地球編、第三章。僕らの星。現代ダンジョン編
1.回想-プクリ雪原-プクリ学校-進路相談
偉そうにポケットに片手を突っ込んだ女がズズッと椅子を引きずって、ドカッと座る。偉そうに足を組んで、「座れ」と言うようにクイッとあごで指図した。
小柄な女だった。横柄な態度と不釣り合いな体格は、いっそコミカルですらある。髪は長い。整った容貌をしているが、ちょっとした仕草に素行の悪さが滲み出ており、まるでチンピラのようだった。
こちらに気が付いた彼女がヨッと手を上げてひらひらと手のひらを振る。笑うと急にバカっぽく見える。良くも悪くも感情が豊かなようだ。
「よー。コタタマぁ〜」
そう、俺……に化けたクリスピーである。
俺はズカズカと教室に入って苦言を呈した。
オメェー、俺に化けんのやめろよー。しかも女のカッコしてよ〜。なんか見てていたたまれなくなるんだよ〜。恥ずいっつーかぁ〜。
「あ? だから言ってんだろ〜。オレのビジュはオレ側の問題じゃねんだよ〜。オレぁ〜「人形」の種族だぜ? どう考えても自然に生まれるような生きモンじゃねー。察してくれや」
ちっ、まぁいい。イヤ良かねーが……察しろとか言われても無茶振り臭ぇーし……まぁいいさ。
俺は机を挟んで向かい側の椅子にドカッとケツを落とした。
どことなくネフィリアの面影を感じる女と机越しに視線を交わす。
ここはAI娘たちの学校だ。授業をやるには奇妙な机の配置は、ついさっきまで進路相談をやっていたから。
俺はAI娘たちと顔を合わせないようにしているが、リュウリュウから色々と話を聞いている。
着ぐるみ部隊の皆様は子共に甘すぎてダメらしい。というか……そもそもリュウリュウは日本の文化そのものに苛立ちがあると思う。文化っていうか仲良くゴールっていう風潮?に、かな? アイツ、こうあるべきっていう考えを持ってそうだからな。たぶんリュウリュウから見たらAI娘たちは保護の対象じゃないんだろう。だから大人ぶって背伸びして生きているマグちゃんのことを高く評価している。俺のことを慕ってくれているのも似たような理屈なんだろう。
そのリュウリュウが、洞窟に引き篭もるクリスピーをブン殴って学校に連れてきたらしい。
ナイツーに負けて理性を剥ぎ取られたクリスピーは、先生が持つ【賢者】の称号をコピーすることで正気を取り戻したのだ。
【使徒】と【賢者】の称号は並び立たないのか、眷属を支配し操る下知に多少の不具合が出ているとも聞いている。もしくは一時的に先生に眷属の指揮権を預けたことが原因なのかもしれない。
俺は椅子の背もたれに腕を引っ掛けると重心を傾けて、椅子の前脚をブラブラと浮かした。言う。
オメェー、ガッコのセンセやってるんだってな。この学校を残してぇらしいが……生徒はどうすンだ? 当てはあンのか?
「いや、今んトコそこまで深く考えてねえ。やっぱオレぁ〜モンスターだからよぅ。イキナリ教師になるってのはムズいだろ」
ふーん。やる気はあンだな。じゃ、まぁ、こっちでも動くワ。俺もガッコは要ると思ってた。ただ、定時制のゴミにセンセやらせんのは厳しくてな。レイド級のオメェーがその気なら、だいぶ話が違ってくる。αテスターの連中にも声掛けといてくれ。たぶんココから離れたくねーってヤツがそれなりに居る。今度は教師役をやらせよう。ブーブー文句垂れるヤツは多いだろうが……まぁ習うより慣れろってな。
この学校はプクリ雪原の某所に建っている。ティナンの学校なら山岳都市に建てればいい。俺が期待しているのは別のこと。つまり、学校が一つではつまらない。色々あるだろう。転校生とかライバル校とか。学園モノには大抵そういうイベントがある。面白いからだ。面白いからそういうイベントがある。でも実際はどうだ? リアルで転校生が来たか? ライバル校なんてあったか? そういうイベントがないからリアルはダメなんだ。だから俺が用意する。つまらん日常に刺激を与えてやる。多少過激になるかもしれんが……なに、少しくらい危険なほうが勉強に身が入るだろう。もがき苦しむ生徒の姿を俺は見たい……。
