あの頃
1.クランハウス-居間
ミミズさんたちにダンス勝負を挑むことについて、ひとまず俺はウチの子たちを居間に集めて説明することにした。何故かステラもおまけで付いてきたが……まぁそれはいい。
ホワイトボードの図解を指揮棒でピッと指し示す。
えー。今回〜、下に行くのは俺と先生の二人だ。お前らに見送って欲しいと思っている。黙ってボーっと突っ立ってろとは言わない。ダンス勝負だ。お前らがやるんだ。
「え〜?」とポチョ。「やだ〜」とスズキ。「私らがやる必要なくな〜い?」とマグちゃん。
文句たらたらなウチの子たちの中、赤カブトだけは前向きだった。言葉には出さないが瞳がキラキラと輝いている。面白そうだと感じているのだろう。面倒臭がることをしない……それは赤カブトの大きな美点だ。まぁ面倒臭がってウダウダ言ってる女子も俺は嫌いではないのだが。色んな女の子が居たほうが楽しいよね、的なね。理想は日替わり定食と言いますか。
俺は静まるようパンパンと手のひらを打ち鳴らして続ける。
目的は幾つかある。私情を除けば、大きなもので二つ。
一つは、俺が居るうちにお前らを踊れるようにしておきたい。お前らはステラ団の一員でもあるから、いつかステラを連れて下に行くことになる。俺は【目抜き梟】で色々やってるから、ある程度はダンスの指導ができる。これが一つ目。
二つ目は、今後こういうことが増えていくということ。パピコに限らず、レイド級との対決はミニゲームっぽくなっていく。もうマトモにヤり合っても勝てないからな。そうなんだろ? ステラ。話は先生から聞いてる。【羽】でルールを変えたんだってな。
ステラは女子校のノリでポチョの上に座ってメニューをピコピコいじっている。
「ん? あ〜……そうかもね〜。知んないけど」
コイツ……。
ステラは日本サーバー代表であることを良いことに、好みの女を集めて怪しい団体を形成しているトンデモないヤツだ。女は日替わり定食とでも思ってるんじゃねぇか……?
俺は自分のことを棚に上げた。
生返事で他人事のステラに、お前も踊るんだぞ、とは言わない。どうせ文句を言われるだけ。この女はちょいワルぶってるが口だけなので、ウチの子たちが踊っていれば自分も踊る。コツは強要しないことだ。
ややあいまいながらステラの肯定的な返事に俺は一つ頷いて続ける。
例えば、ハムスターの集団が居るとする。小賢しい連中だ。自然界で生きるのは厳しいと見て、人間に戦いを挑んでくる。居住権を求めて。お偉い人間様はそれに対して力で来いとは言わないだろう。別に住まわしてやっても構わないが……ハムどもの顔を立てて、大して欲しくもない贈り物を要求するか、自分が負けてやれるミニゲームを提案する……そんなところだろう。
俺らとレイド級の関係がちょうどそういう感じなんだ。そもそもレイド級は俺らのことを敵視してないからな。虫けらと変わらん。毒針を持ってるハチがブンブン飛んでたら多少イヤかもしれんが……そういうのはイージーモードで卒業だ。俺らはもうアイツらに勝てない。何をどうやっても。
……厳密に言えば、たぶん「手」はある。どうにかして制限時間を撤廃してエンフレでゾンビアタックを仕掛ける……そこまでやれば大抵のレイド級を沈めることはできる。が、あらゆる犠牲を許容して万に一つの勝機を掴みに行く……そういうのを「勝てる」とは言わないのだ。
ベースルートが開放されたことで、俺たちはようやくその事実を認めることができるようになった。
レイド級の攻略を諦めるということは、彼らの強力なスキルを諦めるということ。そうなればプレイヤーのモチベが保たない。
何とか間に合った。そうなる前に下の世界を開放できた。
下の世界は現実世界のコピーだ。無限のコンテンツを自作のアバターで泳いでいける。今はまだDM星人とか言われて多少の不自由はあるものの、何しろ俺たちは死なない……制限は少しずつ緩和されていく。
おそらくョ%レ氏が提唱する理想のVRMMOがアレなのだ。
不可抗力に近い形で第二の人生を送れる。あの世界に本物の自分は居ない。やろうと思えば自分の家にホームステイすることもできるだろう。金髪碧眼の美少女になって家から学校に通うことも、宇宙飛行士たちにお願いすれば、たぶん、さほど難しくない。面倒な手続きは全部あっちでやってくれる。
これがョ%レ氏の考える「天国」の形だ。
現代社会を生きる人間の欲求は複雑すぎて、現実世界でなくては満たせない。絵に描いたような楽園ではダメなのだ。自分が「上」でなくては。
椅子にされているポチョは慣れた様子でステラのお腹に手を回している。ステラの肩にあごを乗せて、
「そっか。レイド級はダメだから宇宙人をやっちゃうってコト? さっすがコタタマ〜」
