コタタマの終着点
予感はあった。
レ氏ランドでゴミにカウンターをブチ込んだ、あの時。例えるならば、シューティングゲームで「安全地帯」を見つけてしまったような……そういう感触があった。
俺は、強くなりすぎた。
1.決戦
サトゥ氏とスマイルがとんぼを切って空中ですれ違う。十に及ばぬ刃の応酬。それらは全て空を切った。いや……チチチチと幾つもの火花が散る。
不自然なまでに浅い刃の接触があった。触れるか触れないか。1mm以下の接触。
相討ちを避ける為の措置だろう。
スラリーを組み込んだ戦闘術は攻め手が有利すぎて、ある一定以上の水準に達したプレイヤー同士がぶつかると高確率で相討ちになる。
そこからさらに進むと、「対処不能な攻撃」というものが出てくる。将棋で言う「詰み」だ。
リアルとは違う。プレイヤーのステータスは数値化されていて、慣性制御なんていう無限に応用できそうなスキルがある。
むしろ、ようやくなのだ。ようやく、このゲームのプレイヤーはこの段階まで辿り着いた。随分と遠回りをして、こうしたら勝てる、この形はマズいといった「定跡」を吟味できるようになった。
そしてサトゥ氏とスマイルは、最新の研究データを持っている。
必至を阻めないなら相討ちを狙うしかないと両者とも理解していて、互いに互いのミスを期待できない……。
そうした状況下においてのみ、この火花は生じる。
スライドリードはプレイヤーを悪霊化するスキルだ。天国に殴り込めるのは亡者だけ。
スラリーのオリジナルスペル【縦横無尽】には守護霊や帰依といったポジティブな効果もあって、GGO社は有象無象のプレイヤーの知能指数を低く見積もるべきという考えがあった。善意の発露に関しても、極めて限定的であるという認識だ。どの世界にも言えることだが……偉い人間は悲観的で、楽観的な見立てを嫌う。それでいて発信する側に回ると急にポジティブなことを言い出す。要するに嘘を吐く。
【スライドリード】というスキル名がそうだ。悪霊とか怨霊といった本質的な呼称を避けている。信じられるか? おそらくそれは全宇宙共通なのだ。
逆に言えば、それほど重要視されているスキルだ。
心霊現象。現在、21世紀を生きる日本人ですら怪談のあと一人でトイレに行くのは怖い。幽霊なんて別に信じていないのに。これは恐怖という感情は制御できないことを意味している。「祟り」という非科学的な現象を100%完全に否定しきれない。徒党を組んでアホになった人間が罰当たりなことして酷い末路を迎えて「それ見たことか」と思う。それは宗教的な考えなのだ。
スラリーはそういうスキルだ。
恐怖は人間が克服できない感情だから、悪霊化(分身)した攻撃を無効化できない。消音効果もその一部だ。
所有権で縛られた装備品はプレイヤー本人と見なされる。だから刃の衝突音も消えてなくなる。
聞こえるのは、所有権の適用外にある、生じた火花が虚空を撫でる音のみ。
あるかないかの刃と刃の擦過。
これは戦法として相手のミス待ちになる。
だが、ミスをしない。コイツらは最新の研究データを持っていて、リアルでは日の目を浴びることがない「戦闘の才能」がある。
くだらない才能だ。
もっと言おうか?