久しぶりに話したが、クリスピーは思ったより元気そうだ。コイツ俺のナリしてるくせに、なんか変にクソ真面目なトコあるからな。俺の上位互換になるのやめて欲しいわ。そう考えると俺の完コピって訳でもなくて、まぁ考えてみれば人形って別にモデルそっくりに作るモンじゃねーんだよな。
あーでもねぇこーでもねぇと愚痴る俺にクリスピーが気怠そうに髪をいじる。
「十三氏族ねぇ……。オレがヤッてやろーか? ダッドも反対はしねーだろう。宇宙人ッてのは……ハッキリ言って目障りだ」
ハッキリ言うねぇ。その気持ちはありがてーが……クリスピーよ。最初は俺らのターンだな。連中が警戒してるのは俺らよかオメェーらだ。主従型MOBが強ぇってのは有名な話だからな。ノーマルモードのうちにケリ付けようってぇヤツらにノーマルモードのオメェーらをぶつけるのは間抜けすぎンだろ〜。ほとんど無視されてる俺らがそこそこ粘ればそれだけで意表を突けるしザコ乙できて俺もお前も気持ちイイ。そうなったら一緒に高速屈伸しようぜ。たぶん伝わる。このゲームの翻訳機能は優秀だからな。さて、それらを踏まえた上で、だ……。
俺はグッと身を乗り出した。クリスピーがオッという顔をして平べったいおっぱいを強調するようなポーズをとる。いや、単に脚を開いて股間に垂らした両手で椅子の前部を掴んで身を乗り出しただけなんだが……なんかガサツな女のムーブって男視点だと無防備に見えるんだよな。もしかして俺って女のカッコしてる時、こんな感じなのか……?
俺はTSモノの真理の一端に触れた気がした。
だが、今更になって仕草を矯正するのは難しい。俺男だしみたいな変なプライドがあるのだ。
……性癖は十人十色。俺個人の基準であーだこーだ考えても大した意味はない。レベル3以上の性癖について語り合うことは、男同士、酒の席ですらないからだ。
自分への言い訳は限りなく宗教的な儀式と似ている。なんの意味もないが、やらずには居られない。
俺は深く溜息を吐いた。怪訝な顔をするクリスピーにサッと軽く手を上げて言った。
俺に考えがある。まぁほとんど博打みてーなモンだが……そう悪くない賭けだろう。十三氏族ってぇーのは、少なくとも俺らゴミより幾らかマシだろーからな……。
2.スピンドック平原
俺の腕を刎ねたのはサトゥ氏だ。
ギルドの目による他視点がアダになった形。この目は見えすぎて、種族人間の処理能力を越えてしまっている。
さらに踏み込んでくる。近い。この胆力。金属片を自在に操る俺に対して普通はこうまで近寄れない。近付くってことは俺の金属片を死角に置き去りにするってことだからな。だがコイツは……。
来る。揺れ切り。剣術に慣性制御を組み込んだ時、主体は逆転し、身体は剣を運ぶ道具になる。予備動作が小さく、ほとんど密着した状態からでも剣を強く振れる。厄介なワザだが、今の俺には通用しない。カラダは正直だ。どれだけ真に迫ったフェイントだろうが、それがフェイクである以上、まったく同じようには身体を動かせない。というか、まったく同じように身体を動かしてしまったら、途中で変化して相手の虚を突くことなどできない。
全て見えている。
俺の金属片が細かく削れて、小剣の形をとる。
ビタッと動きを止めたサトゥ氏が素早く飛び退く。
このゲームの近接職は剣士が多い。どう考えても槍のほうが強そうなのに剣士が多い。
それは、こういう理屈だ。
リアルより動く身体、くたばるより装備品を失うほうが高く付く、バカげた威力の魔法とバカげた強さのモンスター……そうした諸々を勘案した時、武器は平均的で、中途半端なほうが良い。何が正解なのか分からず、答えを出すには歴史が浅すぎるからだ。
種族人間は自分が可愛くて仕方ない。自分の選択が正解であって欲しい。だから概念的な武装は「剣」が正解になる。過半数の同族が「特別視」する武器種、ということになるからだ。
小剣群がサトゥ氏の全身に突き立つ。スマイルの【心身燃焼】。【君主】は全スキルを使えるが、回復魔法を受け付けないという欠点がある。王たるもの、他人に期待するな。そういうことだろう。
だが、その程度か? 杜撰な連携だな。ダメージを受けてから回復魔法を打ってるようじゃ話にならないぜ。