そんなことは一言も言ってないし考えたこともなかったが、ポチョに尊敬の眼差しを向けられて俺は満更でもない。男は見栄を張ってナンボよ。俺はえっへんと偉そうに腕組みした。
まぁな。十三氏族の女をあと一歩まで追い詰めたが惜しくも逃しちまった。
「女なんだ……」とマグちゃん。何か含みのある言い方だが……英雄クラスのプレイヤーは女キャラが多い。それは、たぶん男女差がゼロになったゲームで、美意識をドコに置くかの違いだ。男は理屈っぽい生き物だから兵の在り方に量産型を求める。例えば蝋人形ムーブは男キャラ特有の自己表現で、個ではなく群を重んじる傾向が見て取れる。別に女がワガママという話ではなく、集団の規模が膨れ上がった時、僅かな傾向の違いが、個人ではどうにもならないほどの偏りや指向性を生むのだ。エウメネスも言ってたぞ。王の左腕はカンベンって。ヒストリエね。単行本13巻はいつ出るんだよ。
問題の先送りには定評がある俺はテキーンとニュータイプばりの反応速度でマグちゃんを煙に巻く。
正直な。ロストせずに済んだのは奇跡だよ。もっぺんヤッたらまず勝てねぇ。そして俺がヤツの「重力」で永続デバフを喰らったように……ヤツも俺の【指】でロスト寸前まで追い詰められたハズだ。が、傷は癒える。俺と違ってヤツの場合はな。あんまりのんびりしてらンねえってことさ。
スズキがボソッと言う。
「あ、ケロロ軍曹の『あの頃』みたいなノリ……?」
分かりにくくてゴメンなさいね。いや、もう俺ハリキり過ぎちゃってさ。どうしたらいいか分からんみたいなトコあるんよな。思ったよりがんばっちゃったみたいな面もあって。絶対殺すみたいなコト言われてるからね天下の十三氏族サマに。
いや、も〜〜〜たまたまよ! 大した確信もなくイケるみたいな感覚でやったら案外イケたの! アーッ!
俺は頭を抱えてメソメソと泣いた。
暫定地球、暫定地球とは言うけれど、絶妙にブサイクなリアルの人たちを俺はどうしても見捨てることができない。万が一とか億が一とかいう問題ですらない。無理だ。俺の命が軽すぎる。だって俺は、これがゲームだと知っている。
哀れな俺にステラが要らんことを言う。
「別にいいじゃん。あんた、どうせ出しゃばるんだから。我慢できないんでしょ」
そんなことないやいっ。調子に乗んなギャルが! でこぴんっ、でこぴんっ。
俺のささやかな抵抗にステラが形だけ嫌がる。
「や〜め〜ろ〜よっ」
えっ、満更でもない感じじゃん。キショ〜! オメェー、女なら誰でもいいんかよ……。
本日の俺はバンシーモードだ。さすがにアイドルダンスを教える想定で来てるのに男キャラは出せない。キツすぎる。
ステラと肩パンを応酬してミニコント終了。やりづらいわ……。波長が合わん、この女とは。
俺はホワイトボードの前に戻って解説を続ける。
えー。とにかく、踊れにゃ話が先に進まんと。そういう訳ですわ。いっつも肝心な時に家に居ねぇ俺が居るうちにメンドいことを済ませようと。そういう流れ。
で、具体的にはどうするか。ショート動画の踊ってみた。ああいう感じで行こうと思ってます。【目抜き梟】の曲をサビだけ流して、五秒くらい踊って、ミミズさんのターン。別の曲をサビだけ五秒踊って、ミミズさんのターン。その繰り返し。交互に踊る。なんでかっていうと、たぶんそのほうが覚えやすいから。イントロクイズとかサビまで行ったら「あ〜!」ってなるでしょ。そういう理屈よ。【目抜き梟】の曲なら俺は踊れるから指導に集中できる。ダンス勝負とは言うけども、ある程度の水準まで行けばパピコはベースルートを開いてくれる。別にスキル寄越せって話じゃないし、アイツらにとって俺らはカップ麺みたいなモンだから。あんま身体に良くないの知ってるけどラクだしたまにはいいよねみたいな。そういうノリよ。審査はゆるい。
ま、イキナリ踊れってのも厳しいわな。今回ダメでも次あるからいったんやってみよう。逆に次あるから今やっておくっていう。そういう理屈。俺は成果だけを求めてないから。下に行けりゃ何でもいいやって考えなら俺は最初から【目抜き梟】の連中に声を掛けてる。そうじゃないよな。俺ら、同クラの仲間じゃん? 俺が最初に頼るのはお前らなんだよ。そうあるべきだし、そうありたいと俺は思ってるよ。
質問は? 特にないようなので始めます。
そういうことになった。
俺は課金アイテムのラジオを取り出してポチッと再生ボタンを押した。
「早い早い早い!」と赤カブト。早くはない。俺はかぶりを振った。話は歩きながらでもできる。ウチにどったんばったん踊るよーなスペースはねえ! 行くぞ! 移動中は曲を流すからな! 慣れろ!