「人殺し」の才能だ。
それは……ゲームだからこそ輝く。
つま先から着地。身をひねって振り返る。トンと軽く跳ねて歩幅と進路を細かく調整する。
二人はやり方を変えた。小手調べ、いや「前回のおさらい」くらいの感覚だったのかもしれない。
変則的な歩法。肉薄。刃が噛み合う。迫り合う刃を支点に細かく斬撃を入れていく。異様な接戦。揺れ切りの連発だ。
スマイルは二刀をうまく使って一方的に攻撃したいが、無理をすれば即座に力負けして首を刎ねられるだろう。二刀流は奇策の類いだ。それでも彼が二刀を手にしたのは、慣性制御を含めた組み打ちに可能性を感じたからだろう。身をくねらせ、左右の剣撃を交互に繰り出す。技術体系がまったく異なる。【敗残兵】の連中はスマイルの剣捌きに釘付けだ。理由は単純。他では見れない。
スマイルと比べれば、サトゥ氏ですら基本に忠実に見える。武器というものは基本的に相手よりも先に当てれば勝てる。両手に武器を持って、全速で振る。それは当然の帰結なのだ。鋭く、速く、重い一撃を、スマイルは正面から受けることが「できない」。それがどれほど不利か。見誤ってはならない。スタート時点で有利なのはサトゥ氏だ。二刀流は奇策。初見殺しの類いだ。
それなのに、拮抗している。
ハッキリ言おう。
サトゥ氏はスマイルに追い付かれた。努力が足りなかった。1日36時間ペースだから何だと言うのか。結果が伴わないなら意味がない。がんばりましたというアピールをしたに過ぎない。残酷なようだが、そういう瞬間があったのだろう。廃人も………………やはり人間だ。TASさんとは違う。理想値は出せない。
サトゥ氏はアビリティを発動している。スマイルは未発動だが、俺はヤツらのアビリティ事情を知らない。どっちが有利なんて分からない。そんなことはどうでもいい。大事なのは……。
俺をダシにすンじゃねえ!
俺は片手をバッと突き出し、ギュッと握った。握ったのはフェイク。実際に金属片に命じたのは「拡散」だ。
クソ廃人どもが足場にしていた金属片が四方に飛び散る。全弾回避された。チッ、やっぱりパターン読まれてンな。
金属片はイメージで操るが、やり方は個々人で異なる。色々と試して、やりやすい遣り方を自分で見つけるのだ。
そして俺の場合、十個くらいの陣形を組むイメージで金属片を動かす。金属片を一つずつ意識して動かすのも可能っちゃ可能だろうが、俺がパワフルに動かせる金属片は同時に二十個で、それらを一つずつ全部ルートを決めて動かすのは難しい。だから最初に完成図を決めて、頭の中で一斉にルートを描く。この遣り方も、たぶん人によっては非効率的に感じるだろう。だから人それぞれ。俺はそうやったほうが早いし、いちいち考えるより有効というだけだ。
だが、あのクソ二人に対しては有効ではなかった。気持ち悪い。説明した覚えはないのに、俺が金属片をどう動かしているのか知っていて、見せた覚えのないパターンすら全て把握している。俺に詳しすぎる。
このォッ……! ホモ野郎ッ!
俺は怪鳥のごとく飛び上がって着地した。ブンと振り上げた拳でサトゥ氏をブン殴る。
サトゥ氏が目を見開いて吹っ飛ぶ。
見学していたメガロッパが口元を押さえて思わず、
「ウソっ!?」
意外かい?
そうか。言ってなかったな。
すまないな。情報共有を怠った。
俺は強くなったんだよ。
セブンだけが驚かなかった。
そして俺もセブンだけは驚かないと思っていた。
俺とセブンが同時に片手を突き出す。
俺の身体がグラッと傾く。
俺のコメカミにネジやら何やらがブッ刺さっていた。
セブンもグラつく。遠隔操作した金属片が全身にブッ刺さっている。
……! パワーが……足りねえ!
