上かもしれない。
だが、パワーとスピードは俺が上だ。どうするんだよ? この圧倒的な差を……何で埋める? 何か考えがあるんだろ? 見せてみろよ。せいぜい足掻け。
そら、少し速く打つぞ。
俺は強がった。フレームがギシギシと軋む。全力では打てない。空中分解してもおかしくない。迫り上がってくる血の塊を呑み込んで左右の拳を交互に繰り出していく。
俺の苦しい演技などネフィリアには筒抜けだった。
【その症状は……。そうか。そういうことだったのか】
どういうことだって!?
勝つにせよ負けるにせよ自滅なんて間抜けな決着はイヤだった。分かっている。ネフィリアの言う通りだ。この症状はどんどん悪化していく。一種のロスト攻撃なのだろう。ただしDoTダメージの。
俺の猛攻をネフィリアが嫌がっている。押し勝てる……! いや、違う? コイツ、動きが変わった?
それは劣勢に立たされたことで生まれた偶然の産物だったのか。ネフィリア機の触手の使い方が劇的に変化した。
攻撃手段にするのではなく、補佐や補助に。たおやかに動いた触手が俺の機体に張り付く。拳が当たらない。触手で俺の動きに干渉しているのか。
俺やネフィリアの機体はフレームと装甲が一体化しているタイプだ。丸いフレームの表面に装甲が張り付いている。
その装甲をネフィリアは攻撃手段にすることを選んだ。フレームから剥離し、浮き上がった装甲片が激しく回転して俺の機体を叩く。
同じ機体でもこうまで……!
装甲片では強固なフレームを砕くことはできない。しかし響く。捨て身に近い戦法だ。全ての触手をサポートに回すことで危うくも成立している。
フフフ……!
俺も覚えのある感覚だ。お前もようやく手にしたんだな、その頭脳に見合う身体を。
俺は少し楽しくなってきた。
拳状に固めた触手をバラし、先端に斧を生やしていく。ネフィリア機を見据えて言う。
【しかもステラとは違うな……。完全な中間種だ】
ネフィリア本人が正常個体だからなのか、彼女の機体は複座による補佐を必要としていないようだった。まぁそれに関しては良し悪しかもしれない。
ネフィリアの反駁。
【違う。エンドフレームは不完全なギルドだ。失敗作なんだよ。うまく行くハズがないだろう……。何も分かっていないのに】
……中間種が通常の機体より強いのはギルドと戒律の組み合わせが爆発的なエネルギーを生むのと同じ理屈だ。
エンフレはギルドのコピーだからGGO社にとって不都合な部分……制御不能な因子をどうしても排除しきれない。
時代が中間種を作る。
【どうかな】
黒い稲妻が迸る。
アナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【僕らの星】
俺はネフィリア機ににじり寄りながら斧を交差して刃を擦り合わせる。言った。
【玩具箱】
ムカつくことに、研ぎ澄ませるほどに、俺の戦い方はクソ運営のそれに似ていく。
四次職のグリーンマンはファーマーと生産職のハイブリッドだ。
モグラ女との戦いで目覚めた。
ネフィリア機の触手が縦四つに分かれて展開。パーツを押しのけるように人の手のようなものが迫り出してくる。
それらがピタリと俺を指差してくる。
攻撃魔法。この場で使うとすれば……【四ツ落下】か。
俺の身体はモグラ女との戦いでボロボロになっている。ここでダメ押しの【四ツ落下】を打ち込まれたらどうなるか分からない。相殺して快方に向かうことすらあり得る。逆にあっさりとロストするかもしれない。
いずれにせよ、勝敗は一瞬で決する。
これは、とあるVRMMOの物語
ゴミさんたち……!
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