2.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
大音量で曲を流して複数人が踊れるような場所となれば野外になる。しかし俺は元Pのツテがあったのでアイドル気取りのレッスン場を借りることができた。
ウチの子たちとアイドル気取りの関係は友達の友達だ。リリララとスズキなどごく一部の組み合わせは相性が良いらしいのと、ガキンチョマスターのツヅラはウチで居候していた時期がある。
ダンス勝負に使う曲は【目抜き梟】のオリジナルだ。ひとまず【ひなとか。】のチビどもに通しで踊らせて、それをウチの連中に見学させている。人前で踊るのは簡単なことじゃねーからな。マトモな神経の人間なら人目を気にして踊りにならない。とにかく慣れることだ。
その間に俺は興味津々なアイドル気取りどもに事の次第を説明してやった。
「そんなことより、バンシーPの本命は誰なんですか?」
「それなー」
「もうツヅラちゃんで良くないですか?」
もうってナニ? やめてね? いや、マジで。このゲームの女キャラさ〜基本的にビジュいいじゃん? 綺麗ゴト言ってる場合じゃねーぞってのはあるんだよ。
当たり前の話だが、アバターとユーザーが分離している以上、プレイヤーの精神年齢は見た目と大きく異なる。中の人が大人ならいいだろうなどと言い出したらとりとめがなくなる。それは謝罪会見して活動自粛する芸能人と何が違うのだ? 俺の苦悩はそこにある。知らなかったで赦されるなら、活動を自粛する必要がないではないか。
アイドル気取りたちはドン引きした。
「それ私らに相談されても……」
「やばっ。もう言葉選んでないじゃん」
「……アットムくんエンド、か……?」
アットムくん……。
俺がアットムくんの攻略条件について思いを馳せていると、ガキンチョどもがギャーギャーとやかましい。
「ツヅラちゃんは、なんで、できないフリするの……」
そう言ったのは兵長ちゃんだ。
俺はドキリとした。
十中八九コントだと分かっていた。茶番だ。このゲームの女キャラはNAiに贔屓されているから、定期的に開催されるちびナイ劇場に影響を受けている。
それでも無視できなかった。俺が以前から危惧していたことにドンピシャすぎた。ツヅラ隊のメンバーは総じて優秀だが、兵長ちゃんはモノが違いすぎる。
俺は冗談めかして割って入る。問答を許せば致命的になるという思いがあったから多少不自然でも声を張るしかなかった。
こらこら! ガキども〜! 喧嘩か〜!?
ツヅラは勘がいい。俺の本気度がバレたと考えていい。
……お前はどう考えてンだよ? お前んトコの兵長はバケモンだぞ。素質だけで言えばたぶんサトゥ氏とかセブン……そういうクラスの人間だ。
おそらくは順序が逆なのだ。
ネカマ六人衆はMMORPGに将来性を感じて【敗残兵】に出資したと言われているが、そうではなく、ゲーム廃人をやっているガキどもに居場所を与えるために【敗残兵】を組織したというのが正しい。
『敗残兵』というのは、たぶん彼ら本人のことで、……自嘲に近い意味を持つ。
俺はそんなことに気が付く自分が嫌いだ。鈍感なフリをして生きていきたい。
ヘラヘラと笑って割って入る俺に、兵長ちゃんがたちまち肉薄する。ナニッ。バッと側転して俺の背後に組み付く。俺はとっさに身をよじるが間に合わなかった。兵長が短く細い腕を突き出し、俺の首に絡めて交差する。チョークスリーパー。極まっている。オトされる。リアルなら。けど、これはゲームだ。俺は金属片を宙に浮かべた。先端を削ってドリルのように尖らせ、兵長ちゃんに近付けていく。
兵長ちゃんが大きな声で言う。
「コタタマくんは私たちに乱暴なコトできない!」
! 誰の入れ知恵だ……?