ギルドの目を使った時、俺は金属片を遠距離でも操れる。どうやら代償としてパワーが落ちるらしい。てっきり万能型になったと思っていたのだが……そう甘くはないか。たぶん漫画の読み過ぎだな。本体と距離が離れてるとパワーが落ちて当然っていう思い込みが俺の中にはあるんだ。それはたぶんジョジョとH×Hの記憶を丸ッと消さないと克服できない。
スマイルが踏みとどまる。
俺は溜息を吐いた。……あんたさ、ホントに頭ん中どうなってんだ? なんだって俺をそうまで警戒する? じゃあ、もう、無理じゃん。
俺はコメカミからネジやら何やらがポロポロと落ちる。
この身体はしょせんアバターなのだ。
簡単に言うと、俺はピンクちゃんと協力して「意識」の置き場所を変えることができる。
そういうのを「完全適合」と言うらしい。
今の俺に「急所」という概念はないってことだよ。
俺は演技をやめて言った。
「セブンをヤる。壁。視界を塞げ」
俺は手のひらをセブンに向ける。金属片で追撃した。ヤツのアビリティは厄介だからな。けど対策はある。対象指定に相当な制限がある。たぶん見えてないとダメとかだ。俺は何度かセブンのアビリティを食らって、そういう結論に至っていた。苦労したぞ。幻覚系アビリティは主観的な体感時間にも作用する。ほとんど消去法で条件を炙り出すしかなかった。
セブンのアビリティは、ネカマ六人衆が面白いと思うような幻覚を作り出すものだ。もっと言えば、六人衆の夢を見せる能力。
セブン。ここまで来ると……もう、いっそ、尊敬するぜ。真っ先にお前を殺せてホッとしてるよ。
俺はクラスチェンジした。
条件はとうに満たしている。
【Class Change!】
【コタタマ さんが志士にクラスチェンジしました!】
ま、念の為にな。
志士はファーマーの三次職だ。
転職イベントは浪士と同一。準隊士ルートの三次職が浪士で、ファーマールートの三次職が志士なのだ。
戦士の三次職が男女でクルセイダーとヴァルキリーに分かれるのに似ている。おそらく、そこに深い意味はないのだ。
GGOは全宇宙から兵隊候補のユーザーを掻き集めるゲームで、政治的な配慮が全世界に浸透した星ならゲーム内容に政治的な配慮が反映されるのだろう。それは翻訳の違いでしかない。
俺の手下にはセブンのアビリティに囚われたヤツは迅速に始末しろと命じてある。
セブンはアビリティを発動しなかった。不発? いや……あえてか。俺の手下をオイシイ経験値と見なしてやがるな。
俺は言った。
「この二人は俺がヤる。他は任せたぞ」
サトゥ氏がブッと地べたに血を吐き捨てる。俺にブン殴られて口内が切れたんだろう。
スマイルは静観していた。せっかく俺がサトゥ氏をブン殴って隙だらけにしてやったのに動かなかった。イヤだね〜。……ひなどもかな。俺の【目】について何か知ってるとすればあの辺だ。たとえ俺に対して好意的だったとしても自慢話という形で情報は漏れる。口止めしときゃ良かったんだろーが……生憎と自覚がなくてね。
知らなかったんだ。
俺がここまで強くなってたことをね。
俺は過去最大にイキッた。
理屈はこうだ。
俺は強いヤツらが口を揃えてバカの一つ覚えみたいに言う「勘」を身に付けた。
バカの一つ覚えどもは「目だけに頼るな」とか言うが、俺は目以外に頼ることをやめた。バカどもが言う真逆のことをやって、ついにこの境地に辿り着いた。それは考えてみれば当たり前のことで、俺は常人のウン倍というバカげた倍率で目がいい。その目を活かさずどうすると言うのか。視覚情報を増やしたほうが効率が良いに決まっている。だから、そうした。
ギルドの【目】がそれを可能にした。
俺の目は近接戦闘では役に立たない? 目で見てから動いても遅い? それらは過去の話だ。
進化した俺の視界は漫画のコマ割と似ている。俺は漫画が好きだから、先の展開が読める。漫画には読者の期待を裏切ってはいけない王道的な展開というヤツがあるのだ。そういう感じでサトゥ氏とスマイルの動きが読める。頭で考えるよりも先に身体が動く感じだ。
俺の手下どもが散開する。
邪魔が入ると面倒だからな。
スマイルの手下どもと【敗残兵】の連中を押さえる。戦力的には厳しい。俺の手下どもは言ってしまえばコント集団なのだ。
俺は手下どもに対して理解のある上司ムーブをずっとやってきた。ハッキリ言おう。そのほうが女にモテると思ったのである。
今は少し違う。不純な動機で理解ある上司ムーブをしてたら結果的にめっちゃ育った。動機が不純とか関係ねーな。やらない善よりやる偽善ってトコかな。
お前ら、頼むぞ……!
俺は……!