コイツらは手を組んだようで組めていない。いつ、どのタイミングで裏切るか。これはそういう勝負だからだ。
うまい具合に三つ巴に持ち込めたな。
…………。
俺は無事なほうの手の人差し指を立てた。
警戒したサトゥ氏とスマイルが構えを変える。俺は派手好きで目立ちたがり屋。大技を出す前に必ず何らかのアクションをする。我慢できないのだ。コッソリ、誰にも知られず、地味に勝つことに何の意味があるのかと思っている。
俺は構わず言った。
他人に付けられたキズってのは厄介だよな。そこに転がってる俺の腕とかよ〜……「所有権はどっち?」って話になる。俺ぁ〜ギルドに堕っこちてから不死とも思える特性を手にしたが、オメェーらみたいな剣士に手ェ切られたりすっと再生できなくなる。手ェ生やしてもボロボロ崩れンだ。それはどうも「所有権」に原因があるらしい……。
知ッてるか? ギルドが操る金属片は「自分」の一部だ。だからあんまり遠くで動かせないし、強度に限界がある。鋼鉄みてぇに硬くできるならそもそも自分本体をそうしてるッて話だ。
……どんなことにも理由はある。特別扱いされるなら特別な理由が……。
ギルドの、そういう基本ルール……を、逸脱した現象を……【技能】と呼ぶ。
俺は人差し指を立てた左手の掌中で黒魔石を組み上げた。
ウッディの【技能】。
【工兵】は金属片を自分から独立した「物体」として組み上げることができる。
プレイヤーを改造してギルド化できるのも、その【技能】の応用だ。
黒魔石から生えた右腕が俺の右肩に接合する。
本来の腕より長く大きい右腕は金属製で、先端には悪鬼じみた鉤爪が具わっている。
それはこの形態がエンドフレームへと向かう途上にあるもので、エンドフレームは戦うことしか能がないデカブツだからだ。
最高の気分だ。俺はニヤッと笑って吠えた。
客観視ッ……! 神の視点ッ! 不死身ッ! ガムジェム! ギルドパワー!
俺は無敵だッ! 支配してやるぞッ! 下等な人間どもーッ!
サトゥ氏がニコッと笑う。スマイルが苦笑。
楽しいか? 俺もだよ! ようやく……ここまで来た! 遊ぼうや!
3.ちびナイ劇場
家を出て行こうとするちびナイに、ちびプフさんが両手を広げて立ちふさがる。
ちびナイはかぶりを振って溜息を吐いた。
【プフ、どいて。あいつらじゃ十三氏族の相手は無理だ。私が行くしかない。面倒だけどネ……】
プフさんが聞き分けのない子供のようにブンブンと頭を振る。
【ダメだ、ナイ。ダメなんだよ……。私は七土だから……十三氏族に対して動くことができない。それは政治的な問題で……キミに何かあったら、私は見捨てることしかできない。それはイヤなんだ】
種族人間が上から目線で森のクマさんを庇うように、七土種族は十三氏族を文化的な遺産と見なしている。それなりに害悪で、やろうと思えばいつでも滅ぼせるが、自分たちは優しく立派な生き物であるとアピールしたくて仕方ない。
だからプフさんは十三氏族に手出しできない。七土同士で殴り合うほうがまだ言い訳のしようがある。
しかし、ちびナイは真面目に取り合わない。
【ま、危なくなったら逃げてくるから】
プフさんがちびナイの肩を掴んで揺さぶる。
【キミは……! ナイ! 分からないのか!? キミのカラダは地球人ベースなんだよ! ハッキリ言うぞ! キミじゃ無理だ!】
ちびナイはへらっと笑った。
【だからだろ? ヒューマンじゃ無理だから……私が行くんだ】
押し問答してないでさっさと来いよ。
俺はそう思った。
だが、プフさんは頑なだった。ちびナイをガッと抱きしめて、
【キミのことが大切なんだ。他の誰よりも】
ちびナイがビクッとして目を丸くする。
【えっ、プフ……】
……えっ。来ないの? そんなことないよね? 制止を振り切ってこっち来てくれるんだよね? そういう流れじゃんね?
ちびナイが恥ずかしそうに俯いて、小さくコクリと頷く。
シャッと幕が降りた。
4.スピンドック平原
進化した俺の目は、俺が真に欲するものを決して見逃さない。
つまり女だ。
遥か頭上のUFOから一人の女が飛び降りる。
自慢のネイルが気になるようで、太く鋭い爪をまじまじと見つめながら自由落下に身を委ねる。
十三氏族……!