舐めてんじゃねぇーよ! ガキぃー!
俺は半身をギルド化した。機械化した片手で慎重に兵長の襟首を掴んで力尽くで俺から引き剥がす。
プレイヤーのギルド化は肉の破裂と血の飛散を伴う。兵長ちゃんの服を俺の血で汚してしまったことに罪悪感を抱くなというのは無理な相談だった。彼女の頬に跳ねた返り血を拭ったのはせめてもの罪滅ぼしで、俺に必要なことだった。……いや、それすら言い訳なのか。
俺は、もう、自分の善性がどこから出ているのか、分からない。区別が付かない。
サトゥ氏は、俺をおかしくしたのは、ウッディだと言う。それは、たぶん当たっている。
なのに、俺の手柄みたいに言われるのは少し後ろめたいのだ。
……ギルドそのものになってしまえば答えが出るのだろうか……?
俺のギルドフォームは、だんだん人間離れしていく。以前は、こんなふうに関節が曲がらなかった気がする。
でも赤カブトさんがおっぱいの前で両手をグーにして「カワイイっ」と言ってくれるので俺は満足だ。やっぱ正ヒロインなんよな。クセがないっつーかね。人気投票で一位とれるタイプじゃないけど選択肢で無難な答え選んどけばとりあえずそっちのルート行くって言いますか。ハハ……。
ここに連れてきて良かった。ウチの子たちはアイドル気取りからレッスン着を借りている。身体を動かしてると汗を掻くからね。ゆったりしたTシャツと短パン姿だ。ポチョと赤カブトは長い髪を結んでポニテにしている。俺も同じカッコさせられているのは少し気に入らないが……まぁいい。
ガキンチョどもは俺のギルド化が進行しているのが気になるようだ。ネフィリア辺りから何か聞いているのかもしれない。やっぱり、みたいな目で見られた。でも、ずっとそんな感じだからな。どう言って誤魔化そうかと考えていると、
【崖っぷち〜!】
ゴミがッ!
俺は完全変身した。
3.スピンドック平原
【目抜き梟】クランハウスの上空に金属片が凝集して巨体を構築していく。
その様子を遠目に観察する一人の女が感嘆の声を上げた。
「へえ。黒片に意識を移して……出現する場所を選べるのか。主体を比率に置いている。だいぶ人間を辞めているな」
知ったような口を。
ネフィリアぁ! なんのつもりだテメー!
俺の目が赤く輝いてギョロギョロと動く。
左右、上空に粗大ゴミが一体ずつ。
種族人間はレベルアップしてもステータスがほんの少ししか上がらない。
それは何故か。
その問いに対して、検証チームはとうに結論を出している。レベルアップしても「成長」しないからだ。
多くのMMORPGはグラフィックをプレイヤーに委ねる。
それは単純にユーザーを増やすための措置で、だからこそシステム的にはかなりの無理がある。
リーチが短いロリキャラは多くの場面で不利だが、マトの小ささやステータス補正によって互角に戦えるよう調整されている。
それは嘘だ。
このゲームにおける渾身のフェイク。
マトの小ささや、ステータスの違い。
それらは同列に語れる要素ではない。
大きさは重さであり、体積だ。
人間の十倍の体長を持つエンフレの自重はどんなに低く見積もっても100倍を越える。そこから生み出される破壊力は1000倍だ。これは過小評価である。3000倍と言われても俺は驚かない。
だが……。
ザコがッ! 今更なんだよッ!
粗大ゴミどもが空を蹴って俺の頭上をとる。俺のカウンター。小剣群で迎え撃つ。狙撃ゴミの斬撃を触手でいなし、全身を串刺しにしてやった。
俺のエンフレはレベル2500を越える。
レベル1000の差は技量や戦法ではどうにもならない。
ネフィリアが溜息を吐く。
「十三氏族を見誤った。私のミスだ。コタタマ。お前はもう全力を出せないんだろ? 後悔をしている。もう待つつもりはない、ということだが……」
ナニを言ってる……?
ネフィリアは笑った。
「『権利』は私にある、ということだ」
そう言ってネフィリアは、懐から赤い果実を取り出した。それは大ぶりなイチゴだった。
ネフィリアがイチゴをかじる。白い歯が果肉に分け入り、あふれ出た果汁が彼女の喉を伝う。
……ガムジェムだ。
ネフィリアは完全変身した。
これは、とあるVRMMOの物語
ネフィリア! やるんか!? そのゴミは今ちょっと強ぇーぞ!
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