余裕がない。
スマイルとサトゥ氏が示し合わせたように俺を見る。コイツらは俺の「変化」に敏感だ。ホモじゃないと信じたいが、あるいは性癖を超越した問題かもしれない。恐るべきことに、女の話をすると俺は説教されることがあるのだ。女には分からないことだとか言われる。
頼むぞ。
コゴロー率いるウサ耳どもとショコラ率いるもぐらっ鼻の軍勢が前進し、小高い丘を降りてくる。湧き上がった歓声が迫ってくる。
遥か頭上……。
UFOの機上で知らない女がフンと鼻を鳴らす。偉そうに腕組みなどしており、トンと上腕を叩く指先には太い爪が具わっている。大胆に晒された太ももから俺は根性で視線を引き剥がす。
小さなコマでわちゃわちゃやっている野郎二人を注視する。全神経を集中させる。俺には時間がない。オメェーらと本気で遊べるのはコレが最後だろ……! こうしている間にも肉体が変異して行っているのを感じる。いや、肉体だけじゃない。もはや俺は思い付く知識が「誰のモノなのか」分からない。判別ができない。
これが最後だ。
スマイルとサトゥ氏が跳んだ。全速全開。十を越える斬撃を俺は首を振って避ける。金属片をバラ撒く。俺のパターンを把握している二人が回避運動に移る。奇妙な話、「信頼」だけがあった。コイツならこう動くという「信頼」で決め打ちしている。それが不思議なほどハマる。
嗚呼……。
最後の、最後に、俺はようやく、コイツらと忖度なく遊べるプレイヤーになれた。
俺が求めていたのはコレだ。なんてことない。俺は廃人のことが大好きで、コイツらと一緒に遊びたかったのだ……。
話は変わるが、【敗残兵】のメンバーはオタクに刺さるキャラクリをしている。
メガロッパしかり、自分が「そう」なので、オタクウケの良いキャラクリをさせたら天下一品だ。
対するスマイルくんの一派はキレーなお姉さんが多い。これは、おそらくスマイルという男が「世話を焼きたくなる男」だからだろう。本人的にはどうか知らんが、スマイルくんは常人の三、四倍くらい働いていそうな雰囲気がある。仕事がデキそうな雰囲気もあるので、同じく仕事がデキそうな女たちが寄っていくのである。義務感とか使命感で。
俺の手下どもに呼応して駆け出した両軍の精鋭が衝突する。
このゲームのプレイヤーは性別でステータスに差がないから、【目抜き梟】のように、よほど明確なコンセプトがないと男女混合の集団になる。
それらが正面からぶつかると、特別な事情でもない限り、男対男、女対女という構図になる。大抵の男キャラは、女の顔面をブン殴って髪を掴んで引きずり倒しつつ腹にサッカーボールキックをブチ込むことに心理的な抵抗があるからだ。同じ男になら、もっとひどいことをやっても別に問題ないので安心して戦える。
そういう意味では、もっともヤりにくいのがロリキャラだ。
廃人勢は不自然なほどロリキャラが少ない。それは全力で殺しに掛かって来て欲しいという願望の現れだろう。
キレーなお姉さんたちとオタクウケの良さそうな美少女たちが、互いに吸い寄せられるように距離を詰めていく。
ネトゲーマーの大半は男で、彼らのキャラメイクは性癖の鉄火場だから、美の競合と言うには生々しい魂のぶつかり合いになる。つまり、こうだ。俺が一番カワイイ!
女キャラが跳ぶ。足を畳んで上下反転。彼らの大半はネカマで、恥じらいが男心をくすぐることを十全に理解している。そう簡単にはパンツを見せない。空中でとんぼを切って着地する。高レベルのプレイヤー同士の衝突は相討ちが仕様だ。ドッと手足が刎ね飛ぶ。
……!
俺の片腕がするりと落ちる。
避けきれなかった。いや……と言うより、全然見てなかった。
……なるほどな?
そういう感じか。
俺のコメカミに冷や汗が浮かぶ。
これは、とあるVRMMOの物語
パンチラ殺法……。
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