予想はしていた。
全宇宙でも上澄みの種族が、俺らゴミ種族に対して「万に一つの勝機も与えないように慎重に動く」とか「戦略的に正しいことをする」のはとても難しい。
実際はこうだ。一部のアホが暴走して一方的に絡んでくる。
そいつは目立ちたがり屋で、人格的に破綻していて、めちゃくちゃ油断していて慢心している。
ドン!と地面に亀裂が走る。
俺、サトゥ氏、スマイルの間に割り込むように着地した女が片手をおっぱいの高さに上げて己を誇示する。
「DM星人っ! 遊びに来てやったぞ!」
髪は長い。渦巻くような赤毛が紅蓮の炎を思わせる。
ダメ星人みたいに言うな。
サトゥ氏とスマイルが跳んだ。同時に女に仕掛ける。
俺は叫んだ。
「クリスピー!」
ガムジェムを危険視する宇宙人は多い。
ガムジェムとは、言ってしまえば、誰でも使える光の使徒なのだ。
俺はこう思う。
ゲストの血族が神に呪われているのは、クァトロくんがあっちの世界で神を倒したからなのではないか?
神殺し。ゆえに世界に拒絶され、追放された。
だとしたら帰還法など存在しないだろう。あるいは……こちらの世界からも拒絶されたなら。こちらの世界でも神殺しを達成したなら。あまり分の良い賭けとは思えないが……他に手がなかったのかもしれない。
だからギルドなのか。
天使と似た特性を持つギルドの親玉ならば、あるいは「神」と評しても間違いではないのかもしれない。
……全ては憶測だ。
だが、七土種族のポポロンはゲストを疑っていた。
ゲスト、七土種族、五系貴種、十三氏族。
この宇宙を代表する強種族どもは仲良しこよしじゃない。疑念に満ちた眼差しを互いに向けている。
十三氏族の狙いはたぶんガムジェムだ。
けれど俺たちは弱すぎて、彼らが俺らの「立場」とか「思いやり」だとかを尊重してくれるとは思えない。
だから俺たちは、アホほど強い魔物たちを頼ることにした。
この星を攻略不能の魔境にする。
ハードモード開放の条件は不明で、十三氏族が攻めてくる。
ちょうどいい。
落としてしまえばいい。一緒に落ちてしまえばいい。
エンドフレームでノーマルモードが開放されたなら、宇宙人で、ご立派な十三氏族でハードモードを開放してやる。
クリスピーならやれる。
大地に亀裂が走り、崩落していく。
サトゥ氏とスマイルの剣撃を女が爪で弾く。
落ちる。
舌打ちした女がバッと手を上げる。沈む大地に足を取られつつも叫ぶ。
「マールマール!」
……?
彼方から魔獣の咆哮が響く。
Zoooooooooooooooooooooo
は?
いや、構うな。ダメ押しする。
惑星ティナンから暫定地球への移動は一方的なものだ。以前に俺が落っこちた時はエンフレを出していたが、それでも抗えなかった。しかし十三氏族ともなれば脱出方法の一つや二つは持っているかもしれない。
そうはさせない。
俺は女を煽った。
あらら! マイナー種族引いたわ! もしかして十三氏族ってヤツかぁ!? 残念! ギリギリかもなー! ハードモード!
女が俺を睨む。
「お前が頭か!」
違いますゥー!
俺は容疑を否認した。
サトゥ氏が俺と一緒に落ちながらキッと女を見上げる。
「モグラ星人か……!」
モグラっ……!
俺はひどく後悔した。
惑星ティナンの大地にぽっかりと空いた大きな穴。そこにマールマールの眷属が次から次へと飛び込んでくる。
く、来んな……!
惑星ティナンの地下に眠る暫定地球はリアルではない。前回の探索で、それはハッキリしたことだった。だからといってモンスターを連れ込んで良いものかどうか判断しかねる。
あの女、眷属を操れるのか……!? いや、そういえばフリオの兄貴もブーンに対して似たようなことを……。
見誤った。
も、モグラ星人だと!?
激しく動揺する俺に、女がニヤッと笑う。大きく手を振ってモグラさんたちに命じた。
「穴を掘れ! 住み心地の良い穴をな!」
これは、とあるVRMMOの物語
最後に立ちはだかるのは……やはりモグラ。
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